3:誰もが逃げ出す大冒険? 01

 エルヴィラたちの船は、この星系へ最初に来た位置へ戻ってきていた。

 なんだかおかしな感じだ。少し前、宇宙蝶に連れられてここへ来たときは、あんな大仕事に関わるなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 地球とネメイエスとは、上手く行っているらしい。速攻で交わした契約が、思惑通り妨害をブロックしているようだ。

 上手く行き過ぎて、ソドム人の報復が怖いところだ。

 目の前の惑星は当たり前だが、最初に来た時とほとんど変わっていない。違うのは宇宙での位置くらいだろう。

「さぁて、上手に降りないとね」

 言ってみたものの、実際にはそんなに難しい作業ではなさそうだ。宇宙蝶に大気圏へ放り込まれそうになったときは確かに焦ったが、自分から降りるならどうにかなる。

 何より、船の調子がすこぶる良い。理由は単純で、きちんと整備したからだ。

 移住先が決まったのが、ネメイエスにはよほど嬉しかったのだろう。エネルギー切れでエルヴィラたちが停泊しているのを知るや否や、補給を申し出てくれた。しかもついでに、だいぶガタがきていた船を無償で直してくれたのだ。

 とはいえ元がボロだから、完璧にとはいかない。そもそもこれを完璧に直そうと思ったら、買いなおしたほうが早いくらいだ。

 だがそれでも廃船同然から、中古買いたてくらいにはなっていて、エルヴィラとしては文句が無かった。

 地上へ向かって、船の高度を落としていく。目的は、この星で一番大きい遺跡だ。

「斥力場は?」

「異常ありませんわ」

 この斥力場のおかげで、大気圏突入は銀河系の船にとって、地球で考えるほど難作業ではない。ただそれでも「通常の航行」とはワケが違うので気は抜けなかった。

「現在高度八十キロメートル。降下にはあと四十分ほどかかります」

「了解」

 イノーラに返事をしながら計器にざっと目をやったが、やはり問題はなさそうだ。自動制御がよく働いている。

「すごいなぁ、徹底的に直してくれてるかも」

「ええ」

 姪っ子が嬉しそうなのは、自分の半身になりつつある船が、調子がいいからだろう。

 何しろイノーラは、人間より機械のほうが相性がいい。人相手だと怒らせるしか出来ないのに、機械は魔法のように操る。

 そのまま航程は順調に見えた――が。

「え? あれ?」

 突如スクリーンに、地表ではなく宇宙が映し出された。

「イノーラ?」

「いま、分析中です」

 ほどなく答えが返ってきた。

「惑星のちょうど反対側の座標へ、移動してます」

「どういうこと……?」

 そう口にしながら思い出した。この惑星は他星系の人間だと「素通り」するという、ネメイエス人の言葉を。

「つまり、そう簡単には入れないってことか」

「そうなりますわね」

「うーん、どうするかなぁ」

 天井を仰いで腕組みするエルヴィラに、イノーラがすました声で返す。

「おばさまったら、もうお忘れになりまして?」

「何が? ――あ」

 エルヴィラの反応に、姪っ子が勝ち誇ったように微かに笑った。

「ほんとに、おばさまの記憶力には感服しますわ」

「うるさいなぁ、ちょっと忘れてただけじゃない」

 思い出してみればネメイイエス人からは、「素通りする」という言葉と共に、座標と宝珠をもらっている。たぶんそれが、カギなのだろう。

「座標、分かる?」

「もう向かってます」

 頭の回転が速い姪っ子は、同じ答えにとっくにたどり着いていたようだ。

 それから幾らも経たないうちに、船は教えられた座標のひとつにたどり着いてた。

「あとは、この宝珠かー」

「本当にそうだといいんですけど」

 半信半疑、という声でイノーラが返す。

 とはいえあの「対等」をモットーとするネメイエス人が、嘘を教えるとも思えなかった。

「とりあえず、もう一回行ってみて」

「了解です」

 先程と同じように、船が惑星に向かって降下を始める。

 と、宝珠が光り出した。

