2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 09
「そちらの要望ですが、文明の進んだ我々――あ、これは失礼」
「事実ですから、お気になさらず。むしろだからこそ、教育を要望にあげてるわけですし」
気にしていないことを告げて、相手に言葉の先を促す。
「心遣い痛み入ります。それで要望についてですが、我々がよく検討すれば、もっといい方法を見出せるかもしれません」
口調に混ざる、諭すような響き。
「契約をすること自体は決まっているのですから、ここは待ったほうがそちらにも得では?」
本当にこのネメイエスは誠実だ。神話の時代から「何事も相応に」を実践してきただけはある。
「そんなところまで気にしていただいて、本当にありがとうございます。でもこれには、理由があるんです」
誠心誠意お礼を述べてから、エルヴィラは続けた。
「ご存知の通り、地球はソドム人の餌食になって、子供をペットとして輸出するありさまです。そしてこの契約を知ったら、彼らは必ずジャマしてきます」
「それはありそうですね」
ネメイエスも同意する。ソドム人の悪評は銀河に鳴り響いているから、この点は楽だ。
「ですから今ここで、大枠だけでいいので正式な契約を。契約の代行権ももらいました」
地球から送られてきた、証明つきのデータを送る。
「今、ネメイエスの星系内で契約してしまえば、ソドム人は手出しできません。お願いします」
「なるほど、それが最後に付け加えられていた、一文の理由ですか」
合成画像がうなずいた。
「我々もあの連中には、ずいぶん手を焼かされましたからね。この契約を急ぐことが彼らへの嫌がらせにもなるというなら、反対する理由はありません。いま契約しましょう」
「ありがとうございます!」
思わず声が大きくなったのは、仕方ないだろう。地球にとって転換点になるかもしれないのだから。
そのあとは早かった。いちばん最初の話どおり、ネメイエス人の八百五十年間の木星居住権。対価として相応の教育、技術、異星人との契約の代行、それに移住の対価とは別枠で地球の防御。詳細はあとでとなった、ある意味雑な契約が交わされる。
最後にその契約内容が書き換え不能な状態で、ネメイエス、地球、それに銀河政府に送られて終わりだ。
大きく息をつく。肩の荷が降りたというのは、こういうことを言うのだろう。
「ありがとうございました……」
「いえいえ、こちらこそ。なにしろ移住先を見つけていただいたのです、あなたはネメイエスの恩人ですよ」
向こうも少しほっとしたのか、聞こえてくる声に、面白がるような雰囲気が混ざる。
「何より、あなたに感心しました。異星の政府相手に渡り合う度胸。状況を最大限に利用する機転。なかなか大したものです」
「え……」
それがほめ言葉だと気づいて、なぜかエルヴィラは恥ずかしくなった。
「その、あたし夢中で……」
相手側が笑い出す。
「なるほど、弱い立場ゆえの強さですか。羨ましい」
「そんな、たいしたものじゃないです」
言いながらエルヴィラは思う。こういう異星人と組めたなら、地球の将来も少しは上向くだろうと。
ネメイエス側が満足気に付け加えた。
「あなたへの報酬としての、第四惑星への着陸権と調査権は、既に許可を出してありますよ。いつでもどうぞただ……」
「ただ?」
この期に及んで言いよどむ相手に、エルヴィラは思わず訊き返した。
「何かあるんですか?」
「はい」
そう言って、ネメイエス人が言葉を続けた。
「実はあの惑星は、他星系の者は入れないのです」
「確かにそう伺いましたけど……?」
ネメイエス人でも入れない惑星。ましてや他星系人が、入れるわけがない。
ただ彼の言う〝入れない〟は、何か違う気がした。
「騙すようで申し訳ないのですが、他星系人が入ろうとすると、あの惑星は素通りしてしまうのです」
「え、じゃぁ……?!」
入れない、ということだろうか?
もしそうなら、契約の報酬はナシということになる。だがエルヴィラには、そうは思えなかった。対等を重んじるネメイエス人が、そんな騙し討ちをこの状況で、するとは思えないのだ。
そんなエルヴィラの感情を読み取ったのか、一拍置いて、ネメイエス人が話し始めた。
「これも予言になるのですが」
そう言い置いて話を続ける。例の予言には続きがあって、その者に代々伝えられた宝珠とともに口伝の場所を伝えよ、となっているのだと。
そうすれば、その者は宝珠を掲げて惑星へと降り、さらに仲間とともに飛んで謎を解き、閉ざされた道は開けるだろう、と。
「場所は座標ですので、今そちらへデータをお送りします。宝珠も今運ばせています」
なんだかややこしいことになってきた、そうエルヴィラは思ったが、口にはもちろん出さなかった。
「――おばさま、座標をいただきました。第四惑星上空と、ここから200光年ほど離れた場所の2つです」
イノーラの言葉を聞きながら、どっちもそんなに遠くないな、と思う。ただ行って帰ってくるだけなら、遠い方でさえ日帰りできる距離だ。
「ここへ、行けばいいんですね?」
画面の向こうのネメイエス人に問いかける。
「そのはずです。我々に伝えられてる予言は、外れたことがありません。ですから、大丈夫です」
何が大丈夫なのかは分からないが、エルヴィラは頭を下げた。
「ありがとうございます、落ち着いたら行ってみます」
「どうぞ、ご幸運を」
その言葉を最後に、通信は終わった。
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