3:誰もが逃げ出す大冒険? 06

 昨日と同じように出入口をくぐり、宙を歩く。そうやってたどり着いた建物は、今まで見たどれよりも大きかった。

「何に使ってたんだろ」

「シミュレーションでは、何かの行政施設関連か、大型の集会場と出ましたわ」

 姪っ子が淡々と説明した。

「確率からすると、大型の集会場の方が可能性が高いですわね。部屋の広さが相当あるようですから」

「なるほ……すごっ」

 そんな会話を交わしながら広めの通路を抜け、開口部をくぐって踏み出した先は、確かにホールかそれに類するものだった。球場か劇場を思わせる造りで、中央部分が低く、周囲が階段状に高くなっている。エルヴィラたちが出たのは、その一番上の部分だ。ここから下へと降りていく構造らしい。

 言葉を失ったのは、そのスケールだった。建物の大きさを考えれば十分あり得るのだが、子供の頃連れて行ってもらったドーム球場くらいある。

 ただ地球なら付き物の、通り道に当たるものは見当たらなかった。ここの住人は飛べたようだから、通路は空中そのものだったのだろう。

「ここで何、してたんだろ」

「議会でも開いていたのでは?」 

 そっけない答えをイノーラが返す。

「……せめてオペラ座とか、競技場とか言おうよ」

「種族によっては存在もしないものを、例に挙げてどうするのです」

 本当にこの姪っ子、ひねくれている上に夢がない。まるでコンピューターだ。

 まだ探索が始まったばかりなのに、少し疲れを感じてため息をつきながら、エルヴィラは辺りを見回した。

 さっきも思ったが、銀河文明というのは本当に何もかもが「大きい」。このホールと同じようなものは地球にもあった。だがあくまでもそれは、地べたに建てたものに天蓋をつけただけで、こんな逆さづりビルの中に作る技術はない。

 だがここも今はがらんとした、ただの空間でしかなかった。何に使われていたかさえ、もう分からないのだ。これだけの技術があっても、時の流れの中に消えてしまうという事実に、自分の小ささを感じてしまう。

(銀河文明レベルのソドム人に対抗なんて、やっぱり無謀なのかな……)

 一瞬そんな考えが頭を過ぎったが、エルヴィラは首を払って追い払った。何もしないうちから諦めていては、何も出来ない。

 軽く床を蹴って、ホールの真ん中へと向かう。足元に広がるのはたぶん座席で、そこには無数の物体が転がっていた。

 冷たいものが背筋を伝う。

「あれ、たぶん全部、そうだよね……」

「意味がわかりませんから、主語をちゃんとおっしゃってください」

 空中でコケそうになったが、エルヴィラは何とか持ちこたえた。とかくこの姪っ子、空気やら雰囲気やらをぶち壊すのが上手い。

「えーとだから、あの座席みたいなとこに、転がってるもの」

「それが『そう』とは? ともかくおばさまの言うことは、言葉の形を成していませんわ。銀河標準語を一からやり直されてはどうです?」

 本当に地球のコンピューターのようだ。

 ため息をつきながら、エルヴィラは言い直した。

「あの下のほうに転がってる物体は、死体かな、って。どう思う?」

「そう思いますわ」

 今度は問題なく通じたようで、姪っ子は言葉を続ける。

「ここは一種の閉鎖空間ですから、当時のまま保存されたのでしょうね。でもそうだとしても、ずいぶん状態がいい気はしますけど」

 二の足を踏むエルヴィラとは対照的に、イノーラはお宝でも鑑定するような態度だ。

 ――これも何とかしないと。

 物心つくかつかないかで地球から引き離されたために、地球人的な情緒にある程度欠けるのは仕方がないが、ここまで来ると度を越している。

 ただ、姪っ子を「まっとうな」地球人に戻すのは、ムリな気がした。

 銀河文明の中でベニト人に育てられた彼女は、思考も何もかもベニト式銀河式だ。要するに人格の基盤がそうなってしまっているわけで、それを今更書き換えるのは、至難の業だろう。

