生まれ変わった僕と、歪んだ彼女たち

解虫(かに)

一部 樹海にて悪は微笑む

第1話 生まれ変わる僕

 僕の右目を凶弾が貫く。

 ズダダダダダダ、と続いて銃声の協奏曲。

 前からの衝撃についに耐えられなくなった僕の体は後ろ向きに倒れていく。


 硬いアスファルトに頭を打ち付けたのにもかかわらず不思議と痛くない。

 右目が見えないし、空が真っ赤だ。

 誰かの悲鳴が遠くから聞こえる。

 音が遠い。

 言葉が聞き取れない。

 

 気が付けば僕の周りを彼女たちが囲んでいた。

 悪魔のような女性、癖のある銀髪の少女、栗色の髪をした長い付き合いの幼馴染に、ポニーテールの女の子、そしてまるで世界が終わったような表情をみせる化物のあの子。


 うん、まあ、悪くないんじゃないかな。

 死に際に女性に囲まれる人生は男としては最高だろう。

 

 惜しむらくは僕が一生に一度もデートをしたことがなくキスもない童貞で終わってしまったことか。

 ――だけれども、女の子を庇って死ねたんだ、これ以上は野暮だろう?


 ◆ ◆ ◆


「……まだ夜か」


 前世の死ぬときの夢を見た。

 前世からの記憶がある人に問いたいんだけども、死ぬ直前の夢ってよく見るモノなのかなあ?

 まるで忘れさせないためかのように、僕は死ぬ直前の夢を何度も何度も繰り返し見ていた。

 

 死んだあと、長いような短いようなまどろみから覚めた僕は新しい生を受けた。

 男子として僕は二度目の生を生きることになった。

 僕がこの世界がどうやら前世いた日本ではなく、ましてや地球でもない異世界だと気が付いたころに、僕は所属するコミュニティーの異常性をはっきりと実感した。

 女性しかいない種族、ワンダ。――所謂ところのアマゾネスであり深い森の中に住む狩猟民族だった。生まれついたときに女性しかいないことにはそこまで違和感を感じなかったが、生みの親どころか集落全体を探しても一人として男手がおらず、体躯の大きな女性が弓や剣鉈を携えて狩りに行く様子を見たときにそのおかしさに漸く気が付いた。日本でないことはすぐわかり、最初は南米とかアフリカとかの特殊な部族かと思ったけれども、彼女たちの異常な行動でそもそも地球ではないと確信を持つことになった。

 その一、異常な怪力。当たり前のように自身よりも体積の大きな獣や岩を片手で持ち上げ、持ち上げたまま木々を飛び移っていく。最初はただ身体能力が高いだけかと思ったが齢十歳にも満たない少女が拳で岩を砕いたり、腰の曲がった老婆が回し蹴りで大木をへし折っていたのを見て明らかな異常性を感じ、ここは多分地球ではないどこかの異世界なのだろうと本気で考えるようにった。

 その二、魔力・魔法の存在。意外なことなのだがこれに気が付いたのは転生してから大分時間が経ってからだった。あまりにも彼女たちが平然と魔法を使っていて、そのおかしさに全く気が付かなかったのだ。あと、アマゾネスのパワーというか脳筋ぶりに圧倒されていた。彼女たちは火を起こすときに一切の道具を使わない。火打石やよく原始人がやっているような火起こし器なども見ていない。それにかかわらず彼女たちはさも当たり前のように火を起こす。薪をくべた炉に何やら一言二言呟き、薪を発火させていたのを見たとき僕はその光景に衝撃を受けた。それからというもの火を起こすだけに関わらず、彼女たちの日常風景に注目した。火は指パッチンで起こし、何もない桶に宙から出現した水を汲み、意思があるかのように植物を動かし、風を起こして羽虫をおっぱらう。大きなことではないが当たり前のようにやっていたことが全て超常現象だと気が付き、ここが地球ではないと実感を得た。

 その三、月が三つあること。見たまんま、説明不要。赤、青、緑の三つ。


 以上のことに気が付き、凡そ十年ぐらい経ってここが異世界だと確信した時に、僕は村から追い出された。

 なして。


 いや、別に方言使ってまで驚くようなことではない。

 まず僕が男であること。アマゾネスなので男子禁制。例を見ない男児だからといって優遇されたりちやほやはされない。そんな好都合なことはない。ウェブ小説じゃないんだから。

 次に僕が魔力が乏しく魔法が使えないこと。これは日常生活でただの邪魔者になることを意味する。老若女問わず魔法(アマゾネスの見た目からすると呪術)が使えるワンダの社会はそれが使えなきゃ一人で生きられないことを示す。僕はどうやら魔力が殆どなく、魔法が全くと言っていいほど使えないらしい。実感がわかないし、使えないことが当たり前だったから何とも言えない。

