第8話 ちょいシリアス入るんだけどどうしよう

 「おかえり、お兄ちゃん。」

 「うん、ただいま、雪乃ゆきの。」


 結局、あの『また明日ね、夏川さん。』の後、急に恥ずかしくなって学校を飛び出してしまったので、帰路きろの記憶がほとんど無い。僕どうやって帰ったんだろう。気がついたら目の前に家があった。

 しかし、家に入る前に玄関前で大きく深呼吸を行ったため、家族とは落ち着いて会話ができるはずだ。


 …とは言っても、今の僕にとって、という存在にあたる人物は、こいつ雪乃しかいないのだけれど。


 雪乃は、現在中学二年生の僕の妹であり、同時に、たった一人の僕の家族である。

 母は雪乃を産んですぐに病気で亡くなったらしい。というのも、母が亡くなった当時僕は三つか四つの歳だったので、彼女の名前が『尚子なおこ』であったこと以外は、実はほとんど何も覚えていない。

 そして、父『尚徳ひさのり』は、大手ゲーム会社の副社長としての莫大ばくだいな遺産をのこし、二年前に交通事故で亡くなった。

 僕と妹を産んでくれた両親にはもちろん感謝はしているのだが、同時に、少し仮借かしゃくない想いは残っている。僕はさておいても、まだ幼い妹を残して育てきらずにった親を完全に許すことは、きっと今後一生ないと思っている。


 父が死に、僕ら兄妹きょうだいが完全に両親を亡くしたのは、僕が中学三年生、妹が小学六年生のときだった。すでに祖父母そふぼが亡くなっていた上、両親に兄弟姉妹がおらず完全に身寄りの無くなった僕らに、家庭裁判所かていさいばんしょの人や警察の人は、施設に入るだの、知らない人の養子になるだの、ふざけた道を勧めてきた。

 いや、それが遺児いじにとって最善の道であることは、中学三年生の僕にはよく理解できていた。だが、それでも、親に対する怒りが、僕がその道を歩むことをめたのだ。

 僕らは二人で生きる。そう、決めた。


 しかし、法律上それはどうしても問題があるというので、仕方なく、父の知人ちじんであり警察官である池田いけださんに、監視かんし役というか見張り役というか、そういった役に付いてもらった。

 とはいっても、掃除、洗濯、料理、そういった家事は兄妹二人でも難なくこなせたので、週に一度、池田さんがに様子を見にきてくれる、という形でおさまった。ちなみに、学費などの計算も、池田さんがしてくれているらしい。いくら家事ができても、さすがにそこらへんは厳しい部分があるので非常に感謝している。どうやら池田さんも幼い頃家庭に複雑な事情があったらしく、僕らの意思をみ取って、上の人ともいろいろと掛け合ってくれたらしい。


 「あ、お兄ちゃん、お昼ありがと。」

 「えっ、あー、どういたしまして。」


 しばらく考え事をしていたため、唐突に妹が口を開いたことに少々驚いてしまった。

 妹は今日、僕と違って普通に始業式が行われたため、給食を食べずに帰ってきた。僕はそれを知っていたので、自分の弁当を作るついでに妹の昼御飯ひるごはんを作っておいたのだ。いや、むしろ妹の御飯のついでが僕の弁当だったり。

 自分より妹のために親をにくんだり、こうして妹の御飯を第一優先としていたり。自覚が無かったわけではないが、僕はかなりのシスコンなのかもしれない。


 「ねえ、お兄ちゃん?」

 「どうした?」

 「…何かあった?」

 「え、な、なんもないぞ。」


 僕のシスコンも大概たいがいだが、こいつのブラコンもなかなかである。

 中学二年生にもなる思春期さかりの女の子が、兄の入浴中に当然のように入ってきたり、朝起きるといつの間にか隣で寝てたりする。

 そんな彼女にとっては、僕の感情の変化を読み取ることなど容易たやすい案件に過ぎないのかも知れない。

 彼女が気付いた僕の感情の変化というものの原因は、間違いなく夏川さんだ。今日の疲れが顔にでも出ていたのだろうか。

 こうなったらきっと問い詰められまくって、結局白状する羽目はめになる。妹は中学生なので、刺激が強すぎる部分は適度に隠しつつ、全てを話すことにした。


 「えーっとね。」

 「うん?」

 「告白された。」


 「…え?」


 「つか、プロポーズされた。」


 「…は?」


 大切な妹が完全にフリーズした。無理もない。僕もそんな感じの反応したもん。

 アイス片手に呆然ぼうぜんと立ち尽くしている妹に、再度話しかけてみた。


 「…アイス溶けるぞ?」


 「…あぅ、おっと。」


 「えっと…。食べ終わってから話すか?」

 「…ん。そうする。」


 そうだ、僕もアイスを食べよう。そして頭を冷やそう。物理的に。

 妹と一緒にソファに座り、冷凍庫から取り出したばかりのチョコレートアイスに口をつけた。











———


 「で? どういうこと? お兄ちゃん。」


 アイスを食べ終わった後、なぜか僕はソファの下に正座をさせられた。妹が威圧感たっぷりに足と腕を組んで座っているその正面に。


 「えっとな、今日転校生が来たんだよ。」

 「うん。」

 「女の子のな?」

 「うん。」

 「んで、その子が僕に抱きついてきて、」

 「う、うん?」

 「プロポーズされた。」


 「…は?」


 この反応、さっきも見たな。

 とにかくこんな感じで、妹に、今日一日の出来事をと説明した。


 「…って、感じだ。」


 「はぁ…。分かった、とりあえずそのクソビッチは雪乃が必ず殺す。」

 「おいちょっと待て。」


 兄として、シスコンとして。妹に好いてもらえるのは有難ありがたいのだけども。そうじゃない。















 「お兄ちゃんは雪乃のもの…。そして雪乃はお兄ちゃんのもの…。」


 この独り言は、聞かなかったことにしようと思う。

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