第18話 一部エピローグ

「――そんなわけで、こうして今に至るっていうわけだよ。どう、分かったかな悪魔ちゃん?」


「ええ、理解しました」


 何も得られる情報がないということは分かった、と彼岸淵は内心で呟く。

 同時に白木春に二度と情報を聞き出すことはしないとも。


 クロハの人外の従者二体組はクロハとその家族たちが食卓を囲む家、その屋根の上にて雑談を興じていた。とは言っても、興があるのは春だけで専ら淵は聞き役に徹し何か白木春が自身の主人につながる有益な情報を持っていないかと聞き出しているのであって、楽しんでなどいなかったが。

 クロハが家の中にこの従者二体組を入れなかった理由は家族団欒を邪魔されたくなかったから――などではもちろんなく、白木春があまりにうるさかったことと――


「いいのー、このままで?疑いを晴らさず、誤解されたままっていうのは悪魔ちゃん的に不本意なんじゃないのー?」


 春は気が付いている。

 事情も知らない、理屈も知らない、もっと言えば淵とクロハ――都木萩の関係性など全く知らない。それでも答えにたどり着くのが白木春である。彼女は、となった白木春にはたどり着ける。


「不本意ではあります。ですが、悪くはない」


 悪くはないという強がりは、しかし淵の本音でもある。

 強がりも或いは本音も、今までの淵にはなかった。

 ――そんなことを実のところ淵は覚えているわけでもないのだが。


 次元の壁も輪廻の理も超越してきた淵に残されているのは――


「一つだけ、ずっと聞きたかったことがあったんだけどさあ。彼の魂の感触ってどうだったの?」



「……最高です、今も昔も」


 彼岸淵は無表情のままである。

 無表情のまま彼女は笑う。

 彼女は歪みきった。

 しかし、彼女は変わらない。

 今も昔も都木萩に仕える不明の悪魔、彼岸淵である。



「いいなあ、ボクもちゃんみたいに信頼されたいなー」


 白木春はぼんやりと目に映る世界を見つめているのみである。


◆ ◆ ◆


 結局、帝には成れなかった。

 成りたかったわけでもないけど肩透かしは食らった気分だ。


 条件は満たしていたのだけれども支持者が少なかった。

 

 ワンダの帝(女帝)であるバーネット・デイ・ウォーリアを連れてきた師匠こと、アザレア・ウィブランカは僕を帝にする代わりにいくつかの条件を突き出してきた。


 一つ、無暗にワンダの人材を拉致しないこと。

 これはマリー姉に言い聞かしたので大丈夫だろう。

 二つ、マリー姉にワンダの実権を握らせないこと。

 これもマリー姉に言い聞かせたのどうにかなるだろう。

 三つ、この集落を中心に国づくりをすること。

 まあ、国づくりをするかどうかは知らないがこれも頷けない理由ではない。


 そして最後に、


「オレと子作りしろ」


 その場にいた僕を除く全員が反対した。


◆ ◆ ◆


「……どうして私が帝に?」


 ローズ姉が項垂れていた。

 大婆様が家族団欒の場に帝(女帝)を連れてきた後に「子作りしろ」などと問題発言をした翌日である。集落の賛同を得ることができたので僕はしばらくの間実家に寝泊まりすることになった。

 先日と同様に食卓を囲みながら家族会議をしている。大婆様は別件で出かけていて、妹二人は昨日から狩りに出かけているところだった。


「消去法。マリー姉には任せられないし、母さんは拒否したし、他の大戦士は信用できないし、大婆様は引退しているからね。一番適任なのが大戦士の地位についていて、それなりに集落の信頼を集めていて、潜在能力なら誰よりもあるローズ姉しかいなかったんだよ」


