3:誰もが逃げ出す大冒険? 08

「ほどほどなら、気にしなかったのだがの……」

 そんな言葉を聞かせてくれたから、よほどだったのだろう。

 ともかくそんなわけで飼い主は相手と別れてしまい、その後は誰とも一緒にならなかった。

「お前たちはいい。私を裏切らん」

 今でもたまに耳によみがえる、飼い主の口癖だ。仕事でもプライベートでも裏切られ続きだった飼い主にとって、ペットの自分たちが晩年の支えだったのだろう。

 ただエルヴィラ自身は、裏切らなかったという点は自信がない。自分はたしかに飼い主に懐いたが、その半分は他に頼るものがなかったからだ。

 裏切らなかったのも、裏切りようがなかっただけだ。もし誰か地球人が傍に居たら、間違いなくそっちに懐いた。誰かが地球に返してくれると言ったら、きっとそれを信じて飼い主を裏切った。

 それともそんなことも承知で、自分たちを可愛がってくれたのだろうか?

 だがそういう諸々を差し引いても、優しい飼い主だったことは事実だ。

 エルヴィラたちの飼い主は、元々は地球人ペットを飼う気などなかったそうだ。幼子を引き離すなど気の毒だというのが理由らしいから、全体的にドライで情を持たないベニト人としては、かなりの変わり種といえる。

 そんな飼い主がエルヴィラたちを買ったのは、やはりそのベニト人らしからぬ情からだった。

 今だから笑えるが、ベニト星に着いたときエルヴィラたちの本来の買い主は、死んだか倒産したかで行方さえ掴めない状況だった。そのためソドム人のバイヤーは「このままでは儲けが出ない」と、二人を地下市場へ流すことも考えていたという。

 だがその行方不明者と知り合いだった飼い主が、他の後始末をするのと一緒に、エルヴィラたちも買い取ってくれた。

 売られてしまった以上、地球に帰ることは出来ない。仮に返しても「売れる」ことが分かっている以上、またソドム人に捕まって売られる。そうなったら次はどうなるか分からない。

 ならせめて自分のところで買って、可愛がろうと思ったのだという。

「帰りたいだろうなぁ、可哀想に。すまんなぁ」

 そんなことを言いながら飼い主はエルヴィラを撫で、よく地球の新しい映像や何かをくれた。せめてこのくらいは、ということだったのだろう。本当に恵まれていたと思う。だから今でも飼い主のことは宇宙で二番目、地球の親の次に好きだ。

 だがそこまでしてもらっても、「自由」の誘惑にエルヴィラは勝てなかった。

 外へ。箱の中ではなく、誰かに決めてもらうのではなく、自身で、広い世界へ。たくさんの人が居て、泣いて笑って怒って裏切られて、そんな荒波の世界へ。

 イノーラのように幼い頃から箱の中にいれば、考えなかっただろう。何しろ飼い主は、エルヴィラたちが死ぬまで困らないようにしてくれたのだ。そのまま変わらぬ生活を続けていれば、一生安楽に暮らせたはずだ。

 けれど十歳まで外で育ったエルヴィラには、やはり檻の中は耐えられなかった。だから飼い主の死というとても悲しい、けれど千載一遇のチャンスを、逃すことなど出来なかったのだ。

 そして、飛び出した。

 イノーラを説得し、二人で銀河市民権を取り、宇宙船の航行権も取り、宇宙船を買い……。

 たまに思う。あのまま安穏と暮らしていたほうが、良かったのではないかと。

 一人立ちする過程で、残してくれたお金のほとんどが消えた。だから後戻りは出来ない。後戻りが出来ないからこそ、時々振り返っては考え込む。

 今の自分達を見たら、飼い主はなんと言うだろう? 裏切ったと怒るだろうか? それとも笑って許してくれるだろうか?

