第3話

 小池君が最後のイタズラをしてから何日も経った。彼はもうワタシと顔を合わせようとしない。

 学校の体育館では何度も卒業式の準備をした。そんな時、気持ちが高ぶって泣いちゃう子もいたけど、ワタシはあまり寂しい気持ちにはならない。

 ワタシには卒業式でサヨナラする友達はいないから。

 その日を迎えても、ワタシたち三人はいつも通り。モジャとビーコはいつもワタシのそばにいて、いつだって守ってくれる友達だから。

 今日も教室で二人と話す。

 小池君は不機嫌そうに肘をついて、ワタシのことを見ていた。

 

 三月十六日は学校を卒業する日。

「おはよう」

 眠たい目をこすりながらビーコに向かって言う。ビーコはまだワタシの中で眠っているのか、おはようをしてくれない。

 今日が卒業式だっていう実感があまりないワタシは、朝もいつも通りの時間に家を出た。

 ランドセルを置いてきたから背中が軽い。青い空を見上げて、モジャモジャ頭のユーレイを探す。でもうまく見つけられない。

 どこかに隠れてワタシを驚かそうとしているのかも、と色んなところを探してみるけど、やっぱり見つからなかった。

 いつも家の前に浮かんでいるはずのモジャが今日はいない。

 おかしいな、と首を傾けながら、ワタシは一人で学校まで歩いた。

 

 同じ学校の生徒がばらばらと登校している中に、生徒を目で流しながら、いつかの水道橋の端っこに立っている男の子がいた。小池君だ。

 小池君はじろりと目を光らせて、橋を監視しているみたい。

 ワタシは橋の上を渡ろうか迷ったけど、ここで引き返すと色んな人に変に思われる気がした。それがなんだか怖かったから、結局彼のいる場所とは逆側の道を早足で通り抜けた。目なんて絶対に合わせないように。

「立花」

 だから呼びかけられても聞こえないふり。ワタシはそんな何気ない素振りが上手だった。

「立花!」

 小池君は声を大きくして呼びかけてくる。

 どうしてこんな時にモジャとビーコはいないんだろう。二人がいてくれれば、こんなに怯えることもないのに。

「立花ってば!」

 さっきより近い、ワタシのすぐ後ろから声が聞こえる。

 このまま歩いていると捕まってしまいそうだったから、ワタシはとうとう走り出した。

 小池君は追いかけてこなかった。

 

 へとへとになって教室に着いて窓側の自分の席に座る。

 どことなく落ち着いた寂しい空気は、ワタシとはあまり関係ない。

 しばらくして同じクラスの小池君が教室に入ってきたけど、ワタシの席には来なかった。

 チャイムが鳴って藤堂先生がやって来る。いつものカエル声で先生は「席につきなさい」って言うと、静かに先生とワタシたちについての話を始めた。

 途中で先生は言葉を詰まらせて、ハンカチを目のところに持って行く。その仕草で先生が泣いてるんだと分かった。

 いつも面白い先生も、泣くことがあるんだ。

 ワタシはびっくりした。

 

 卒業式の間もワタシはモジャのことを探して、ビーコに呼びかけ続けていた。

 そうしている間に卒業式はあっさりと終わってしまう。校長先生の言葉、卒業生徒代表の言葉、旅立ちの歌。なんだか呆気なくて、あまり記憶に残らない。

 教室に戻ると先生の話が少しあって、何もかもが終わるといつもより早い下校の時間になった。

 結局学校にいる間は一度も二人に会えなかった。

 教室には別れるのが嫌でいつまでも泣きながら話をしているクラスメイトたちがたくさんいる。

 まあそうか。お別れだもんね。会えない人もいるものね。寂しい気持ちにもなるよね。よく分からないけど。

 ワタシは一人で帰ろうと席を立った。

 その時、窓の外の廊下に、モジャの人懐っこい笑顔を見た。

 モジャ!

 彼はワタシと目が合うと、廊下をふわふわ飛んで、教室から見えない奥へ行ってしまう。ワタシは後を追いかけた。

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