 この場で最も適当な人がローズ姉だった。

 母さんが拒否したから仕方がない。


「母さんがやればいい」


 ローズ姉もやる気はないみたいだ。


「私がやってはいつまでたっても後進が育たないだろう。クロハまではいかずともお前なら上手くやれる」


 珍しく母さんがしっかりと喋ってる。


「へえ、母さんも喋れたんだ」


 マリー姉も少しばかり驚いている。


「どういう意味だ?」

「いつも母さん喋らないじゃん」

「母さんは普段からもっと喋った方がいいよ」


 意志疎通がほんと難しい。


「?」


 母さん、首を傾げないでほしい。


「それよりも、私じゃ帝なんてできるわけがない。無理」

 ローズ姉がふるふると首を振って青ざめている。

 珍しくローズ姉がビビっている。

 帝は名誉職ではない。

 それに伴うだけの実績と実力が必要だし、人を指揮しなければいけないのだからカリスマもなければならない。

 何よりもコミュニケーション能力が求められる。

 ローズ姉にはコミュ力はない。

 母さんもない。

 僕もある方ではない。

 マリー姉と大婆様でもないと帝は確かに厳しいだろう。

 妹たち?論外。


「ま、私が何とかするから。ローズはふんぞり返ってて」

「マリー姉は携われないからね。大婆様に協力してもらう条件なんだから」

「ええー!?そんなの律儀に守る必要ないでしょー。というよりもローズに任せていたらワンダが滅ぶよ?」

「だから大婆様に協力してもらう。大婆様が相談役か何かになればワンダの他所の集落も納得するでしょう」

「私好みの国にしたかったんだけどなー」


 マリー姉が残念な顔をする。


「滅ぶ……、私のせいで滅ぶ」


 ローズ姉ってあれかもな。生徒会長とかキャプテンに選ばれると途端に調子を崩す人。


「帝など誰がやっても変わらない」


 母さん、励ましているつもりなのかもだけど、それ暗にローズ姉は人の上に立つような才能はなって言っているようなものだからね。


「ワンダの帝って何か特別なことしてたっけ?精々祭りの場所とその時の獲物を用意するくらいじゃないの?」

「遠征の時の大将でもある」

「あと、大戦士の任命は帝が決めるってのもあるけどね」


 祭りとは狩猟祭のことで大戦士を各集落一人ずつ出して獣を狩りまくるという野蛮な祭りである。なんせ三日三晩寝ることなく大戦士は獣を狩り続け、待機している一般ワンダ人も次々に運ばれてくる獣たちを捌き料理し続けなければならないからだ。血なまぐさいってもんじゃない。三日三晩一睡もせずに生肉を捌いて焼くのは一種の拷問である。


 名誉職でない理由の一つにこの祭りの準備がある。祭りは年に一度だが、年に一度の祭りのために帝は場所の確保と獲物の保存をしなければならない。樹海の中の一定のエリアを狩りの場所として祭りの日まで立ち入り禁止として、そのエリア内の獣を狩れないように保存しなければならない。これが面倒らしい。毎年同じエリアで行えばいいようなものだが帝も年によって所属する集落が変わってくるため、他所の集落の縄張りを侵さないためにも帝が所属する縄張り内に祭り用のエリアを設置せざるを得ない。


 帝とあっても他所の集落の縄張りを侵すことは許されていない。なので基本的にポンポン所属外の集落に行くことはあってはならない。緊急的な要件を除いて――例えば敵に侵略されたみたいな時を除いて。


「ま、人間に魔族、樹海にいない魔物の群れがこんなにも見つかったんだから糾弾すれば帝の座をかけて決闘ぐらいはできそうね」

「そのあたりの手順を踏んでから今の帝を引きずり下ろすつもりだったんだけどね」

「大婆様がそのあたり全部すっ飛ばして帝拉致って来たからねー。人のこと言えるかっての」


 マリー姉が悪態をつくのも無理はない。マリー姉も僕というイレギュラーがあったにせよ計画を練り直してワンダの戦士の拉致による組織の強化と、将来的な帝の失墜あわよくば僕のことを帝に押し上げようと段階を追って動いてたことが大婆様の登場で全部パーになったのだから。


「強いということは知っていたがここまで元帝であるアザレアが強いとは思いもしなかったわ。くそう、まさか吾輩が奴隷になるとは!!」


 女帝、いやもうただのバーネットが悔しそうに声を上げる。

 彼女は今大婆様の奴隷として我が家の家事などの雑事をこなす身分となっている。女帝の座は無理矢理剥奪され、マリー姉が何故か持っていた人間の街では奴隷がつけるものとされている鉄製の首輪をはめられている姿を見ると少し可愛いそうには思える。


「大婆様に真正面からぶつかって勝てる奴なんていないんじゃないかしら?母さんがギリギリ戦える程度で、まあ私が情けや容赦なく戦ってやっとってところでしょうし」

「そういえばマリー姉は大婆様と戦わなくていいの?」

「やってもよかったけど、いったんお預け。もともと大婆様はこちら側に来ないつもりで計画立ててたから練り直し。有用に使えそうだし何よりすべてのワンダの集落に顔が利くから交渉役にはもってこい。問題は御せる人材がいないことかしら」

