第13話 妹が可愛すぎるんだけどどうしよう

 「ただいま。」


 口には出してみたものの、家の中から返事はない。

 それもそうか、妹はきっとまだ授業中だ。

 今日は、今年で一、二番目に強い台風が急に進路を変えたとかで、今日の夜には強風域に入るであろうの学校の生徒は、昼休み終了後に、強制送還きょうせいそうかんを食らった。

 それでも妹が帰ってきていないのは、おそらく、妹がかよっているのが公立の中学校だからだろう。なかなかそう安々やすやすとは授業時数を動かせないので、余程のことがない限りは、休校になったり強制送還を食らったりすることは無いとかなんとか、中学の時の先生が言っていた気がする。知らんけど。

 まあどのみち早く上がれたのは好都合である。夏川さんは抱きしめてしまったし、完全に忘れてしまっていたがシャルルからも衝撃の告白を受けていたし。とにかく一度頭を冷やしたかったのだ。

 キッチンに向かって、食器棚から適当なグラスを取り出し、それに氷を数個入れて、冷蔵庫で冷やしておいた水出しコーヒーを注いだ。

 それを自分の部屋に持って行き、PCでもいじりながら考え事をするつもりだ。

 明日…は台風で休校だから…、明後日か。

 明後日から、夏川さんやシャルルとどう接するか。


 ガチャッ


 部屋に行こうとコーヒーのグラスを手に取った瞬間、玄関のドアが開く音が聞こえた。

 グラスを置いて玄関に向かうと、そこには妹の雪乃がいた。


 「あれ、お兄ちゃん。」

 「ん、おかえり。…台風だろ?」

 「うん、帰された。」


 『台風だろ?』なんて文章になってなくても、なんとなくで通じてしまう。これは日々の会話での慣れなのかもしれない。僕も雪乃も、というか特に雪乃は口数の少ない方なので、単語や、簡単な返答だけでの会話、なんてことがよくある。知らない間に、これに慣れてしまっていたのかもしれない。


 「あ、お兄ちゃん、雨降っちゃうから洗濯物取り込まないと。」

 「っ…。そうだな。」

 「どうしたの?」

 「…なんでもないよ。」


 うん、なんでもなくない。

 雨が降るから洗濯物を取り込む、そんなこと、本来、中学二年生の女の子が考えるべきことではない。大人になった、成長した、と言ってしまえばそうなのかもしれないけれど、そういうことではなくて…。

 こうさせてしまったのは僕達の両親でもあるが、少なからず、二人で暮らすという決断をくだした僕にも責任がある。


 少し、胸が痛んだ。


 「雪乃、ちょっとおいで。」

 「ん、なに?」


 靴を脱いでリビングへ向かおうとする雪乃を引き止めた。

 トコトコと小走りで戻ってきた雪乃の頭を、僕は、優しく、丁寧に撫でてやった。大切に、慎重に。

 ショートカットで整えられた黒髪の毛先は、少し内側を向いている。あまりにも綺麗なその黒髪がまた、妹の成長を感じさせた。


 「えへへ、もっと撫でて?」


 出た、雪乃のだ。

 以前、こうして撫でてやると、猫のように甘えてきて、一時間以上捕まったあげく、膝の上で寝られてしまったことがある。

 それ以来僕は雪乃のを、密かに『猫モード』と呼んでいるのだ。

 やめないとまた捕まってしまうが、撫でてやりたいのもまた事実。非常に悩ましいが、ここはお互いが我慢する道を選択しようと思う。


 「早く洗濯物取り込もうぜ。そしたらもうちょっとだけ撫でてやるから。」

 「ん、わかった。すぐやってくるから待ってて…!」

 「いや僕も手伝うから。」


 僕は妹と共に、早足でベランダに向かった。







――――


 洗濯物を取り込むのは、あっという間に終わってしまった。

 ベランダにいた時間は極めて短かったのだが、外があまりにも暑すぎたため、喉が渇いてしまった。

 僕はさっき置いたグラスを手に取り、ソファに座り、コーヒーを一気に飲み干した。

 全てがのどを通り終えた瞬間、心地良すぎる清涼感せいりょうかんが、一気に身体中を走り抜けた。

 数秒間、その心地良さにぼーっとしていた僕の前に、トコトコと可愛すぎる生き物が現れた。一瞬天使にも見えたが、無論、こいつは僕の妹、雪乃である。

 口には出さないものの、頭をこちらにかたむけ、完全に『撫でて』の体勢である。その可愛さに負け、さっきの約束通り、また撫でてやった。さっきよりも少しばかり乱暴に。


 しばらく撫でていると、雪乃は僕の膝に頭を置いて眠ってしまった。マジで猫なんじゃねこいつ。




 ピンポーン


 雪乃が寝始めてから十数分ほど経った頃、玄関のチャイムが鳴った。うちのチャイムを鳴らす人といえば、雪乃の友達か、警察の池田さんくらいだ。

 チャイムの音で目を覚ましてしまった雪乃はまだ少し寝ぼけていたので、僕が玄関に行くことにした。





 「…なんだ、生野かよ。」

 「なんだとはなんだよ。」


 玄関のドアを開けた先にいたのは、僕がよく知っている高身長眼鏡イケメンだった。


 「急にどうし『話そうぜ。』


 食い気味にそう言った生野は、振り返って、少し遠くに向かって『おいで』と声を飛ばした。

 すると、うちのへいの外から人影ひとかげが二つ現れて…




 「…え、嘘だろ?」


 …その人影。片方は金髪、もう片方は赤髪だった。













 「入るぞ。」


 お い こ ら ち ょ っ と 待 て

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