 最後に僕が弱いこと。アマゾネスは分かりやすい身分がありその身分を決めるのが強さである。やべーのは強ければ割と何をしても許されること。まあ強い人ほど何故か真面目な人が多いのでそこまで横暴な人は見受けられないが、部族の中で強い戦士は何人か部下を引き連れ雑用やら荷物持ちやら身の回りの世話やらをすべてやらせている。狩りと儀式的な決闘だけは必ず参加しそれ以外は自分のやりたいことをやっている。僕も強ければ追放されることはなかったんだろうけども如何せん僕は弱い。どうやら魔力の量と身体能力の高さは比例するようで、僕は魔力がほぼゼロなので身体能力はワンダの平均を大幅に下回っている。戦士には当然勝てないし戦士の奴隷にも勝てないし老婆にも幼女にも勝てない。生まれた当初はちやほやはされてないけれどそこそこ期待されていたようだが、魔力がない、身体能力が壊滅的と分かった時点で身分は最下層になった。それでも奴隷として馬車馬のようにこき使われるでもなく、いじめられもせずにただただ追放処分となったのは曲がりなりにも僕が男だったからだ。男児は厄災をもたらす。そんな言い伝えが皮肉にも僕を追放処分だけで済ませているという幸運をもたらしている。運が悪いか悪くないかで言えば間違いなく悪いんだけれども、不幸中の幸いというか、怪我の功名。それに生まれつき右目がほぼ見えないことも追放処分の一因となっている。ワンダの一族は弱者を虐げない。僕のような生まれつきハンデを背負っている者をいじめない。だからと言って保護してくれるわけじゃない。戦士として狩りをすることを許される十歳に僕は完全に放逐されたのだ。ちくせう。

 

 そんなわけで僕のサバイバル生活が始まったのが五年前。ありがたいことに十年間荷物運びとかをしていたので狩りの知識とかを割と教われたため獲物を発見したりとか肉を捌いたり木の実を採取することには困らなかった。問題は狩りの方法と道具である。放逐されたときに持っていたものは局部だけを隠している衣服のみだった。五体満足なだけましか、ナイフの一本も持たせずに自然に放逐する部族を恨むべきか。ま、ナイフの代わりはすぐに作れた。近くの川辺に黒曜石のような加工しやすく切れ味もいい鉱石が転がっているので非力な僕でもすぐに作れた。問題は狩りの方。ワンダの基本的な狩猟方法は獲物を痕跡などから探し、見つけたら追いかけて狩りのしやすいところに追い込む。ここまではいい、このあと獲物が大きな熊や猪ならば真っ正面立ち向かい叩き伏せ、警戒心の強い獲物は射程の長い強弓で穿ち、足の速い獲物は追いかけてナイフで貫く。脳筋だー(知ってた)。真似ができるわけがないので自分にできる狩りの方法を模索していくしかなかった。そこで思いついたのが罠を張る方法。いや前々から試してみたかったがワンダの部族が全く罠を使わないため使用を躊躇っていた。罠を使って野兎や野鼠を狙ってみると思ったよりも捕まることが分かった。三日に一頭ぐらいは捕まるので最低限の飢餓は防げるようになった。日々を生き残る生活を繰り返しながら、捕まえた獲物の皮を試行錯誤しながらなめして漸く日常用品として使えるようになり、自分の衣服や革袋を作れるようになったあたりでワンダの集落と交易をすることにした。追放はされたが集落内で住むことができなくなっただけで入ること自体に制限はつけられていない。こちらは革袋などの生活用品を持ち込みナイフとか調味料とかそういうものを取引しようとした。結果としてはあんまり芳しくなかった。ワンダの一族全体的に言えることだがあんまり手先が器用ではないのだ。ナイフは僕が作ったものと質が大して変わらないし、鉄は貴重だから強者にしか渡さないといわれたし、他の武具も多分自分で作れる。調味料は貴重なようで少量しか手に入らなかったが、まあこれは予想していたことだ。大抵のアマゾネスどもは二年ぶりに顔を見せた僕に「生きていたのか!!」と驚き、僕のことを多少見直した。それで多少質が良い僕の革袋を見てどこで手に入れたのかと尋ねてきて、自分で作ったと答えたら、どうやって獣の皮を手に入れたと聞かれ、罠を設置して捕まえたと答えたところ首を傾げられた。どうやら彼女たちには罠という概念がないようだ。まあ罠って言葉聞いたことがなかったからなあ。似たような言葉すらない。身振り手振りで時間をかけて説明し理解された当たりで彼女たちからの評価が微妙に下がった。彼女たちからすると罠は非難するほどのものではないが評価が下がる程度のものらしい。説明して損をした気分になった。そうこうしているうちに日が暮れ集落に僕が来たことが話題になってしまい、集落の長とか強い戦士が集まりだしそうになったのでそそくさと僕は逃げ出すことにした。追放されたものが長居していては問題だろう。幸いなことに僕は昔取った杵柄で、強いものから身を隠すことには長けていたのでばれずに帰ることができた。


