3:誰もが逃げ出す大冒険? 04
(けど、いったい何が……)
腑に落ちない。
ここにこうして死体があるということは、それを片付けることさえなく、ここが放棄されたことを意味する。かなりの緊急事態だ。
だがそれを引き起こすものとなると、ぱっと思いつくのは、毒ガス、病気、爆発、放射線くらいだった。
(放射線かなぁ? でも無いよねぇ)
そんなふうにぼんやり思う。
病気では、同じ場所で同時に人が死ぬことはあまりない。かといって何かの爆発なら、もっと建物が壊れるはずだ。建物の壁などをすり抜け、なおかつ即効性のありそうなものというと、毒ガスと放射線くらいしか思いつかない。だが毒ガスで惑星放棄と言うのは、さすがに考えづらかった。
そしてもう一つ思いついた放射線も、銀河レベルの技術にかかれば、実はさほどの脅威にならない。
たしかに不意打ちを食らえば、その時その場は大騒ぎになる。だが苛酷な環境の宇宙を超高速で駆ける文明だ。被害の拡大を食い止めるのはそんなに難しいことではなく、被害を受けた建物一つをしばらく立ち入り禁止にすれば十分なはずだ。
つまり放射線程度では、星を棄てる理由にならないのだ。
(なんだろ……?)
皆目見当がつかなかった。
もしかしたら今回騒ぎになっているガンマ線バーストかもしれないが、だとしたらずいぶん不運な星系だ。天文学的な確率の災害に二度も遭うなんて、宝くじに当たるより難しい。
〝未知の何か〟とも一瞬思ったが、エルヴィラはそれ以上考えないようにした。未知ということは対処不能ということで、うっかりすれば自分も死ぬということだ。で、それを防ぐにはここの探検をやめればいいわけだが、さすがにそれはしたくない。
何でも地球人は、銀河系の中でも好奇心が強い部類らしい。その一人であるエルヴィラも同様に、これだけの「秘密」を目の前にされては諦めきれない。
(深入りしすぎなきゃ、いいよね)
そうエルヴィラは、自分に言い聞かせた。
「あとはどちらへ?」
いつもと同じ口調で、姪っ子が訊ねる。
「うーん、とりあえずここをざっと見て、今日のところは一旦戻ろうかなって」
「あら。もっと無計画に回るかと思ってましたのに」
最初はそうしようと思っていた、とは流石に言えなかった。
内心は見せないように気をつけながら、何食わぬ顔で返す。
「予想とだいぶ違うみたいだから、一旦帰って下調べしようと思って」
「……明日、いきなりこの惑星が壊れないことを祈りますわ」
要は「らしくない」と言いたいのだろうが、言い返すと面倒なのでエルヴィラは無視した。
「さ、とっとと次行こ。結構下調べ、かかる気がするし」
少し不審そうなイノーラを待たず、歩き出す。
「おばさま、勝手に歩き出さないでください」
言いながら姪っ子が、ついてくる気配がした。
地球風に言えばインターネットとでも言うべきデータベースを、エルヴィラはあさっていた。
銀河系政府のデータベースは、既にあさった。そして何も出てこなかった。
最初は自分がきちんと探せていないのだと思った。だが何度やっても同じ結果で、イノーラに頼んでチェックしてもらっても、やはり見つからなかった。
この惑星、銀河連盟に所属していなかったとはとても思えない。銀河連盟の歴史はたしか十万年に及ぶはずで、ここがそれ以前に棄てられたなら、都市はもっと劣化してるだろう。
それなのに公式記録のどこを探しても、この星のことは出てこない。棄てられたことはもちろん、開拓や移住の記録もまったくなかった。
(――あり得ないよね。なんかおかしい)
頭を悩ませていたところへ、イノーラから声をかけられた。
「おばさま、通信が。あの情報屋ですわ」
「つないで」
姪っ子が頷いて操作すると、例のちゃらけた声が船内に響いた。
「いょう、カワイコちゃん。なんか救世主になったんだってな」
エルヴィラは内心舌を巻きながら答える。
