3:誰もが逃げ出す大冒険? 03
「なんでこんなに明るいんだろ?」
「この素材、吸収した太陽光を内側に放つようになってますわ。だから、全体が明るいのかと」
「へぇ……」
理系が苦手なエルヴィラには、何がどうなっているか見当もつかない。
落ちないようにしながら身を乗り出すと、白っぽい八角形の柱が氷柱のように、びっしりと重なり合いながら、遥か下へと伸びていた。
ここでどんな姿をした人たちが暮らしていたのか。なぜ打ち捨てられたのか。廃墟となった町を見ながら想像を巡らすうち、さっきまでの闘志はどこへやら、また背筋を怖さが這い登ってきた。静まり返ってぶら下がる建物群は、まさに「墓標」だ。
そんなエルヴィラヘいつもと変わりなく、姪っ子が声をかける。
「どこへ向かいます?」
「うーん……とりあえず、近場?」
あちこち見て回りたい気もするが、この廃墟をうろつくのは気が進まなかった。
「では、すぐそこの建物へでも」
イノーラが指差した先には他に比べれば小さいが、それでも目眩がしそうなほどに大きな氷柱が伸びていた。
落ちていかないよう斥力場を調整して、宙へ踏み出す。
「これ、ホントよく出来てるよね」
「別に珍しいものではありませんけど? いくら地球出身だからと言って、未開人のような言動は慎んでくださいね」
銀河育ちのイノーラから毒舌が返ってきたが、それでもエルヴィラにしてみると、この斥力場は驚異だった。
なにしろ、空中を「歩ける」のだ。
重力を相殺して身体が羽のように軽くなった上、宙を足で文字通り「蹴る」ことが出来る。どうも重力の方向を感知して、身体の下側に斥力場を展開するらしいのだが、エルヴィラの理解は今ひとつだった。
――頭のいい姪っ子は、そうやって分からずに使っているのが気に入らないようだが。
けれど、すぐに分かるような簡単なものではないのだ。とりあえず使えるからいい、エルヴィラはそう割り切っている。
ぶつぶつと責めるイノーラは無視し、エルヴィラは目的の氷柱へと足を進めた。
そのスピードは、地球で走るのに比べてかなり速い。身体が軽い上に、宙を蹴って走るというより飛んでいるから、キロ単位の長距離もあっという間だ。
氷柱が目前に迫る。
「どんだけあるんだろう……?」
「これは全長一キロくらいかと」
とんでもない規模だ。しかもそれが壊れたりせず、遺棄されたままの状態で残っているのだから凄い。
無人になったのは、どう考えてもネメイエスの神話の時代の話だろう。ならば最低でも、数千年。ヘタをすれば一万年以上。その間朽ちない技術は、銀河レベルでなら確かに存在するが、地球人思考のエルヴィラには理解の範疇を超えていた。
あまりのスケールに圧倒されながら、入れそうなところを探す。
「この構造を見る限り、窓から出入りしていたのでは?」
姪っ子が建物を指差しながら言った。
無限の階層が積み重なった氷柱は、どれも階ごと窓ごとに、テラスのようなものが着いている。出入りするにはうってつけだ。
さっきの縦穴といい、窓から出入りするらしい建物といい、やはりここの住民は空を飛べたのだろう。
手近なテラスに降り立って、大きな開口部を調べてみる。
「ガラスとか、ないんだねぇ」
高さは、エルヴィラが立ったままで全く問題ない程度。幅は両手を広げたくらい。ただ地球なら付き物の、ガラスや何かをはめ込む溝は、どこにも見当たらなかった。
「これだけの都市を築く方々ですよ? 窓のような原始的なもの、使ったとは思えませんが」
そんなことも分からないのかと、これ見よがしに姪っ子が言う。本当にひねくれ者だ。
「んじゃ、どうしてたんだろ? 何もなかったら、泥棒とか入り放題じゃん」
彼女が図に乗るのを承知でエルヴィラは聞いた。要するに姪っ子は、威張ってみたいだけなのだ。
「おそらく、シールドですわ。この開口部全体に、それらしき部材が嵌められていますから」
「え? あ、ホントだ……」
言われて良く見てみれば、たしかに滑らかな金属で出来た枠が、開口部に嵌められていた。その色や質感が、銀河系の船に良く使われる、シールド発生装置に似ている。
なんだかめまいがした。
星の海を渡って移民するくらいなのだから、こういう技術があって当たり前なことは、頭では理解できる。だが半分は地球で育ったエルヴィラにとっては、夢のような技術だ。