 ため息をつきながら、シャワーを止める。

 今度は髪を乾かしながら、思った。どちらにしても今更、元には戻れないのだ。だったらとことんまで突き進むしかない。進んで進んで、胸を張れるところまで突き進めば、少しは飼い主に合わせる顔も出来るだろう。

 つやを取り戻したジンジャーブロンドの髪を梳き、久しぶりにラフな服を着た。ここしばらくはスペーススーツばかりだったから、その下もきちんとしたアンダーウェアで、けして楽とは言いがたかったのだ。

 しばらくぶりの楽な格好で貨物室へ戻ると案の定、スキャンは終わっていた。既に結果が表示されている。

 人工物――機械類――記録分析用。だが最後の結果を見て、エルヴィラは声を上げた。

「該当星系なしって……」

 そんなわけがない。これは目の前の、どこかが植民したネメイエス第四惑星から、この手で持ってきたのだ。しかもあそこで誰もが持っていたほど、普及しているものだ。

 もちろん地球のように銀河文明に参加していない種族のものなら、こういう結果はあり得る。文明が存在を知らない種族のデータが、あるわけがない。

 だがこの第四惑星は違う。文字だけでなく、標準式までが使われているのだ。銀河文明と付き合いがあったのは間違いないはずだ。

 が、データは無い。

(どうなっちゃってるんだろう……)

 もう一度よく考えてみる。

 この惑星の情報が銀河政府のデータコアに無いのは、ここ数日の検索で分かっていた。だがこの星は、おそらく植民惑星だ。だったら必ず住人が本来居た母星があり、機械類は概ねそこと共通のはずだ。

 なのに、その情報さえも出てこない。

(けど種族丸ごとってのは、ちょっと大きすぎるよねぇ)

 エルヴィラがいちばん引っかかるのはそこだった。

 物事というのは規模が大きくなればなるほど、隠せなくなるものだ。だからこのネメイエス第四惑星の情報は消せても、いくつもの星系にまたがる文明は消せないだろう。必ず噂になるし、そもそも全員を虐殺しない限り根絶はさせられない。

 けれど現状、見事なくらいに消えている。なにしろこれだけ決定的な手がかりが在っても、母星がどこかさえ割り出せないのだ。

(もうひとつは、あんなにはっきりしてるのにさ――あれ?)

 何かとても重大なことを、見落としている気がする。

 この星系にあるもうひとつの文明、ネメイエス。発生星系だ。

 そして目の前の、植民惑星。

(待って、待ってよ……発生星系に植民惑星って、ふつうはあり得ないよね)

「発生星系への植民は不可」。契約の概念と並んで、銀河文明では最も重要視される不文律だ。

 過去幾多の種族を滅ぼし、大規模な星間戦争の引き金ともなった植民の問題。だからこれに関しては細かく明確に定められていて、生命体が存在すると認められた星系は、一切の植民が不可能になる。地球が高度な科学力を持つ異星人に侵略されずに済んでいたのも、この不文律があればこそだ。

 同じ理由でネメイエス人の生まれ故郷であるこの星系も、植民は不可能なはずだった。

 なのに、もう一種族居る。しかもネメイエスの神話に足跡を残しているから、少なくとも数千年前まで存在したはずだ。都市の保存状況とも、それならほぼ合致する。

 星間戦争時代、十万年以上前にここへ植民して、それからずっと住んでいたという可能性も、もちろんゼロではない。だがそうだとすると、かなり長期間栄えている種族ということになる。

 星間戦争時代から文明が続いているようなところは、どれも有力種族だ。悪名高いソドム人をはじめ、超高度な科学力で他を圧倒するナレプタリトゥア人、生身で宇宙を駆け一人で戦艦をも駆逐するというラルピニ人、生体演算機の異名を持ち珪素系生物の代表格といえるベニト人等、とても敵に回せるような相手ではない。十万年という時間は、それだけの重みを持つ。

 その名だたる大手種族を綺麗さっぱり、政府だけでなく民間のデータベースからも消すことなど不可能なのは、子供だって分かるだろう。

 逆に言うならこの惑星の住人は、大手種族でもなく長い歴史を持っていないということだ。

 だとすると、可能性は一つしか残らなかった。

「もうひとつの、発生星系……」

 非常に珍しいケースだが、これならば辻褄が合う。

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