2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 08
「それでは、地球は――!」
「あ、ご安心ください、来るのは六百年以上先ですから。それとネメイエスの移民を受け入れるなら、彼らは自分たちが住むことになる木星の防御をするついでに、地球も護ってくれるそうです」
地球側がほっと息を吐く。これで交渉成立も同然だ。
「分かりました。ただ私の一存では決められませんので、少しだけ時間を」
「ええ。でも、早めにお願いします。あまりのんびりしていると、ネメイエスが痺れを切らせて他と契約してしまうかもしれませんから」
最後に釘を刺すと、地球側は「分かりました」と答えて、通信を切った。
「おばさまったら、詐欺師にでもおなりになっては?」
切るや否や、イノーラの毒舌を浴びる。
「嘘は言ってないけど?」
「ええ、たしかに。でもあのやり方は、詐欺師のやり方でしてよ」
こういうことにこだわるから、姪っ子は交渉がヘタなのだ……とは思ったが、エルヴィラは言わなかった。
残念ながら彼女には、こういう駆け引きは分からない。
「まぁ、いいじゃない? どっちも損はしないんだし」
「それはそうですけど、その過程が」
エルヴィラは半分聞き流す。どうせ平行線だ。
「条件はきちんと提示したんだから、いいんだってば。あとは地球の判断。だいいち地球にはメリットはあっても、デメリットはないよ?」
この取り引きのキモはそこだ。互いに簡単に差し出せる物が対価で、なおかつ双方得が大きいとなれば、断る理由はない。
「ま、数日うちに回答来るよ。そうなれば地球も、ペット産地から抜け出せるかもしれないね」
姪っ子は応じず、言葉は操縦室に散っただけだった。
翌日地球から出された回答は、「取り引きを受け入れる」というものだった。思ったとおりだ。
「まったく。仲介をあんなふうにやるなんて、両方を騙したようなものですわ」
「騙してないって。だいいち、みんな助かってるんだからいいんだよ」
相変わらずのイノーラの毒舌を、エルヴィラはさらりとかわす。
「ですけど、筋が」
「法は犯してないし」
この辺の認識が、エルヴィラとイノーラではだいぶ違う。
姪っ子はなんでも杓子定規だが、エルヴィラはかなりいい加減だ。黒とされないうちは、誰かを泣かしさえしなければOK。それがエルヴィラの考え方だった。
もちろん、落とし穴があることは百も承知だ。だがそれでは銀河で商売など出来ないし、人が助かるならなおさら、躊躇う理由はない。
イノーラはまだ何か言っていたが、エルヴィラは構わずに契約書の確認を始めた。
といっても、そんなに複雑ではない。地球側が相談と称して出してきた「欲しいもの」のリストを見ながら、内容と金額とを大雑把に銀河式に置き換え、チェックしていくだけだ。
「けっこう、妥当かな?」
最初に金額が提示されたせいか、地球側はその辺りを踏まえた上で、最大限に近いものを出してきている。
ただ、あくまでも「最大限」で、それ以上ではない。
「この辺が、やっぱり地球なんだよねぇ……」
異星人になどどうやっても対抗できない。その自信のなさからくるのだろうが、商売はこれではダメだ。
実際に相手がどれだけ隠しているかなど、やってみなければ分からない。だから相手が呆れるほど吹っ掛けてみて、笑いながら引っ込めるくらいでいいのだ。
――もっとも思ったところで、やるわけにはいかないのだが。
交渉自体はすでにエルヴィラたちの手を離れて、国家同士のやり取りになっている。そこへ一介の商人が、勝手に口を挟んで書き換えたりは出来ない。
(けどまぁ、ラッキーかな)
相手のネメイエス人は、銀河の種族にしては珍しく誠実だ。どこも自分たちの利益を最優先、相手がどうなろうと契約さえ結べばいいという発想が多い中、「相応に」というのはお人好しの部類だ。そういう相手と手を組めたのは、まだ未熟な地球人にとっては、幸運以外の何物でもないだろう。
取り引きの詳細は、ネメイエスの外交部に任せるつもりだった。
何しろこれだけ大きな契約だ。個人で商売しているだけのエルヴィラには、どう足掻いても手に余る。出来るのはせいぜい、見落としや穴をふさぐ程度だ。
「あ、そうだ」
ふと考えついて、思わず声が出た。
「また独り言を……病院の手配でもしておきますわ」
「要らないってば」
どうしてこうひねくれてるのだろうと思いながら、エルヴィラは思いついたことを地球側の要望に付け足す。
「何ですの、それは」