 後で最低限、「地球人とはこういうもの」というのだけは理解させようと決意しつつ、エルヴィラは辺りをもう一度見回した。

「逃げる間もなくて、遺体の回収にも来られなかった、ってことだよね、この状態は」

 感じたことの確認――あまり肯定されたくない――のために、あえて口に出す。

「ええ、そう思います」

 イノーラから肯定が返ってきた。やはり、直感は間違っていないようだ。

 遺体を放置する風習を持つ種族も居るが、それだって生活空間に置いてはおかない。居住空間は極力清潔にするものだ。ましてやここは最初に見たどこかの家ではなく、たくさんの人が集っていたホールだ。個別の部屋ならまだ「見落とし」という可能性もあるが、これだけの規模のホールなら事態が落ち着けば、すぐに遺体を回収あるいは撤去するだろう。

 なのにこれだけの死骸が放置されたままというのは、そんな余裕さえないほどの危機的状況が、この町を襲ったことを示していた。

 そしてこの町と星は……棄てられたのだ。

 何があったかは知りたい。が、怖い。そんな二つの想いが、せめぎあっている。ここの住人をこれだけ死なせた「何か」が、まだ残っていたら。そう思うと踏み出せない。

「ねぇイノーラ、記録探すのいいけど、キケンじゃないの?」

 さすがに心配で訊いてみる。

「そういわれても、私たちの生命活動に影響を及ぼしそうなものが見当たりませんし。それに宇宙服を着たままですよ? 重粒子線も細菌も念波も関係ありません。昨日同じことを訊かれたのに、もう忘れまして?」

 姪っ子から、軽蔑の響きと共に答えが返ってきた。

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 イノーラがそう言うなら、科学的に見て脅威は存在しないのだろう。だが「未知のもの」に対する恐怖というのは、そうそう拭えるものではない。

 ため息をつきながら、エルヴィラは姪っ子に訊いた。

「何が起こったんだと思う?」

「見当もつきませんわ。でももしかしたら、どこかに記録くらい残っているかもしれませんね」

 さしもの姪っ子も、原因までは特定できないらしい。が、解明する気満々だ。

「そもそも、ここで何をしていたのか……あら?」

 周辺をスキャンしていた姪っ子が、一点に視線を向けた。

「何かあったの?」

「ええ」

 イノーラはそれだけ答え、ふわりと少し右下へ降りていく。

 慌てて追うと、彼女は別の遺体――あまりそう思いたくない――のそばに舞い降りて、傍らを覗き込んだ。

「何か、引っ掻いた跡がありますわね」

「ほんとだ……」

 姪っ子が指さす先を見ると、確かに何かの薄い機械――たぶん情報端末――の横、平らな表面を、何かとがったもので引っ掻いたような跡があった。

「文字ですわね。銀河標準文字かと」

 イノーらが顔を近づけて断言した。

 読んでみる。

「中……かな? それとも現地語かな」

 引っかき傷の文字は歪んでいて、判別がうまくつけられない。

「――あら、こちらにも」

 姪っ子がどこか嬉しそうに、別の死体の傍へと移動した。

「やっぱり端末の隣に……これは銀河標準数字? 大統一理論式と、何でしょう……?」

「……あたしパス」

 早々に白旗を揚げる。

 エルヴィラはともかく数字や式は苦手だ。しかも銀河文明の機械類は地球と同じで、根本原理など知らなくても使えるように出来ている。結果としてエルヴィラは、宇宙船を勘と経験で操ることは出来ても、細かい計算は出来なかったりする。

 ただ姪っ子は、そういう数式などに天賦の才があった。それが宇宙を自在に駆ける銀河文明の中で、超高度な理系の教育を受けた結果、恐ろしいことになっている。

「見たことのない式ですわね……それにところどころ、間違っているような? 数字の書きかたが乱暴ですから、焦っていたのでしょうけれど」

 死体の傍らで数式についてつぶやく若い娘というのは、見なかったことにしたくなるほどシュールだ。

 なんだか頭痛を覚えながら、エルヴィラは少し辺りを歩き回ってみた。

(あれ……?)

 よく見ると、死体らしきものは傍にみな引っ掻き傷がある。すぐに気付かなかったのは引っかき方が場所によっては薄くて、光線の加減で見えなかったからだ。

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