「だからその言い方、ビジネスじゃ使わないって言ったじゃない。っていうか、救世主ってなに?」
「え? ネメイエス全土でそう言われてるって聞いたけど?」
情報屋の言葉に頭を抱える。きっとあの神話にかこつけて、そういう話にされかかっているに違いない。
「困るんだけどなぁ、そういうの。それにしてもアンタ、ずいぶん早耳ねー」
ネメイエスと地球の交渉をまとめてから、数日しか経っていない。なのにもう知っているのだから、情報屋の耳は恐るべき長さだ。
「このくらい分からないようじゃ、情報屋やってらんねーって。ところでさ、いいだろ、この格好」
情報屋が着ているものを自慢する。
「うん、今回は悪くないかな」
エルヴィラも素直に褒めた。
今回の服装はかなりまともだ。金髪に翠の目、なのに浅黒い肌と髭――なぜいつも髭なのだろう――を生やしたミスマッチさはあるが、着ているのは海軍の水兵に多い、セーラー服だった。海の上で敬礼でもしたら、案外サマになりそうだ。
まぁあの熊オヤジバニーに比べれば、なんだってマシなのだが。
「なんかこういう服もさ、地球じゃ人気あるっていうからさ。そうそう、ちゃんと下まで揃えたんだぜ」
言葉と同時にカメラが引いて全身が映り――エルヴィラは突っ伏した。
「この短さがキモなんだってな」
映った下半身は、超絶ミニスカート。股間が見えないギリギリの長さで、故に毛だらけの野太い太ももと脛が二本、短めのソックスを履いた状態で晒されていた。
地球人としての感覚がおかしいイノーラは平気らしいが、エルヴィラとしては間違っても見たくない代物だ。
「絶対領域、って言うんだろ?」
「ひぃ」
思わずヘンな声を出しつつ、エルヴィラは視線を反らす。画面の向こうの情報屋がくるりとターンし、ふわりとミニスカートが舞い上がったのだ。
急いで目をそらしたために、中が見えなかったのは幸いだった。若い娘のモノならまだともかく、オヤジの下着など見たくない。というかこの情報屋の場合そういう知識が欠けているから、最悪「何も履いていない」可能性だってある。
いくら銀河を渡り歩いてきたエルヴィラでも、そんなモノはさすがに見たくなかった。
「とっ……とりあえず、下半身映さないで!」
「えー」
情報屋が不満そうな声をあげる。
「せっかくフルで用意したのに」
「気持ちは分かるけど、その下半身はヤメて……」
なぜこの情報屋、毎回こうも見事な精神的ダメージを繰り出すのだろう?
そこへ横槍が入る。
「いいじゃありませんかおばさま、せっかく用意なさったみたいですし」
つくづくこの姪っ子、感覚が地球人ではない。もしかしたらさっきのスカートの中身も、平然と見ていたのではないだろうか?
だがそれとこれとは別の話だ。ただの通信で、精神的ダメージをこれ以上増やしたくない。
「用意してくれた気持ちはありがたいけど、絶対イヤっ!」
「ったく仕方ねーなぁ」
ぶつくさ言いながらも、情報屋は映る範囲を上半身だけにした。
「これでいいか?」
「うん、ありがと、かなり違う。で、何の用?」
先日とは逆にエルヴィラから切り出すと、思い出した、という調子で情報屋が手を叩く。
「あの宇宙蝶のデータ、売れたぜ」
「ほんと? 早いわねー」
まさかこんなに早く、収入につながるとは思わなかった。
「いい感じで売れたぜ。あ、今そっちに振り込むわ」
エルヴィラが地球で言う「口座」に当たるものを見ている目の前で、残額が増えた。
「ちょっとこれ、ずいぶん多いわね」
「ふっかけたのさ」
情報屋が笑う。
「あいつら、相当焦ってたらしくてよ。期限迫ってたんじゃねぇか? んで、アカデミーの十五倍出してきた。あとついでに、アカデミー自体にも売ってやったぜ」
「さすが……」
長年情報屋としてやってきただけのことはある。この辺の抜け目のなさは、エルヴィラもかなわなかった。
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