――それが、無造作に使われている。
地球でも地域によって文明の格差はあったが、銀河の格差はそれ以上だ。
そんなレベルの相手に立ち向かって、地球を取り戻せるだろうか? そんな弱気がエルヴィラを襲う。
「……おばさま? ぼうっとして、頭でもどうかしまして?」
相変わらずの毒舌が、エルヴィラを物思いから引き戻した。
「ううん、さすがだなーって思っただけ」
思ったことはカケラも見せず、何食わぬ顔で建物の中へ視線をやる。
「行こっか」
言ってエルヴィラはシールドの向こうへと一歩踏み出し――その場で凍りついた。
何かが横から倒れかかってきたのだ。
「ちょっ、やっ、なにこれっ!」
「有機体に見えますが」
一歩遅れたために被害からまぬがれた姪っ子が、冷静に答える。
「ゆ、有機体でも何でも! やだもうっ!」
降りかかってきたのは、青くてかさかさした何かの残骸だ。菜っ葉や虫が乾燥したら、多分こんなふうになるだろう。
ただし、大きい。エルヴィラの背丈を超える。
身をよじって振り払うと、どさっという音を立てて〝それ〟は床に落ち、一部が砕けた。
「なんなのよ、お化け屋敷じゃあるまいし」
「お化け屋敷かどうかは知りませんが、有機体ですわね。状況や形状、大きさから見て、外骨格を持つ生き物の死骸では?」
イノーラの言葉を理解するのに、数秒かかった。
「し、死骸って……つまり死体?!」
「はい」
姪っ子の答えに、エルヴィラの背筋を冷たいものが這う。
――入っていきなり死体があったということは。
「まさかここ、こういう死体だらけ?」
「お待ちを。スキャンします」
少しの間を置いて、イノーラが淡々と告げた。
「この建物内、スキャンできる範囲に同様のものが点在しているようですね」
「ひぃ……」
思わずヘンな声が出る。これでは墓標のように「見える」のではなくて、正真正銘の墓標だ。
「ほ、他には? 何か動いてたりしないよね?」
「他ですか? ――動くものは、特にありませんね。質量等から見て、同様の遺骸だけかと」
「そ、そう……」
これでゾンビでも居たらたまらないが、とりあえずは大丈夫そうだ。
とは言え、薄気味悪いことには変わりない。身体に降りかかった死体のかけらを払ってから、恐る恐るエルヴィラは奥へと歩みだした。
部屋から廊下らしきところへ抜け、別の部屋を覗く。ここもドアはなく、シールドをドア代わりにしていたようだ。
「やっぱ、ここにもあるんだ……」
思わず声が出る。
あまりドアから近くないところだからよかったものの、ここにもあの死体があった。それも二体も。
「大小ありますね。家族でしょうか」
そのへんの野菜の大きさでも言うように、イノーラが評する。
「よく平気だね」
「何がですか?」
言われていることが全く理解出来ない、姪っ子がそんな表情を見せ、続けた。
「生命活動が停止した生体が、何か問題でも? 素手で触れば別ですが、スペーススーツを着ている状態では病原体も化学物質も危険はないと思いますけど」
続くイノーラの答えは、どう考えても地球人とは言い難い。
内心頭を抱える伯母を余所に、彼女は話し続けた。
「もしかしたら残留思念や何らかの念波を心配なさっているのかもしれませんけど、このスペーススーツには、そういうものを防ぐ仕組みも備えています。それも忘れるなんておばさま、やっぱり脳が相当老化なさってるんじゃありません?」
「……ごめん、訊いたあたしが悪かった」
姪っ子の答えは極めて合理的だ。合理的すぎて、情緒というものがない。そんな彼女にエルヴィラの恐怖感を理解しろという方が、無理難題だった。
徒労感に全身を掴まれながら、エルヴィラは部屋の中へと歩を進めた。
荒らされた様子はない。部屋の中は物はすべて、蜂の巣を思わせるような幾何学的な配置だ。
地球人の感覚で異星人の住まいの状況を推し量るのは難しいが、それでも慌てている時にこの状態に整えたまま動くのは、さすがに難しいだろう。そのへんから考えると、少なくともこの部屋の住人は、突然死した可能性が高そうだ。
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