第12話 昼休みの後編なんだけどどうしよう

 『…晶仁っちが、死んだお兄ちゃんに、

  …【カズ君】に、そっくりだったから。』


 それを言い終わると同時に泣き始めてしまった夏川さんを見て、僕たちは幾秒いくびょうか、何も言葉を発することができなかった。

 そんな中、一番最初に声をあげたのは生野だった。


 「…場所を、変えようか。」


 けだしこれは誰か一人に向けた言葉ではなく、僕たち三人に向けた言葉。もっと言えば、周囲のクラスメイトに対する『関わるな』という牽制けんせいの意もあったと思う。

 僕、生野、シャルルはそっと弁当のふたを閉じ、机の横にかけたそれぞれのかばんにそれを仕舞しまった。

 夏川さんが泣き止まないので、僕は弁当を仕舞った後、夏川さんの隣に行った。

 彼女の涙を見るのはこれで二回目。どうも、彼女の涙を見るのは好きではない。上手く言えないが、なんというか、非常に胸が痛む。

 僕は夏川さんの肩に手を置いて、


 「…行こうか。」


 一言だけそう言った。

 夏川さんは潤んだ瞳でこちらを向いて、


 「…うん。」


 ひとつ、返事をした。









 ――――


 そして僕らが来たのは、屋上前の階段の踊り場だ。

 昨日の昼も述べたように、外の異常とも言える暑さ故に、屋上に出ようなどというやからはまずいない。

 ので、ここでなら誰にも聞かれる心配がない、という生野の算段だろう。

 その生野の指示により、踊り場から屋上にかけての階段の下の方にシャルルが座って、僕と夏川さんがその数段上に並んで腰を下ろした。

 ちなみに夏川さんはまだ少し落ち着かない様子で、目元を赤くしている。

 その様子を見てか、踊り場に立った状態の生野が話を切り出した。


 「夏川さん、さっきはごめんね。」

 「ううん、生野っちは悪くない。…でもさ、ウチの話はもう少しだけ待って…?」


 震えた声で、夏川さんは生野にこたえた。

 先程、生野の指示でこの座り位置になったと述べたが、生野いわく『お前が隣に居た方が夏川さんも落ち着くんじゃねえの。』だ、そうだ。


 「うん、そのつもりだよ。…というわけで、ねえ、シャルルはなんで黒崎に話しかけたの? 僕にはとても、『近くにいたから』って風には見えなかったんだけど?」


 生野はそう言って、首の後ろあたりをいた。

 生野佑馬いくのゆうま、こいつはよく人を見ている。表情や仕草から、相手の感情を推測する能力にけているのだ。そして首の後ろを掻くのは、彼が自分の発言に絶対的な自信を持っている時に出る、彼のくせの一つ。少なくとも僕は、彼のこういう勘が外れたところを一度も見たことがない。


 「なんだ、バレてたんだね。パパとのトランプゲームなんかで、ポーカーフェイスは身につけていたつもりなのだけれど。」


 どうやら今回も、生野の勘は当たりだったらしい。

 僕の位置からは彼の表情が見えなかったのだが、きっと少し困ったような顔をしていたと思う。ひとつため息をついて、シャルルはこう答えた。


 「ボクはね、マサトに一目惚れをしてしまったんだ!」





 …?

 理解が追いついていないのは生野も同じらしく、目と口を大きく開けたまま彼の顔を見て唖然あぜんとしている。ちなみに夏川さんには聞こえていなかったらしく、まだ顔をうつむかせて落涙らくるいしている。

 生野はアホ面をなんとか元に戻し、シャルルにもう一度問いかけた。


 「ごめん、僕の耳がおかしかったのかな、ははっ。…もう一度いいかな?」


 「だから、ボクは惚れたんだよ。マサトに、男として!」


 完全にかわききった笑みを浮かべながらの生野の問いに、元気よく、恐らく満面の笑みだろう、そんな表情でシャルルは答えた。

 つか、ここで『男として』とか言うとさらに話がややこしくなるので非常にやめていただきたい。

 困惑する僕らに、シャルルは話を続けた。


 「ボクはフランスから日本に来て五年になるけど、少なくともボクがいた頃のフランスは、たしかに今の日本のように、同性愛者LGBTには厳しかったね。でも僕の恋愛対象はまぎれもなく男。僕はその事実に、誇りを持っているよ!」


 多分世間一般的に言えば格好良いことを言っているのだろうが、残念ながら今の僕には、格好良いことを言っているようには聞こえなかった。

 仮に百歩、億歩、いやちょう歩譲ってこんな王子様みたいな人がゲイだという非常にもったいないことが事実なのだとしてもだ。何故彼は僕にそんな想いを持ってしまったのだろうか。

 彼はさっき確かに『一目惚れ』だと言った。僕は生野やシャルルのように、顔や身長に恵まれてはいない。そして、こんなクソ陰キャ野郎の第一印象が良かったはずもない。考えるほど、ますます分からなかった。

 ああ、今思えば、彼と最初に目があった時に感じた少しの嫌な予感はこれだったのかもしれない。


 「…シャ、シャルル。ちょっと来てくれ。黒崎も夏川さんもちょっと待ってて。」

 「うわっ! ちょっと、ユウマ!」


 生野は強引にシャルルの腕を引いて、階段を降りていった。

 夏川さんと二人っきりになってしまい少し恥ずかしくなったので、それを誤魔化ごまかそうと口を開いてみた。


 「なんか、すごい事になっちゃっ『あのさ、晶仁っち。』


 僕の言葉をさえぎった夏川さんの目があまりにも真剣だったので、僕は話を聞く事にした。シャルルのことは、一旦忘れて。


 「ウチね、昨日晶仁っちに会ってから、お兄ちゃんのことが頭の中でずっとぐるぐるしててさ、放課後、お父さんとお母さんと一緒に、お兄ちゃんの…カズ君のお墓に行って来たんだ。家に帰ってからも頭の中カズ君でいっぱいでさ、思い出っていうか、ずっと頭に浮かんでて、ずっと泣いてて、眠れなくて。だからその、多分ウチ、朝からちょっと変だったと思う。その、あの…なんていうか…んぐっ!?」


 話せば話すほど悲しい顔になっていく夏川さんを見て、気がついたら僕は、夏川さんを抱きしめてしまっていた。

 理由は分からない。泣き顔が妹に似ていたからかもしれない。単純にこれ以上泣き顔が見たくなかったのかもしれない。

 ただ、冷静じゃない僕の頭は、これ以外の方法を導き出すことができなかった。

 言いたいことは山ほどある。でもそれを文章にすることができなくて、僕はたった一言、絞り出して彼女に言った。
















 「…もうやめよう、この話は。」


 「…うん、ありがとう。」


 そう言った彼女は、きっと何かの糸が切れたのだろう、昼休みの終わりまで、大声で泣き続けた。


 僕の胸の中で。

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