第15話 海で溺れたんだけどどうしよう

 「うおおすげええ!!!」

 「素晴らしい景色だね…!」

 「…海、きれい。」

 「これは…すごいな…。」


 生野、シャルル、雪乃、僕の順で、窓の外の景色への感想をあげた。現在僕たちは、夏川家の所有しょゆうする海水浴場に、夏川家の所有する黒塗りの車で向かっている。黒塗りの車といっても、ただの高級車ではない。あの漫画とかアニメとかでたまに見る縦長いあれだ。たしか、リムジンとかいう名前だった気がする。黒崎家は父がかなりかせいでいたので割とお金には余裕のある方なのだが、さすがにこんな車に乗ったことはない。夏川さん、マジのお嬢さんだったんだな…。

 座席は電車のような対面たいめん型になっており、僕は進行方向 かって右に着席。僕の右側には雪乃、左には夏川さん。そして僕らの前には生野とシャルルが並んでいる、という座り位置だ。

 昨日は、僕の参加が決まったあと、四人のライングループを作ってから三人を帰した。夏川さんが来てから明らかに不機嫌ふきげんになっていた妹をなだめるのには苦労したが、海自体は楽しみにしているご様子。あの後結局 中学からは連絡がなかったので、妹は今日参加できることになった。

 最後に海に行ったのは、たしか三年前。父が死んでからなかなか遠出をすることは無かったので、なんだかんだ僕も楽しみだったりする。シャルルの告白については弁解べんかい余地よちはないが、夏川さんを抱きしめてしまった件については夏川さんも触れないようにしてくれているようだし、時間が解決してくれればと思っている。

 とりあえず今日だけは、友人と海に行く、というイベントを純粋に楽しみたいと思う。

 …家の前にリムジンが停まっているのは非常に目立つのでもう勘弁だが。











 「黒崎様。到着いたしました。皆様 更衣室に向かわれましたよ。」


 先程までこの車を運転してくださっていた執事しつじさんの優しい声で、僕の意識は徐々に覚醒していった。どうやら僕は車内で眠ってしまっていたらしい。今日はいつになく早起きをしたので、睡眠時間が普段よりも少し短かった。その不足分を、無意識に身体がおぎなおうとしていたのかもしれない。

 なんにせよ、人の車でだらしなく寝てしまったのは素直に反省である。


 「す、すみません! すぐ降りますね。」

 「いえいえ、いってらっしゃいませ。」


 車を降りてすぐに見えたのは、絶景。昨日まで台風がすぐそこに来ていたなんて信じられないくらいの青空。穏やかで美しい波。ゴミひとつない真白の砂浜。合法とはいえ学校を休んでこういう場所に来るというのは、なんかこうゾクゾクする。これが背徳感はいとくかんというものなのだろうか。

 少しずつ高揚こうようしてきた僕は海にきびすを返し、駐車場の隣にある更衣室へ向かった。




 「おお、マサト! おはよう!」

 「ん、起きたのか。おはよ。」


 更衣室には、高身長イケメンが二人。既に着替え終わっているようで、二人とも海パン姿である。生野もシャルルも、結構きたえてるんだな、といった印象の体つきで少し羨ましい。


 「あ、そうだ。これ見ろよ。」


 そう言ってスマホを取り出す生野。


 「ん? なんだよ。」

 「はい、これ。」


 生野が僕に向けたスマホ画面に映っていたのは、僕だ。

 …それも、車内で眠りこけ、夏川さんの肩に頭を置いている、僕だ。

 目をこすってからもう一度見るが、間違いない、僕だ。


 「ええええええええええええええええ」


 「気持ちよさそうに寝てたからつい撮っちゃった。」


 語尾ごびに『てへぺろ☆』でも付きそうな調子で生野が言った。


 「消せえええ!!」

 「大丈夫、拡散はしないから。」

 「そういうことじゃねえよ!」


 スマホを取り上げようとするが、身長が身長なので手が届かず、失敗。


 「…夏川さん、なんて言ってた?」


 僕が問うと、生野は数秒ほど間を空け、満面の笑みで答えた。




 「さあ?」


 「お前なあ…。」


 ぶん殴りたいという気持ちをどうにか抑えつつ、それ以上の追求はしないことにした。追求しないのは、もし夏川さんが不快な思いをしてそれを口に出していたのなら、それを生野が言えるはずがないからである。

 何にせよ、とにかく恥ずかしいし夏川さんに申し訳ないので、すみやかに写真を消してもらい、夏川さんにはあとで ぶん殴ってもらおうと思う。


 「ほら二人とも、馬鹿なことやってないで早く行くよ。マサト、早く服を脱いで!」


 シャルルが僕らを急かすが、なんか台詞の最後だけ妙に元気だった気がする。

 若干の恐怖を感じた気がするが、二人を待たせているのは事実。ひとまず着ていたティーシャツを脱いだ。


 「マサト…。キミもなかなかいい身体をしているじゃないか…!」


 鳥肌が十センチメートルほど立ったような気がした。僕の目の前にいるのはもはや高身長フランス人イケメンなんかではない。不適切な表現にあたるかもしれないが、まぎれもないただのガチホモである。

 危険を察知した僕の脊髄せきずいは即座に脚へと信号を出し、その身体を数歩 後ろに下げた。


 「ほら二人とも、馬鹿なことやってないで早く行くぞ。」


 「すまない…。ユウマ…。」

 「お、おう。」


 生野に助けられ、僕は急いで着替えを済ませた。もちろん、シャルルには先に更衣室を出てもらった。





 着替えを済ませて三人で海に向かっていると、後ろから声が聞こえた。


 「おーい!」

 「お、おーい。」


 夏川さんと雪乃の声だ。

 だんだんと声が近づいているので、走ってきているのだと推測。

 そうだ、夏川さんの水着はどんなものなのだろうか。見たいような見てはいけないような、なんともいえない感覚に一瞬迷ったのだが、僕は二人に声をかけ返そうと後ろを振り向いた。


 「きゃあっ!」


 一瞬迷ったのがあだとなった。何かにつまずいた夏川さんは、


 「「うわああああああああ!!!」」


 僕にぶつかり、そのまま倒れ込んだ。

 ズザー、という音と共に砂浜に倒れ込んだ僕は、


 …夏川さんのおっぱいの下敷きとなり、それにおぼれていた。



 















 「「うわああああああああ!!!」」


 その時の記憶はほとんど無いが、おそらく生野は爆笑していたと思う。

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