3:誰もが逃げ出す大冒険? 02
「ドーム都市が幾つか見受けられますね」
「ドームとちょっと違うと思う……」
イノーラが映してくれた解析映像を見ながら、思わずエルヴィラはつぶやいた。
姪っ子は銀河育ちだから違和感がないのかもしれないが、半分地球人のエルヴィラからしたら、とても「ドーム都市」という感じではない。そういうタイプのものは地上にあって、透明な天蓋で覆われているものだと思う。
けれど拡大された画像にあるのは、一言で言うなら「逆さまに釣り下がった都市」だ。白っぽい八角形のプレートを、隅と中心の柱の計九本で空高く持ち上げ、そこからやはり白っぽい八角形の建物群が下へと伸びている。加えてそれが、下向きの透明な八角錐で覆われていた。
「ふつうに、地上に作ればいいのに……」
木からぶら下がった、ガラス箱入りの蜂の巣。そんな感じの都市を眺めながら、エルヴィラは呟いた。
聞きつけた姪っ子が、すかさず言い返す。
「別に、地球と同じ形にする必要はありませんし」
「そりゃそうだけど、地上に建てるほうが多くない?」
他愛ない会話を続けているうちにカップのお茶は冷め、地面が近づいてきた。
「植民星のようですわね。生命が自然発生した星としては、種類が少なすぎますから」
「そうだね」
これを自然発生のネメイエス人が創造主として崇めているのだから、ちょっと皮肉な話だ。
――それでも構わないのかもしれないが。
この星を崇める彼らにとっては、〝ここに文明があった〟ということ自体が重要で、どういう経緯かは関係ないのだろう。第一ネメイエス人だって、一度はここへ来ているのだ。植民星だったことくらい、分からないわけはない。
(信じたいものを信じる、か)
どこで聞いたのか忘れたが、そんなことを思い出す。まだ地球に居た頃だったろうか? 言った人によれば、人は動かせない事実よりも、信じたい嘘を信じてしまうらしい。
ただ、それが信じられない力を生み出すこともある。それに事実は小説より奇なりで、事実のほうが信じがたい場合もある。
何を信じて何を選べばいいのか、難しいところだ。
「どこ降りる? あの都市の上とか、便利そうだけど」
「そうですね。発着港として使われていた痕跡もありますし、強度が十分でしたら、そこで」
着陸場所が決まったところで、すっかり冷めたお茶をすする。
せっかく淹れたのにもったいなかったと、エルヴィラは思った。今度から緊張が続くときに淹れるのはやめて、一段落してからにしよう。
「強度、出ました。降りても問題なさそうです」
「おっけー、んじゃそこ降りてみよ」
船が進路を変え、ゆっくりと蜂の巣都市の屋上(?)へ再降下していく。
近づいてみると発着場として使われていたと言うとおり、屋上にはたくさんの船が停泊していた。かつてはここから他の都市や宇宙へ、離発着が頻繁に行われていたのだろう。
イノーラが空いているスペースへ、船を降ろしていく。やがて軽い衝撃と共に、景色の動きが止まった。
「着陸完了。大気は、呼吸はムリですね」
「しょうがないよ、地球じゃないし」
自分たちに合わせて惑星改造しない限り、他惑星では呼吸出来ない。銀河の常識だ。
「なんか大型の生物とか、居なかったよね?」
「スキャン可能な範囲には居ませんわ」
姪っ子の言葉に少し安心しながら、それでも用心のために武器を持った。
――とっさに使えるかどうか、いまひとつ自信がないが。
自分たちの専門は商売で、惑星探査ではない。だから今まで武器を使うどころか、持つ必要さえなかったのだ。
まぁ武器自体は、ほぼ自動で動いてくれるから大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせながら、エアロックへ向かう。
小さな部屋の中が一旦真空になり、次いで船外の空気が入ってきた。
さすがに緊張しながら、外へ一歩踏み出す。
