第1話
その日、ワタシはイタズラされた。冬休みが終わって、卒業式の準備をしているような時期だった。
帰りの時に靴を履き替えようとしたら、靴の中からたくさんの虫が出てきたのだ。うねうねした芋虫とか、ダンゴムシとか、ついでに石も。
ちょっと驚いて後ろに引いちゃうけど、そんなのは、まあ、慣れっこ。
靴のそばに紙が置いてある。「くやしかったらなんか言え」と書かれたプリントの端っこ。
わざわざこんなものを残してイタズラする人は一人しかいない。
とりあえず、このままじゃ虫たちも気の毒だろうから、ワタシは靴下のまま外に出て、土の上に帰してやる。
最近はこういうの、少なくなったと思ったんだけどな。
しょうがないな。
「しょうがないな、じゃない! もし気づかなかったら、虫を踏んづけちゃうところだったのよ!」
心の中からビーコは怒りの声をあげている。ビーコの声はワタシにしか聞こえない。
モジャは空中をスイミング中。藤堂先生の顔をして平泳ぎをしている。カエル泳ぎだったら笑ってたかも。
「どうせまたアイツらでしょ? ちょっと行って怒ってやんなさいよ」
ケンカっ早いビーコにワタシは言う。
「ダメだよビーコ。こっちが怒ったら、何されちゃうか分かんないよ」
ワタシが言うと、ビーコは心の中で暴れ回ってキーキー声をあげる。
「そんなの意味わかんない! 悪いのはアイツらなんだから。……いつもいつもアンタをいじめて。今日という今日は許せない!」
モジャはワタシが笑わないから、少し悲しそうな顔をする。
ビーコはわめき散らした後で、落ち着いた風に言った。
「よし、それならアタシがやってやる」
そしてワタシの口を借りて言う。
「モジャ。このナンジャク者をいじめっ子のところに連れていってやって」
モジャはオーケーサインを指で作ると、ワタシの中へ入ってきた。
え? ちょっと待ってよ。
「ナンジャク者は黙ってなさい」
ワタシの口でビーコが言う。そしてワタシの体はモジャが動かす。
「待ってよ! お願いだから、落ち着いて!」
心の中に押し込められたワタシは必死に大声を出すけど、そんなの二人は聞いちゃくれない。
何もできないワタシを知らんぷりして、モジャはワタシの体で靴を履くと全速力で走って行った。
はあはあと、ワタシの体が息をつく。
とても自分の体とは思えないほどの速さでたくさん走った。自分の中じゃ新記録。きっと学校で一等賞も夢じゃない。
そして立ち止まったのは小さな水道橋の上。ワタシの前には、いつもワタシをいじめる小池君がいる。
「なんだよ立花。何か文句あるか?」
何か文句あるか、なんて。ワタシには何も文句なんてありません。
でもワタシの口はビーコのもの。ワタシの知らない文句が次々と出てくる。
「なんだよ、なんてよく言えるわね! どうせまたアンタの仕業でしょ、小池!」
「なんのこと?」
小池君は後ろにいる二人の仲間を振り返って確認をとる。
どう、知ってる? いやいや何も?
そんなワザとらしいことしなきゃ、ワタシもビーコをなだめられたかもしれないのに。
「アンタら仲間なんだから、言う訳ないでしょ?」
ずんずんとワタシの体は小池君に詰め寄っていく。
「いつもいつもアタシをいじめて楽しい? アンタが何したいのかこれっぽっちも分からないけど、アンタのせいでアタシはうんざりなの!」
小池君の仲間はニヤニヤした顔を引きつらせていく。
「おい、こいつおっかない方のタチバナゴリラだ。逃げないと殴られちゃうぜ」
「誰がゴリラよ!」
睨みつけると、後ろの二人は小池君を置き去りにしてスタコラ逃げていった。
ワタシの体を動かしているのはモジャで、ビーコは口だけしか動かしていないはずなんだけど、二人はとても息ぴったりにワタシを操っている。
モジャとビーコがワタシの見えない場所でハイタッチしてる気がする。仲がいいのはワタシも嬉しいはずなのに、なんだかワタシだけ仲間外れみたいで複雑。
「アンタの友達、アンタを置いて逃げちゃったわよ」
「お、おれは怖くないぞ」
「どうかしら。どのみちアンタだけは逃がさないけど」
ワタシの前ではいじめっ子の小池君も、ビーコとモジャの前じゃビクビク震える弱い子。ワタシは少しだけ小池君が気の毒に思えた。
「さあどうするの? 正直に本当のこと言って謝れば、まだ許してあげてもいい。謝ってくれないなら、また泣かせてやる」
小池君は泣き出しそうな顔。いつものワタシと立場が入れ替わっている。たぶん今ワタシの顔は、モジャのせいでものすごく怖いことになっているんだろう。
ワタシの代わりにいじめっ子に立ち向かってくれる二人には感謝している。ワタシにできないことを平気でやってみせる友達を誇りに思っている。
でも何だろう。ワタシはこんなでいいのかな。
そのまま小池君は泣き出すか、逃げるか、どっちかだと思ったけど、驚いたことに小池君は女の子の体に掴みかかってきた。
「うわああぁぁぁ!」
大きな声を出して突き飛ばそうとする。突き飛ばされたのがワタシなら間違いなく転んでいた。
でもワタシの代わりに体を動かしているモジャは、とても強い子だ。
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