 そんなこんなで集落近くの洞穴に居を構え罠を張ったり、革袋やナイフを作ったりして集落と交易をしながら生きていると、今日で追放されてから五年の月日が経っていた。

 洞穴の壁に傷を付け数えているが正確さは微妙。狩りで二、三日彷徨うこともあるので正確に月日を刻めているとはいいがたい。

 まだ空が白んでさえいない夜明け前、自分が死んだ夢を見たせいもあってか起きてしまっていた。

 状況説明終了。


 朝早く起きたからと言って三文得するかと言われればそうでもない。魔法が使えない僕では火を起こすのも一苦労で、灯りの確保は難しい。蝋や油も貴重なので暗い時間帯は基本活動できない。それでも月が三つもあるせいか意外と周囲は明るく、夜道を歩くことができるので灯りがなくとも移動はできる。狩りや道具製作は無理だが。

 

 目を瞑ってみても眠れそうにない。二度寝を諦めて起き上がることにする。こういうことはよくあることだ。初めて狩りを成功したとき、崖から落ちたとき、熊に襲われたとき。興奮したり、トラウマを背負ってなかなか寝付けない、寝ていてもすぐに目覚めてしまうことなどよくあることだ。こういう時は無理に寝ようとせず敢えて起きてみる。どうせ一人暮らし誰にはばかることがある。夜更かしも二度寝も遅起きも自分の裁量次第。それにいやな夢を見るときは決まって精神が不安定な時だ。落ち着くまで寝ずに起きているのは効果的だった。


 徐に目を閉じてみる。心を落ち着かせる最も簡単な方法の一つ。見た夢の内容が脳裏によぎっては消えていく様を冷静にとらえていく。暫くたつ頃には夢の内容のことを忘れ違うことを考えている。例えば今日何をするか。例えばナイフを新しいものを作っておくか。例えば弓術の修練をするか。例えば罠の様子を見に行くか。思いつくのは将来のことでも過去のことでもない今日や明日どうやって生きていくかという目先のことばかり。そうやって些細なことを考えていくにつれいつの間にやら寝起きの嫌な興奮は収まっており、心は平生を持ち直した。

 今なら眠れそうな気がする。

 そう思い一度目を開く。洞窟の入り口から月明かりが漏れてくる。

 ぼんやりとその光を左目で追っていると、右目に何か光の塊のような何かが映り込む。

 稀にこういったことが起こる。ほとんど何も見えていないこの右目に不可解な光の塊が映り込むことがある。光の塊は丁度ひとの頭部ぐらいの大きさから拳よりも小さいものまで。ふわりと宙に佇んでおり、音もなく彷徨うように飛び交っている。左の目には映らないこの怪奇な光の塊は勝手にとびまわっては勝手に消えてしまう。特に何かをするわけでもなく、ただそこにあるだけの何か。蝶のように不安定な安定性をもって宙を舞うそれを見て僕は思う。


「――魂みてぇだ」


 好奇心ゆえ、若しくは興奮が完全には冷めきっていなかったのかもしれない。僕はその光の塊たましいにそっと手を伸ばしてみる。

 蝶と違って光の塊は逃げるようなそぶりなど見せず、ゆっくりと伸ばした僕の手の指先に触れる。


 触れた瞬間に指に絡み手に纏わりつくように光の塊が同化する。不思議とそれに害意などはないと感じられ、不思議とその何とも言えない同化する感触に懐かしさを覚える。


「そうだ、昔にもこんなことが……」



『――見つけました、我が主』


 テノール気味のアルト、深い声で女性にしては低い女性の声が聞こえる。

 聞き覚えがある、確か、この声は――



 ◆ ◆ ◆


 気が付いた時にはもう夜は明けていた。

 朝の陽ざしが僕の瞼を照らし、僕は目を覚ました。

 僕の右目には何も映っていなかった。


 暁角のような音が遠くで鳴り響いたような気がした。


 僕は一度背伸びをすると起き上がり、洞窟を後にした。

 今日の空は雲が多い。

 

 

 

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