「うわ……」
思わず声が出たのは、空が思いのほか青かったからだ。まるで地球のように青い。
「何を騒いでらっしゃいますの?」
「だって、空、青いんだもん」
違う星なのだから、違う色ということだって十分あり得る。だからこの色は、予想外だった。
だがイノーラのほうからは呆れたようなため息が、通信回線越しに聞こえてくる。
「船の中からも、見えていたはずですけれど? とうとう視力まで衰えまして?」
「――見てなかった」
言われてみればその通りなのだが、緊張していたのだろう。地表ばかり見ていて、ちっともそんなところに目が行かなかった。
次いで、視線を下へやる。
材質が何か分からないが、クリーム色の平らな床――正確には屋上なのだろうが――が、ずっと向こうまで続いていた。宇宙船の大きさと比較して、おそらく十キロ単位だろう。
こんなものを持ち上げて土台とし、そこからビルを下向きに建ててるのだから、ある意味見上げた根性だ。
周囲をスキャンしてみると、何ヶ所か都市への入り口らしきものが見つかった。
「……行ってみよっか」
心なしかいつもの勢いがないのは、ちょっと怖いからだ。
「では、いちばん手近なところへ」
イノーラが平然としているのは、いろいろな感情がイマイチ抜けているせいだろう。この姪っ子、喜怒哀楽がないわけではないが、どちらかといえばコンピューターに近いフシがある。
ともかく不安半分期待半分で、エルヴィラは一歩を踏み出した。
「……ちょっと待ってよこれ、降りられないじゃない」
入り口へ着いての、エルヴィラの第一声はそれだった。
「降りられますよ。まぁ確かに、このままじゃ危険ですけれど」
イノーラが、身も蓋も無いことを言う。
二人が足を向けた入り口は、利用は可能だった。ここからなら、容易に中へ入れるだろう。
――無事なら、だが。
どういうふうに使っていたのか、出入り口とおぼしき場所はただの縦穴だ。足をかけるところも、手で掴むところも見当たらない。降りようと思ったら、飛び降りるしかなかった。
「昇降台とか、ないのかな?」
「見当たりませんね。この穴だけです」
つまり……この穴はこの状態で、使われていたということだ。
「ここに住んでた人たち、飛べたのかな?」
「可能性はありますね。この都市構造の説明もつきますし」
仕方なく、装備を整え直して出直すことにする。
たしかに人間だって、ちょっとした段差や階段は気にしない。歩ける人がほとんどだから、良いか悪いかは別としてそれで成り立ってしまうし、すべてを歩けない人に対応させるのはお金の面からも厳しいものがある。
この縦穴も、理屈は同じなのだろうが……自分が出来ない側に回ると、けっこう悔しかった。
「飛べない人のことくらい、考えてくれたっていいのに」
ぶつぶつ言いながらエルヴィラは再度縦穴へと向かう。
「降りるよ」
「どうぞ」
出鼻を挫かれてしまったせいか、もう怖さは感じない。むしろ「見てやろう」という闘志が湧いてくる。
持ってきた斥力場ベルトを稼動させてから、エルヴィラは縦穴へと飛び込んだ。相次いでイノーラも身を投じ、二人で落ちていく。ただ、スピードはかなりゆっくりだ。展開された斥力場が、勢いが付きすぎるのを防いでいる。
数メートルほど落ちたあと、二人は猫のように軽く着地した。振り仰ぐと、丸い穴から青空が見える。周囲は屋上と同じ、クリーム色の材質だ。それがゆるい弧を描きながら、ぐるりと取り囲んでいる。
そして、目の前には。
「うっわ……」
出た先は、まるで展望台だった。それとも、出入り自由なぶら下がった鳥かご、と言ったほうがいいだろうか?
辺りは思ったより明るかった。地球にいた頃、ガラスの天蓋に覆われたビルの吹き抜けを見たことがあるが、そんな感じだ。
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