第4話 プロポーズされたんだけどどうしよう

 チャイムの音が響く。

 教室中からため息が零れる。

 先生の口から欠伸あくびが漏れる。

 やっとだ、やっと授業が終わった。どんなに退屈な授業でもこんなに長く感じたことは無い。いや、別にこの授業がつまらなかった訳ではないんだけどね。ほら、転校生夏川さんが気になって仕方がなかったというか、先生に怒られてからちょっと気まずかったというか…

 うん、どちらにせよダサい理由ですね。面目めんぼくない。


 「晶仁まさとっちー、消しゴムまじありがとー!」


 感謝の言葉を述べると同時に、例の消しゴムを手渡してくる夏川さん。それにしても元気が良すぎて、約一時間前のあの涙が嘘だったのかとすら思えてくる。ギャル嫌いな僕は、このテンションがあんまり好きじゃないんだよな、なんて思ったり。


 「おいおい晶仁っちってなんだよ、変な呼び方すんな。あと、消しゴム無いんだろ?別に今日使ってていい。」

 「マジで?ありがと晶仁っち!」

 「だから晶仁っちって呼ぶなって。」

 「いいじゃん晶仁っちで。可愛いし。」


 おい今こいつ『可愛い』っつったか。僕の空耳だよな。


 「俺も聞こえたぞ、黒崎。」

 「急に出てくんなよ生野。つかお前なんで僕の心読んでんの。エスパーかよ。」


 生野が何故僕の心と会話してるのかは分からない。が、非常に怖いというのは確か。


 「なんでってほら、僕らがそういう関係だか――

 「やめろしばくぞ。」


 危ない発言だという予感がしたので、すかさずツッコミを入れる。高身長で容姿端麗ようしたんれい、成績優秀、スポーツ万能、そんな彼が全くと言っても良いほどモテないのは、こういった性格のためだと思う。ついに一部の女子の中では僕と生野のカップリングがよく話に出てきてしまっているとか。大至急だいしきゅうやめて頂きたい。

 しばらくこんな茶番を続けていると、夏川さんが少し不満げな笑顔を浮かべて口を開いた。


 「ははっ、ちょっと二人とも仲良すぎじゃね。マジくわー」


 そう言いながら夏川さんは立ち上がって、僕に近づき、僕の膝に座って…


 …膝に座って!?

 何してるのこの人。さらに僕の肩に両腕を回してきて、生野に向かってこう言い放った。


 「あのさー、晶仁っちはもうウチのものなんだから、手、出さないでくんね?」







 …ん?

 とにかく状況を整理しよう。まず一つ、体勢。彼女の体が僕の体に最も密着するであろうこの体勢。膝に座られたことにより下半身最上部の柔らかな双丘そうきゅうが。肩に両腕を回されたことにより上半身の豊満すぎる双丘が。それぞれ、その暖かさや柔らかさを、これでもかと言うほどこちらに主張してくる。控えめに言ってやめてほしい。約一時間前にも言ったが、僕の理性が危ない。

 もう一つ、台詞。僕を『ウチのもの』と口走った夏川さん。まず大前提だいぜんていとして、僕らは結婚などしていない。それどころか付き合ってもいないし、もっと言うなら、お互い本日が初対面の相手である。独占欲を持たれる筋合いなど無いし、嫉妬しっとされるなど他である。それともなにか、僕の聞き間違いだろうか?

 否、それはない。今僕は、生野はさておき教室中の男という男から殺意のこもった眼差まなざしを向けられている。そろそろ痛いんだよな、物理的に。

 一回放せ頼むから。さもなくば死ぬぞ。


 僕が。


 「あの…夏川さん?何言ってるの?つか、何してんの…?」

 「何って?んー、プロポーズ?」


 「「「「「「「は?」」」」」」」


 クラス全員が全く同じひらがなを全く同じイントネーションで全く同じタイミングで放った。僕も生野も成田も含め。

 こんな奇跡あり得るはずが無いのだが、誰もその奇跡を喜ぼうとはしない。理由は簡単、今はそんなことに驚いている場合ではないのである。


 「黒崎てめえええ!!!うらやまけしからんぞおおお!!!」

 「うるせえよばか野郎」


 突然叫びだす成田に、ツッコミと言う名のビンタを入れる榊原さかきばら。榊原と成田は普段から非常に仲が良く、成田の暴走を止めるのはいつもこの榊原か担任の山下である。お疲れ様。


 いや、そんなこと考えてる場合じゃないんだってば。

 今僕に向けられている殺意が、どんどんふくらんできているのがわかる。視線の強さが伝わるというのもなかなか怖い話なのだが、この殺意が質量を持ち始めてきている以上、伝わってくるのも仕方ないことだと思う。


 そしてそれを知ってか知らずか、夏川さんが僕をより一層強く抱き締める。


 「プロポーズだよ?まじで」


 とどめのこの一言である。

 うわ、皆こっち向いた。















 「「「「「「「…殺す」」」」」」」


 ヒエッ

 多分僕は今日本当に殺される。

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