第18話 夏川さんが僕の肩で寝てるんだけどどうしよう

 「お待たせー!」

 「ごめんねみんな遅くなって。」


 シャルルに助けてもらった僕と夏川さんは…。いや、僕と唯菜は、しばらくシャルルに抱きついた後、彼に更衣室まで送ってもらい、すぐに着替え始めた。シャルルが言うには、もうあの二人は着替えを済ませているのだとか。

 あまりにもイケメンすぎるシャルルの対応に少しの敗北感を覚えつつも、とにかく唯菜が無事だったことに安堵あんどし、胸を撫で下ろした。それにしてもシャルル強すぎんかな。もしかするとどこぞの戦闘民族の方なのかもしれん。

 そんなアホなことを考えながら着替えを済ませて外に出ると、ちょうど、隣の女子更衣室から唯菜が出てきたので、三人が待つ駐車場に一緒に向かった。

 駐車場には、ここに来るときに乗せてもらったあのリムジンが異様な存在感を放ちながらまっていたため、なんとなく周りの目線を気にしながらそこに向かい、ドアを開けた。

 乗っていた三人と運転手の執事さんに軽く謝罪を入れて、来た時と同じ並びで席に着いた。


 「それでは、車を出しますよ。」

 「「「「「はーい」」」」」


 執事さんの優しい声に、五人はいくらか緊張の解けた返事をした。









 発車して数分が経過したのだが、数時間遊んでいた疲れからか、僕の向かい側に座っているイケメンコンビが、すやすやと眠ってしまった。

 行きの仕返しも込めて、僕は二人の寝顔をスマホで撮影し、両脇の美少女二人と共にそれを笑いあった。

 生野が口を開けて眠っているのがかなりツボに入りしばらく笑っていると、美少女二人も少しとし始めた。執事さんによれば、まだ三十分ほど時間がかかるらしいので、疲れているであろう二人にはしばらく仮眠を取ってもらおうと思う。

 しばらくすると雪乃が。その後すぐに唯菜が眠った。僕はでかなり寝ていたのであまり眠気は無いのだが、周りの四人が眠ってしまってなんとなく暇になったので、僕も目をつむるだけ瞑ってみた。こうしてみると、車の揺れが非常に心地良い。


 …すとんっ。 …すとんっ。

 目を瞑って五分ほどだろうか、両肩に何かが乗ったことで、ぼーっとしていた僕は意識を取り戻した。少し重いまぶたを持ち上げて両肩を確認してみた。途端、ほとんど眠っていた僕の目は覚め、同時に、恐ろしいほどの緊張に襲われた。

 とは言っても僕の肩に乗っていたものは恐ろしさとは無縁、非常に可憐かれんなものだ。

 僕の右肩に雪乃が頭を置き、左肩には唯菜が頭を置いていた。二人とも完全に眠りこけている様子。

 けだしこの状況は他の男性からすれば非常に妬ましいものであるし、最悪の場合殺意を持たれてもおかしくないレベルだ。クラスの野郎どもに知られようものなら、今度こそ、僕を待っているのは死である。

 だからこそ、今このタイミングで生野が目を覚ましたり、写真を撮られたりすることというのは絶対にあってはならない。つかもう既に僕が唯菜の肩に頭を置いて寝てる写真も撮られてるし。どちらにせよ拡散されると非常にまずい。

 雪乃はさておき、まずは唯菜の頭をどうにか離さなければ。

 左を向くと見える綺麗な金髪。ほのかに感じるのは、潮の香りと、女性特有の甘い匂い。すやすやと気持ち良さそうに眠る彼女の睫毛まつげはいつもより長く見えて、僕の理性を刺激すると同時に、可愛らしい印象をこちらに再認識させる。

 再認識して思う。いっそ起こさずにこのままでも良いのではないだろうか。だってこんなにも可愛い人が自分の肩で気持ち良さそうに眠ってるんだぞ。クラスメイトが目の前でこんなことしてたら僕だってぶん殴りたくなるわ。

 惜しい気持ちを溜め息に変えて吐き出し、右手で唯菜の 遠い方の肩に、左手で首の後ろあたりに手を添えた。起こさないようにそっと、傷つけないようにゆっくりと。唯菜の体を少しづつ起こす。


 「ん…。…あれっ。」

 「あっ…。」


 体を起こし終えた瞬間、唯菜が目を覚ました。


 『『っっっ…!!』』


 瞬間、二人の頰が燃え上がるように一気に紅潮こうちょうする。

 唯菜の目は、覚めるどころか大きく見開かれ、じっと僕の目を見つめている。

 無理もない、唯菜が寝ていたので全く意識していなかったが、片手は肩、片手は首の後ろに手を回しているのだ。映画やドラマなんかでは、この体勢に入った男女は十中八九キスを交わす。ありがちなシーンのためか、二人ともそれがすぐに頭に浮かんだのだろう。数秒硬直こうちょくした後、僕は両手を離し、すかさず謝罪を入れる。


 「ご、ごめん唯菜! その、唯菜が寝ちゃったまま僕の肩に頭置いてたから…!」

 「え、マジで!? ウチこそごめん! 邪魔だったよね…。」

 「ああいやいや、そういうことじゃなくてほら、生野が目覚まして写真撮ったりしたらあれだろ? 別に邪魔だったから離したとかそんな理由じゃないから!」


 「あ、ありがとう…。」

 「う、うん…。」


 「…」

 「…」


 今までにないほどの早口で話したあと、またしばらく、沈黙が続いた。

 両者顔を下げ、落ち着きを取り戻そうと小さく深呼吸を繰り返す。




 『おにいちゃ…は…ゆきのの…。』














 雪乃のこの寝言により僕たちの背筋せすじが凍りついたのは、言うまでもないだろう。

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