第10話 成田すら喋らないんだけどどうしよう

 「ま、もう話すことねえから、HRホームルーム終わるぞ、解散。」


 お前に話すこと無くても僕らには言いたいことクソ程あるんだよ。

 というツッコミは胸の中に押し込めつつ、僕は委員長の指示に従って起立した。

 立った状態で左後ひだりうしろを見て再認識したのだが、やはりシャルルさんは本当に背が高い。百八十センチメートルくらいだと予想していたが、もしかしたらこれは百九十センチメートル近いのではなかろうか。そしてそこに輝く赤みがかった茶髪。つかほとんど赤。まゆも同じ色であることから、地毛だと推測する。

 そこからまた少し視線を落とすと、これまた輝いていたのは蒼々あおあおとしたサファイアのような瞳。

 くっきりとした二重のその眼は、大きすぎてどこから見ても目が合ってしまうような…。


 …ってあれ。目が、合ってる。

 本当に目が合っている。教室中の全員がシャルルさんを見ているのであろうこの状況で、シャルルさんは確実に僕の目を凝視ぎょうししている。そして少し微笑ほほえんでいるようにも見える。

 なんとなく昨日の夏川さんの表情がフラッシュバックし、嫌な予感がして目をらしてしまった。


 つか、いつまで起立してんだよ僕らは。『礼』の号令の催促さいそくをしようと、委員長である眼鏡女子の方に目を向けた。そうして気づいた。

 委員長、シャルルさん見たまま動かなくなってるわ。

 そしてそれを注意すべき副委員長の男子も、シャルルさんから目を離せなくなっている。

 だめだこれ、多分この教室にシャルル君がいる限り、このHRが終わることはない。


 「…気持ちはわかるが委員長、仕事しろよ委員長なんだから。」


 突然この言葉を放った担任を、『お前も仕事しろ担任なんだから』と、ぶん殴りたくなったのはさておき。

 委員長は慌てて前を向き、皆が聞き慣れたいつものトーンで号令を飛ばした。


 『れーい。』

 「「「「「「「ありがとうございましたー」」」」」」」







 ———というわけでHRが終わったのだが、少し僕の予想とは違う事態が起こった。

 というのも、昨日夏川さんが来た直後の休み時間に起こった、『転校生取り囲み事件』が、今日は起きなかったのだ。

 さらに、それだけではなく、誰も、一言も発さないのだ。


 …だが、理由はすぐにわかった、というか察した。

 シャルル ミシェーレ、彼が神々こうごうしすぎるのである。近づくのすら億劫おっくうにさせてしまう格好良さというのもなかなか恐ろしいものではあるが、事実、彼はそういうレベルの格好良さを持っているのだ。いつもならこういう静寂せいじゃくを真っ先に破ってくれるはずのアホの成田すら、黙らせてしまうくらいの格好良さを。


 ガタッ


 椅子か机、もしくはその両方が動く音がした。誰かが立ち上がったのだろうか。そう思い、音のした方を向いてみた。

 するとそこには、立ち上がり、僕の方を向いている赤茶の髪の王子様がいた。


 え、ちょ、まっ…!

 近づいて来たんですけど。


 夏川さんのが感染うつったのか、どこかギャルっぽい口調になってしまった僕に向かって、シャルルさんはこう言った。



 『ねえ、名前、なんていうの?』



 何故僕に、何故このタイミングで。不明な点が多すぎて、思考回路はショート寸前である。美少女戦士じゃないぞ。



 「あの…?」



 黙り込んでしまった僕に再度話しかけてきたシャルルさん。

 名前を聞かれただけでこんなに挙動不審きょどうふしんになってしまうなど前代未聞ぜんだいみもんである。

 とにかく、答えなければ。


 「く、黒崎です。黒崎晶仁。」


 「マサト、だね? ボクはCharlesシャルル。呼び捨てでいいよ。敬語も使わないで。」


 そう言ってシャルルさんはにこにこと微笑んでいる。

 正直、なんと言っていたのかはよく頭に入ってこなかったので分からないが、とりあえず僕の名前は認識してくれたようだ。

 いきなり下の名前で呼ばれたのは少々驚いてしまったが。


 ギロッ


 不意に、たくさんの視線を感じた。それもかなり鋭いやつを。

 周りを見渡して分かったのは、その視線の主が、クラスのほとんどの女子と一部の男子たちであるということ。


 これがどういうことなのか、分かって頂けるだろうか。

 まず僕は、昨日の夏川さんとのにより、クラスの男子のほとんどに目をつけられた。

 そして今、クラスのほとんどの女子及び残りの男子数名にも敵意を向けられ始めた。

 つまり、このクラスでの僕の居場所は、完全に無くなったと言っても過言ではないということだ。

 なんで僕はこんなにもが悪いのだろうか。さようなら僕の学校での未来。


 「これからよろ…しく…?」


 シャルルさんもさすがにこの禍々まがまがしい雰囲気を感じ取ったか、途中からだんだん、言葉から明るさが消えていった。

 正直なところ、僕としてはあまりよろしくしたくない。

 言っておくが断じてシャルルさんは悪くない。悪くないのだけれど、僕がシャルルさんと顔を合わせる前に描いていた未来とは違いすぎたのだ。

 夏川さんと僕に向いた注目を、新しい転校生が全ていってくれる。そうすれば僕はまた平和な学校生活を送っていける。そう考えていたのに、シャルルさんと仲良くなってしまっては本末転倒ほんまつてんとうである。余計な注目を浴びてしまい、平和な学校生活など夢の話としてしまう。


 僕が悩んでいると、今まで黙っていた夏川さんが唐突に口を開いた。




 『ちょっと。晶仁っちと仲良くなるのはウチだけで充分なんですけど。』














 ねえなんで今そんなこと言うの馬鹿なの?????

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