興味を示したらしく、姪っ子が訊いてきた。
「個人的な要望……っていうか、意見? 出来たら考慮お願いします、って感じ」
内容は、「この取り引きの契約を、なるべく早く行う」だ。
「……意味がわかりませんけど?」
姪っ子が冷ややかな視線になる。
「もともとこの契約、ネメイエス側が急いでるものでしてよ。なのに何故、余計急かすのです?」
「急かさなきゃダメだから」
エルヴィラの言葉に、イノーラがあからさまに不機嫌になった。頭がいいだけに、分からないのが面白くなかったのだろう。
面倒な性格だと思いながら、エルヴィラは説明を試みる。
「だからさ、地球はソドム人に首根っこ、押さえられてるよね」
「そうですわね」
この点に関しては、地球人なら誰も異論はない。
「でさ、交渉のときも言ったけど、アイツらが地球が独り立ちするようなこと、許すと思う?」
「許さないでしょうね……」
銀河市民ならきっと、誰だって同意する。ソドム人が在る限り、これだけは確実と言っていいくらいだ。
「だから急ぐわけ。そうすれば、あたしや地球があいつらの相手、しなくて済むもん」
組織で挑んでくる相手、それも百戦錬磨のソドム人相手に自分が力不足なのは、エルヴィラ自身もよく分かっている。そしてそれは、地球も同じだ。
だったらここはさっさと契約して、残りはお人好しでありながらもこの銀河できちんと生き残ってきた、ネメイエスのプロにやってもらったほうがいいだろう。ヘタに虚栄心を出しても、せっかくの儲けがフイになるだけだ。
「ともかく、早く契約だけでも結んじゃわないと。そうすれば、手出し出来なくなるから」
この銀河では、契約は絶対だ。横槍を入れたりしたら法外な制裁を食らう。だからどこも、「契約」することにとてもこだわるのだ。
イノーラはもう、何も言わなかった。これ以上やり込められるのが、イヤなのかもしれない。
(そんなこと気にしないで、覚えればいいのになぁ……)
なにしろ頭の回る姪っ子だ。これで商売のコツを覚えたら、向かうところ敵なしだ。ただそうなると、エルヴィラ自身の立つ瀬がなくなるのが、悩ましいところなのだが。
そんなことを考えながら、エルヴィラはネメイエスとの交信を待つ間に、地球のほうに伝文を送った。
内容は簡単で、「この取引に関して、自分たちに契約の締結代行権を与えて欲しい」だ。そしてその理由と回答期限も付け加える。
地球側も理由を見て、すぐピンと来たのだろう。すぐに「了解」の回答と、任命書とが送られてきた。思惑通りだ。
これから起こることを想像して、ついニヤニヤしそうになるが、頑張ってこらえる。また姪っ子に突っ込まれては面倒だ。
「……ネメイエスから交信要請です。どうなさいます?」
しばらくたった頃、イノーラが無機質な声で告げた。まださっきのことを、根に持っているのかもしれない。
「どうするって、そりゃ交信でしょ」
言ってスイッチを入れると、いつもどおりの合成画像が現れた。
「わざわざ時間を取っていただいてすみません」
エルヴィラの言葉に、ネメイエス側がにこやかに答える。
「とんでもない。こちらこそこんなに早く交渉をまとめていただいて、お礼の言葉もありません」
まぁ実際そうだろうな……などと心の中で思ったが、エルヴィラは笑顔を崩さなかった。相手も分かってはいるだろうが、互いに見せず指摘せずというのが、交渉というものだ。
「喜んでいただけて何よりです。ところで、お送りした要望は見ていただけましたか?」
「ええ、ざっとは。ただ細かいところは、これからになります」
地球から回答が来てから送ったのだ。既に内容に目を通しているだけでもすごい。
だが今やらなければならないのは、別の話だ。
「早速目を通していただいて、ありがとうございます。ただそれについて、お願いが」
「なんでしょう?」
移住先が決まったせいか、ネメイエス側はいつも以上に警戒心が薄く感じる。もしつけこむなら、今しかないだろう。
――とはいっても、やるわけにはいかないのだが。
そんなことをしたら、最終的に地球側に被害が及ぶ。そうなれば儲けは取れても、夢から遠ざかる。
ソドム人が聞いたら笑うだろうが、地球人のエルヴィラにには、やはり夢は大切だった。
だから、切り出す。
「今すぐにでも、契約書だけ交わしていただけませんか?」
「すぐにですか? ずいぶん急ぎますね」
ネメイエス側の声に、不思議そうな響きが混ざった。
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