第14話 転校生が家に来たんだけどどうしよう

 「…お兄ちゃん、誰、この人たち。」


 一回り大きな僕の背中に隠れ、僕のシャツのすそをぐっと掴んでいる雪乃がそう言った。

 うん、そうなるのも無理はない。雪乃からしてみれば、兄の友人とはいえ突然知らない人が三人も家に押しかけて来たのだ。驚かないわけがない。さらに、一人は百九十センチメートル近くある超絶イケメンな赤髪の外国人。一人は制服の胸元を大きく開けたりスカートを短くしたりしていながらも顔立ちの非常に綺麗な金髪ギャルだ。大小わず様々な疑問が生まれるのは、もはや必然である。

 混乱する雪乃に、僕は三人の紹介をした。


 「えっとね、右から、シャルル、夏川さん、生野だ。シャルルと夏川さんは昨日今日きのうきょう来たばかりの転校生で…。  …あっ。」


 やってしまった。雪乃は、僕から聞いた話によって、夏川さんに嫌悪感けんおかんいだいているのだ。昨日、僕が夏川さんのことを雪乃に話したとき、雪乃は明らかに憤怒ふんぬしていた。夏川さんの格好を見れば、彼女がギャルであることはすぐに分かる。そんな中、『転校生』なんて言ってしまえば、頭の良い雪乃は、きっとすぐに脳内でそれを結びつけてしまう。

 完全に忘れてしまっていた。この二人は会わせるべきではなかった。


 「…ふーん。」


 そう口にした雪乃の表情は、たしかにひきつっていた。

 …この誤解に関しては、できるだけ早く解いておこうと思う。


 引きつった笑顔の妹、どこか恥ずかしげな夏川さん、何故か満面まんめんみを浮かべる生野とシャルル、困惑しまくる僕。一言で言えばカオスである。


 「とりあえずここで話すのもあれだし、皆、部屋行こうか!」

 「おい生野。ここ僕の家だからな?」







――――


 「なあ黒崎。あ、晶仁の方な。」

 「ん、どうした。」


 結局、なぜか妹も連れ、全員で僕の部屋に来た。

 部屋は七畳弱しちじょうじゃく。ドアから入って左に机、その反対側にベッドがある。ベッドに雪乃が座り、僕はその前の床に胡座あぐら。部屋の中心にある丸いテーブルを囲むようにして、僕から右に、生野、夏川さん、シャルル、の順である。

 生野は続けた。


 「明日さ、海行かね?」


 「…は?」


 ここで一つ思い出してほしい。僕らが今日早く帰された、そして明日が休校になったのは、今年で一、二を争うほどの台風が来るからである。そんな台風の中海に行こうなど、自殺行為に他ならない。

 僕の困惑した様子を見て、また生野は続けた。


 「あれ? お前ニュース見てねえの?」

 「ニュース?」


 そう言えば今日は帰宅してから一度もテレビをつけていない。

 妹を撫でるのに忙しかった、なんて言ったらまた何か言われそうなのでそれはせておくが。


 「俺たちが帰って三十分後くらいに、台風消えたらしいぞ。」

 「え、消えたのか?」

 「おう、上陸直前で、なんだっけな、なんたらかんたら気圧に変わったとか言ってた。」

 「え、マジで? でも台風は直前まで来たんだろ、波とか荒れてるだろ。つーか、台風消えたなら明日は学校なんじゃねーの。」

 「俺もそう思ってさっき担任の先生に電話したら、もう言っちゃったから休みでいいんじゃね、って言ってた。」


 うちの学校に一斉メールだとかそういった連絡ツールはない。一度休校と言って報告のプリントを配布はいふしてしまった以上、やっぱ来い、とは言えないはずだ。

 これはあのアホな山下先生を信じているわけではないが、明日は休みで間違い無いだろう。

 しかしだな…


 「でも、もう九月だぜ?クラゲとかいるんじゃねえの?」


 休みが決まったからと言って、僕は海に行きたいわけではない。次々と現実をつきつけ、なんとか、行かない方向に話を持っていくつもりだ。


 「あー、えっとー、そのことなんだけどな…」


 どこか恥ずかしげに、そして少し自信なさげに、今まで黙っていた夏川さんが口を開いた。さっき思い切り抱きしめるような真似をしてしまったためか、僕も少し恥ずかしい。


 「えっと、ウチん家、海水浴場持っててさ、ちゃんとネットとか貼ってあるし、その辺は大丈夫だよ…だぞ?」


 語尾ごびも気になるが、一つ突っ込ませて欲しい。


 「海水浴場を…持ってる?」

 「う、おう、ウチのお父さんが持ってんの。庭にプールもあるし、あ、水系が嫌だったらその、キャンプ場とかもあるけど!」


 海水浴場…? キャンプ場…?

 夏川さんのお父さんはアウトドア系の会社でも経営しているのか…?

 いや、だとしても庭にプールなんて普通ありえないだろ。

 『え、お金持ちなの?』なんて聞くわけにもいかないし…。


 「え、お金持ちなの?」


 僕の後ろにいた雪乃が、僕が言いたくても言えなかった、いや、言ってはいけなかったことをサラッと言いやがった。


 《おい雪乃…!》

 《だ、だって!》


 小声で雪乃を注意する僕を見ながら、夏川さんは重たそうに口を開いた。


 「んーと、まあ、そうなるかな…。」


 なんとも言えない雰囲気になる。裕福ゆうふくかどうかなんて、あくまで興味の話であって、別にわざわざ言わせることではない。少し反省と後悔をした。

 数秒後、沈黙を破ったのは生野だった。


 「まあほら、夏川さんもこう言ってくれてるんだし、みんなで行こうぜ? あ、妹ちゃんもどう?」


 もはや言うことが無くなってしまったので僕は行かざるを得ないとして。

 雪乃は絶対来ないだろ…。


 「行く。お兄ちゃんが行くなら。」


 行くのかよ。

 しょうがない、中学からの連絡次第だが、連れて行こうと思う。














 「おっぱいも大きいし顔も綺麗だしおまけにお金持ち…。

 お兄ちゃんは、渡さない…!!」


 基本的に雪乃こいつのこういうつぶやきは無視していこうと思う。

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