第17話 二人きりが気まずすぎるんだけどどうしよう

 「おなかすいたー!」

 「僕もー!」


 五人でしばらく、泳いだり、ビーチバレーをしたり、砂浜に生野を埋めたりして遊んでいると、突然、高身長イケメンコンビが空腹をうったえた。見ると、夏川さんも雪乃も『そういえば』といった表情。駐車場の手前に建てられている大きな時計では、現在の時刻が十一時半じゅういちじはんであることが確認できる。

 昼食といえば十二時から十三時くらいに取られるのが一般的だろう。しかし、今日はもう既に四時間も動き続けているのだ。それだけ運動をすればお腹が空くのも当然と言える。それに今日は、夏川さんのお父さんの好意によって午前中は貸し切りにしてもらっているのだが、午後からは通常通りの一般開放である。

 さすがに、九月にも入り、前日には台風直撃の情報まで出ていたので、人はそう多く来ないとは思うが、サーフィンを始めとしたマリンスポーツのガチ勢とかならこの時期に来てもおかしくは ない。

 駐車場には少しずつ車が集まって来ているので、ここはひとまず退散して、どこかで昼食を取ろうと思う。


 「じゃあさ、そろそろ人も入ってくるし、どっかご飯でも行こうか。」

 「「賛成ー!」」


 僕の一言に、イケメンコンビが勢いよく両手をげる。

 そして少し遅れて、夏川さんが弱々しく片手を挙げた。


 「ん、どうしたのユイナ。」

 「え、えーっと。」


 シャルルの問いかけに、少し言いづらそうに夏川さんが答えた。


 「ごは…、め、メシならウチで食っていってよ! えっと、お父さんも用意してくれてるらしいし…!」


 だんだんこいつが本当にギャルなのか怪しくなってきたな…。

 あまりにも辿々たどたどしい口調だったので、察するに、本当は家にはあまり呼びたく無いが、お父さんに連れてくるように言われている。といったところだろうか。

 それはさておき。海水浴場を貸し切りにしてもらい、さらに昼食まで用意してくださっているとは。普段なら申し訳なすぎてお断りするところだが、もう既に用意していただいているのにこばむというのもまた申し訳ない。つか失礼やん。

 夏川さんには悪いが、ここはお邪魔させていただこうと思う。


 「分かった。じゃあお言葉に甘えて…。」

 「あ、その前に俺トイレ行っていいか?」

 「そういえばボクも。」

 「お兄ちゃん、雪乃も行きたい。」


 「いいよ。夏川さんは大丈夫?」

 「うん、大丈夫。」

 「じゃあ僕と夏川さんは待ってるから、三人とも行っておいで。」


 三人は返事をすると、足早にトイレの方に向かった。

 途中、雪乃が何度かこちらを確認していたが、それはそれ。


 「晶仁っちは行かなくてよかったの?」

 「う、うん。夏川さんこそ行ってよかったのに。」

 「…ねえさっきから気になってたんだけどさ。」

 「ん、な、なに。」

 「いい加減、夏川さんって呼ぶのやめてよ。前にも言ったけど。」


 突然、いつもの、というか最初の夏川さんのようなテンションで話しかけてきたので少し驚いてしまったが、なんとか会話を続ける。


 「ええ…。」

 「ええ、じゃない! ほら、昨日の朝、唯菜って呼んでくれたじゃん!」

 「んー。」


 名前で呼ぶのには少し抵抗がある。理由? 恥ずかしいからに決まってんだろ。

 でもまあ、ここまで言ってくれてるんだし、別に今更断る理由もないし。


 「ゆ、唯菜。」


 「…はいっ。」


 「…」

 「…」


 アカーン!!!

 あまりの恥ずかしさと気まずさに、心の中でどこかのお祭り男のような声を上げる。返事可愛すぎんか。

 他の人ならまだしも、夏川さんと二人きりというのはどうもムズムズして仕方ない。どうしようもなくなった僕は、何かしらの口実を作り、逃げ出すことを考える。我ながらヘタレすぎる。


 「そ、そそそそうだ、ぼ、僕、飲み物とか買ってくるよ。ゆ、ゆいな、な、何が良い?」

 「え、あ、え、い、いいよいいよウチもいく。」


 恥ずかしさとはこうも人をダメにする感情なのか。僕も夏川さんも、ほとんど日本語を話せていない。


 なんとか夏川さんの欲しい飲み物を聞き届けると、僕は半ば強引にその場を後にした。

 更衣室の隣に自動販売機があるので、一度ロッカーから財布を取ってきた。僕は大きく溜め息をつきながら、数枚の小銭を二本のペットボトルと交換した。

 駐車場からは、既に数名、一般客が流れ込んできている。それを見て、僕は少しけ足で夏川さんの元へ向かった。








 「ちょ、や、やめてください…! やめ…ろって…!」


 「うは、こんなカッコしといて喋り方ちょー可愛いじゃんウケる。」

 「いいからとりあえず来いよ、ホラ。」

 「きゃあ!」


 走ってきた僕の目の前には、夏川さんと、その腕をつかんでいる色黒で筋肉質な男が二人。夏川さんを置いて行ったさっきの僕を恨んだ。

 本来ならこの時点で、この男二人をもう少し分析するべきなのだろう。だが、僕の脳は、自身より先に足を動かすことを決断したらしい。

 僕は男の腕を掴むと、夏川さんからそれを思い切り引き離し、すぐに夏川さんと男たちのあいだに入った。


 「あ? なにこいつ。」

 「え、何? もしかしてこの子の彼氏? ハハッ、んなわけないか。」


 二人は多分こういうことを言った。けれど、僕の頭にはそんな言葉、ほとんど入ってこなかった。身長、体重、そして力も、圧倒的に自分にまさっている男二人と対峙たいじしているこの状況に加えて、僕の後ろには夏川さんがいる。夏川さんを逃がすことを第一優先として脳をフル回転させるが、何一つさくこうじることはできなかった。


 「おい、消えろよ邪魔なんだよ。」


 立ちすくむ僕に対して、男の拳が振り上げられる。


 「唯菜、逃げて!!」


 僕はそう言って、目をつむった。









 ボゴォッ ドゴォッ


 二発のにぶすぎる打撃音に驚き、僕は目を開いた。

 見えたのは、倒れ込んだ男が二人と、その前に立つ、すっかり着替えをえた赤髪のフランス人。

 その赤髪は、両手を叩いてこう言った。


 「ここの海水浴場、その女の子のお父さんが経営しているわけなのだけれど、どうする? 今帰れば何も言わないし、まだ何かするのなら君たちは出入り禁止、それどころか警察行きだね。」


 男たちは何度も首を横に振ると、駐車場の方へと猛スピードで走って行った。


 「さあ、二人とも、着替えておいで。」


















 「「しゃ、シャルル…っ!!」」


 僕と夏川さんは、思い切りシャルルに抱きついた。

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