 そして今度こそ、順調に高度が下がっていく。

「なるほど、この2つが揃わない限り、入れない仕組みなのか」

 なぜここまで厳重にしたかは分からないが、効果は抜群だ。

 その後は何事もなく、地表が近づくだけだった。

「お茶でも淹れる?」

「どうぞ。おばさまが席にいらっしゃらなくても、問題はありませんから」

 やっぱりこの姪っ子、ひねくれている。そう思いながらエルヴィラは操縦室を出て、居住スペースへと向かった。そして戸棚を開け、とっておきのパックを取り出す。もう幾らも残っていない、地球産のお茶の葉だ。

 銀河系の技術は、エネルギーを物質に変換して食料を生み出すところまで来ている。当然成分や何かもすべて同じだ。ただ不思議なもので、誰もが何故か「自然に育ったもの」のほうが美味しいと感じる。だからこのお茶をはじめ、天然物は引っ張りだこで高級品扱いだった。

 せっかく地球の近くまで来ていることだし、この調査が終わったら買いに行こうか、などと思いながら、お湯を沸かしじっくり蒸らし、と時間をかけて淹れていく。銀河では高級品でも、現地まで行けばありきたりのものだ。

 お茶だけ買いに行くのもどうかと思うが、成り行きでこんな近く――銀河スケールでだが――まで来てしまったのだから、寄り道くらいいいだろう。

 ちょっとうきうきしながら戻り、操縦室の前でドアが開くのを待ち……次の瞬間、エルヴィラは動けなくなった。

 先ほど操縦室に居たときも見ていたはずなのに、なぜ気付かなかったのだろう? それとも地表からまだ遠すぎて、見えなかったのだろうか?

 遥かに広がる翡翠色の海。黒っぽい大地。その上にそびえる幾つもの山脈。くねって流れる川らしきもの……。

 色こそ違うがそれは、かつて見た地球の様子に良く似ていた。だからこそ、動けなくなったのだ。

 また見たいと思っていた。けれど今まで叶うことはなかった、大気のある地球型惑星の地表。それが今、目の前にあった。

 カップをひとつ姪っ子に渡して、自分の席に座る。

「おばさま?」

 いつもと様子が違うことに気付いたのだろう、姪っ子が不思議そうに訊いてくる。

「ついに頭でもおかしくなりまして?」

「あんたねぇ……」

 何もここでそんなことを言わなくてもいいだろう、そう思ったが、エルヴィラは言わなかった。代わりに、彼女が黙るようなことを言う。

「地球に、ちょっと似てるんだよね」

「そうなんですか?」

 案の定、イノーラが黙った。これでしばらくは静かだ。

 少しずつ冷めていくお茶をすすりながら、ゆっくり近づいてくる地表の様子を楽しむ。

 そのうちふと、エルヴィラは思いついて訊いてみた。

「なんか生き物とか、居そう?」

 大騒ぎばかりで、そういう基礎データも見ていない。

「おばさま、とうとう思考力もなくなりまして?」

 返ってきたのは、またもや姪っ子の毒舌だった。

「文明の痕跡がありますのよ? 何も居ないわけが、ないじゃありませんか」

「あー、それもそうか」

 何の理由でこの文明が滅びたかは知らないが、かつては知的生命体まで居たのだ。それが自然発生なら他の生物もたくさんいるはずだろうし、植民でも微生物や故郷の動植物を持ち込んでいるはずだ。

「何で無人になっちゃったのかな」

「さぁ? 星を捨てたほうが早い事態でも起こったのでは?」

 たしかに植民星なら、それはあり得る。

 発生星系で、ここが故郷のネメイエス人でさえ、今回の超新星爆発では星を捨てようというのだ。植民しただけなら何か起こった場合、受け入れ先が見つかり次第、いや見つからなくても、とりあえず船に乗って脱出したほうが楽だろう。

 それにしてもこの星系、つくづく不運だ。せっかく文明を築きながらもこの星は滅び、その後栄えたネメイエスもまた、ここを去ろうとしているのだから。

 大地が、手で触れられそうな距離になってくる。

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