第2話
モジャにギッタンギッタンにされちゃった小池君。寝そべった体にワタシは片足を置いて両手をあげている。
「うおーー!」
ビーコは男らしい雄たけびなんかをあげて、まるで自分がケンカに勝ったような気分。
「ちょっとビーコ! 恥ずかしいからやめて」
心の中からワタシは訴える。そんなことするから、ほら、ほっぺたが熱くなってきた。
「え? いいじゃない。勝利の雄たけびよ。モジャだってそうしたいって言ってる」
うんうんと、モジャが首を縦に動かす。みんながみんな別々の方法で返事して、なんだかバラバラだ。
でもワタシもモジャが大きな声を出したい気分なんだってことはなんとなく分かっていた。
ワタシたちは三人で一つになっている。だからお互いに思っていることも、考えていることも、ちょっとは分かる。
一つの体に三人分。女の子と、ユーレイと、女の子の心に住むもう一人で、仲良しの友達同士。三人でいれば何でもできる。
それがいつも心強かった。
「ぐ……ゴリラ、め」
モジャに踏まれた小池君は顔を上げて言う。
悔しがりの小池君。そんなだからビーコだって放っておけなくなる。
「何か文句でもあるの? コ、イ、ケ?」
ドスのきいた声。
ビーコ、いくら何でもそれは怖すぎる。どっちがいじめっ子なのって疑いたくなるよ。
小池君は泣き出すまで五秒前って顔。でも男の子だから口をしっかり結んで耐えている。
イタズラされたのは確かに悲しかったけど、さすがにそこまでしたいとは思ってない。
「ほら、謝りなさいよ。言っとくけど、今日はアタシに謝るまで帰さないわよ」
「誰が謝るか――」
スッと、ワタシの足が引かれた。
小池君は驚く。ビーコはもっと驚く。ワタシは、安心する。
モジャは目をぱちくりさせている小池君に手を差し伸べた。そしてよく分からないという風に固まっている小池君の腕を無理やり取って助け起こす。
口ではビーコが文句を言う。
「ちょっとモジャ! 何してるの? まだこいつに反省させてないって」
モジャは柔らかい顔をして首を横に振る。その仕草に、やっぱりモジャは優しいなって思う。
モジャは本気で小池君をとっちめようなんて思ってなくて、ワタシたちの思いに応えようとしただけ。ワタシが悲しい気持ちになって、ビーコが懲らしめてやらなきゃって思っていたから、そのために体を動かしてくれていた。
そして今もワタシの思いと同じでいてくれている。
ビーコはなんだか納得いかなそうだったけど、しょうがないなと肩をすくめた。もちろんモジャに手伝ってもらって。
「わかったわよ……小池、今日はここまでにしてあげる。本当は謝らせたかったけど、気が変わった。アタシの友達に感謝してよね」
仲直りの握手をするために手を差し出す。子供っぽい気がするけど、これがモジャにとっての仲直りの方法だ。
「なんだよ……」
小池君はワタシの手を見つめるだけで、握り返そうとはしない。
笑ったワタシの顔を見て言った。
「お前、誰だよ」
え?
三人が三人とも固まってしまう。それだけ小池君の言葉は衝撃的だった。
短い言葉はワタシたちの心に直接向けられたみたい。だから誰も動けなくなってしまう。
「いつもウジウジして、話しかけてもろくにしゃべってくれないし、独り言ばっかり。ちょっかい出しても何も言わないから、立花はそういうヤツなんだって思ってたけど……けど、そうかと思ったら急にキレるし、急に暴力振るってくるし、急にそんな風に笑ったりするし! 意味わかんないんだよ!」
ただのいじめっ子だったはずの小池君は、ずっとため込んでいた言葉を溢れださせるようにしゃべる。今までそんなこと、一度も言わなかったのに。
なんだか自分勝手。理不尽。だから怒りっぽいビーコは、小池君に食いかかった。
「はあ!? そんなの知らないわよ! こっちの勝手でしょ! アタシをいじめる理由になってない!」
「立花がいつも今みたいだったら、こっちだって何もしねぇよ! 後で何されるか分かんねぇし、そんなことしなくても普通に話したりできるだろ」
「だからって、この子をいじめるのは違うでしょ? アタシはどうしていじめるのかって聞いてんの!」
ビーコの言う「この子」はワタシのこと。ビーコはワタシに代わって小池君と戦ってくれている。
「ちょっとイタズラすれば、何か言ってくるかなって思ったんだよ。でも、お前は知らんぷりだった」
「アンタ、この子と仲良くなりたいの?」
「……仲良く、なりたいよ。普通に話ができればなって思うよ。イタズラしたのだって謝る」
謝るって言った。そんなの初耳。
ワタシの前じゃ何も言わないのに、今の小池君はいつもと違って素直な感じ。いじめっ子とは違う小池君だ。
それはやっぱり、小池君が話しているのがワタシじゃないからなのかな。
でも、と小池君は言う。
「でもさ、さっきからこの子ってなんだよ。モジャってなんだよ。分かんねぇ。おれは今、誰と話してるんだよ」
小池君の目がワタシたちの目を不安そうに見ている。ワタシのものか、モジャのものか、ビーコのものか、分からない目を。
誰も、何も言えなかった。
「……もういいよ」
はあはあと肩で息をした小池君は、ビーコとモジャが止める間もなくワタシから離れていった。
おしゃべりのビーコは口を閉ざして、いつも笑顔のモジャは笑うのを忘れていた。
ワタシは二人の思っていることが、何一つ分からなくなった。
その夜、ベッドで横になって眠りかける時、二人の話し声が聞こえた気がした。
ぼんやりとだけど、どこか別の場所でテーブルを挟んで話す二人の姿を、見た気がした。
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