第2話 転校生が泣き出したんだけどどうしよう

 現在僕が置かれている状況を説明しよう。

 HRホームルーム直後である。いつもの学校、その教室に今日転入してきた初対面のギャル女の子に、大粒の涙を流しながら、抱きつかれている。


 …うん。どう考えてもおかしい。先程このギャル、もとい夏川さんが口走った【カズ君】という人物。彼女の言動や行動から察するに、彼女が僕をそのカズ君さんだと勘違いした故に、この事故、いや、この大事故が発生したものだということが考えられる。勘違いとはいえ泣きながら異性に抱きつくということは、それ相応の理由があるのは間違い無いだろう。しかし僕からしてみれば、ついさっきまで頭の中で酷評こくひょうを行っていた初対面の人間に抱きつかれているのだ。気分が良いものかと問われれば、首を横に振ってしまうのは致し方ないことだと思う。

 ところでその、先程から、周囲の男衆からの殺気をまとった視線があちこちから僕の頭部を突き刺してきている。この殺気には恐らく、ねたみ、そねみ、そういったありとあらゆるの感情が含まれており、その鋭い重圧は、僕に質量を感じさせるに充分なものである。どうしよう怖い。

 思えば今、僕の胸部にこれでもかというほど強く押し付けられている果てしなく柔らかな双丘といい、濃いメイクの上からでもしっかりと伝わってくる確かな美形といい、はたから見ればこれはただの羨ましい光景でしかない。

 そう考えて改めて目を横に向けてみると、本当に綺麗な涙が勢いを弱めることなく、彼女の頰を伝って僕の肩に落ちているのが見えた。彼女が流している涙は、僕が持った彼女への第一印象を容易よういじ曲げてしまう程に、まっすぐで、純粋を極めた涙だった。

 つかこれそろそろ放さないとやばいよな。主にこのクラスでの僕の未来が。


 「えっと…夏川さん?僕その、カズ君、じゃないんだけど…?」

 「くぅ…うぁ…とぼけないでよ。なんでそんな嘘つくの。…うぅ」


 緊張というか困惑というか、感情が不安定であるあまり震えてしまった僕の声に、同じく感情が安定していない夏川さんの嗚咽おえつ混じりの涙声が被さる。

 落ち着いてくれ。そして離れてくれ。僕の心臓とか心とか理性とか、とにかくいろいろ危ない。


 「落ち着いて、僕はカズ君じゃなくて、『晶仁まさと』。黒崎晶仁くろさきまさとって言うの。」

 「くぅ…うぁ…ほんとうに…?」

 「うん、本当に。」

 「カズ君…じゃないの?」

 「うん。そもそも僕その人知らない。」


 数秒の沈黙が続いた後、彼女は跳び退いてこう言った。


 「ごめんなs…あ、わりい!!マジあの、人違いっつーかその、わざとじゃなくて…」


 焦りながら、涙をぬぐいながら必死に謝罪を繰り返す様子は、やはり彼女が純粋な心の持ち主であることを再確認させる。


 「いやいや、良いんだよ。誰だって間違いくらいあるし。でも気をつけてね。一応その、僕も男なんだからさ。」

 「うん…ありがと。」


 また数秒の沈黙が続いた。

 その間、状況を改めて確認した僕らは、お互いの顔を見られずに、うつむいて頰を紅潮こうちょうさせていた。









 『えーっと、まああれだ。おめでとう黒崎。』


 突如生野が放ったこの一言に、教室中がさっきの喧騒けんそうを取り戻す。


 「おめでとう黒崎ー!!」

 「よかったなー!」

 「良い夫婦になれよ。」

 「夏川さん、黒崎を頼むぜー!」

 「黒崎いいい。成田は非常にうらやましいぞおおおおお。」


 「なんて事しやがったんだ生野テメー殺す。ついでに成田もうるせえから殺す。」

 「ええ?いいじゃんいいじゃん。これからも仲良くねー!」


 そう言って逃げるように立ち去る生野。覚えとけよ。

 とりあえずこの騒ぎを止めないと。ってあれ、夏川さんが止めてるわ。顔、赤いな


 「ちょっ!?ちげえって!!そんなんじゃねーし!!」









 その、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

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