「大婆様だからね」


 あの人は行動していないだけで誰よりも自由奔放だ。何よりも縛られることがないし、律せる人がいない。何よりも厄介なのが呪術師としてかなりの実力者であることである。学べば分かることだけど大婆様のレベルまで魔法を習得するには何十年単位での修練が必要である。


「母さん何とかできないの?」

「無理だ」


 断言された。

 まあ聞くところによれば母さんが生まれる前から色々とお世話になっていたようで、そういった意味でもまた戦闘の癖や思考を理解されているという意味でも母さんは大婆様には敵わないのだろう。


「まあ、そうだよねえ。はあ、そんじゃできるだけ大婆様は遠ざけつつ計画組んでいくしかないかなー。不確定要素をわざわざ取り入れる必要はないし、私の秘密結社が滅茶苦茶にされそうだし」

「マリー姉、この後はどうするの?」

「んー、手違いはいくつかあったけどクロハちゃんを帝につけられた時と同じでワンダの統合を初めにする。そんで、森の外に連れて行く部隊と防衛用の部隊の選定、あと防衛拠点の設置と交易できるような体制づくり、同時進行で樹海に侵入してきた魔族や人間の駆逐かなー」

「結構やること多いね」

「前倒しはされているんだけどねー。少なくともクロハちゃんがこの樹海に縛られることはなくなったわけだし、クロハちゃんは私の部下とそのほかワンダの戦士を連れて森の外に遊撃かな。――偵察も兼ねて、ね」


 淵やマリー姉(あとグリーングリーンも)によって樹海内に魔族や人間が決して少なくない数送り込まれていることが分かった。特に魔族は本気でこの樹海を攻め落とそうとしているみたいで、最近森の外周に魔物が群れていたのは魔族の手によるものだということが捕らえた魔族から情報を抜き取って分かったことだった。

 

「マリー、私は?」

「帝してなさい」


 帝する、帝しないと、帝しろ。

 平安貴族でも聞いたことのないワードが飛び出した。

 平安時代途中から帝は置物になり始めていたので仕方がない。


「…………。」

「あ、母さんは防衛側の指揮統括。他の二人よりはマシでしょ」

「分かった」


 他の二人って言うのはこの集落の四人いる大戦士のうちの母さんとローズ姉を除いた残りの二人。エンジュ・スレイとアンブロシア・エンドウォークは実力はともかく人をまとめるのに向いていない。母さんも無口なので若干の不安が残るけどあの二人よりはマシ。大戦士がこの集落に四人いるのは母さん以外が実力しかない――実力以外の能力が伴っていない大戦士だからという要因もあるのかもしれない。


「ゆっくりやっていこうか。魔族にしろ人間にしろ団結したワンダを落とすのは容易にできることじゃない。私たちはぬくぬくと森の中で戦力を整えて両者が疲弊した時に横やりを入れて掻っ攫えばいい。将棋よりも簡単だね」


 マリー姉は愉快に笑った。

 マリー姉も種類は違えど戦闘狂――もしくは戦争狂か。

 魔族と人間との戦争になると聞いても我が一家は誰も動揺しないどころか楽しそうにしていたあたり、ワンダの本質がうかがえる。多分、統治やら占領やらができないだけであって皆々戦争好きなのだ。奪って食らう、戦って捕らえる。狩猟民族であり強奪を厭わない。

 事なかれ主義らしく戦争反対、平和が一番なんて唱えてもいいのだけど、賛同者はいないだろうから唱えるだけ徒労である。時代も許してくれそうにないし。戦地に行くことがないようにだけ気を付けて立ち回る必要はあるかな。

 森を出ることができるだけ前進したと捉えることもできるのかもしれない。

 何にせよここ数日の理不尽なほど想定外なことが続いた一連のドタバタはここで一区切りなのかもしれない。

 しまりが悪いし、どちらかと言えばここからが戦争やら偵察任務やらが始まるので、区切りというよりは出発点なのかも。


 僕はふと左目を閉じてみる。

 右目にはここ最近くっきりと見えるようになった淡い光だけが映り込む。

 

 母さんや姉さんたちのいる位置に光の塊が浮かんでいることからやっぱり魂か何かを見ているのかもしれない。

 そして屋根上に見える巨大な光が二つ。

 旧き従者と新しき友人。

 片方の魂が今にも消えてしまいそうなちらちらと儚い輝き他をしている。


「どうにかしないとな」


 魔族ではだめだったみたいだ。

 となると人間かな。

 ワンダの人から採るわけにもいかないし。


 僕は森の外に出て何をするのか、そんなことをこの時考えているのみだった。

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