2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 07

 ネメイエスと話がついてすぐ、エルヴィラは「特使」の肩書きで地球に交渉を要請した。

 きっと今頃、地球は大騒ぎだろう。

 地球人は異星人というものを、不幸をもたらす存在だと思っている。まぁあれだけのことをされれば当然なのだが、半分異星人とも言えるエルヴィラは、複雑な気分だ。

 交渉そのものは、おそらく何とかなる。地球側も「契約がすべて」という銀河の掟は理解しているし、何より今回の件は利益が大きいのだ。

 ただ、同胞として信用してもらえるかというと……かなり微妙だった。異星に売られて異星人となり、異星人の手助けをする者、と取られる可能性が高い。

 間違ったことをしているわけではないはずなのに、反感を買う状況というのは、やはり嬉しくなかった。

「地球から交信要請です。繋ぎますか?」

「もちろん」

 待ちくたびれかけた頃、やっと反応が来る。

 全方位モニターに映ったのは、スーツを着た初老の男性だった。

(今でもあんまり、変わってないんだ)

 そんなところに感慨を覚える。

 エルヴィラの記憶では、ホワイトカラーと呼ばれる男性陣は働きに行くとき、シャツにスーツという格好が一般的だった。

 そして十数年過ぎた今も、それは同じらしい。

 なんとなくほっとしながら、相手に話しかける。

「ネメイエス星系政府からこの交渉を一任された、エルヴィラ=レアスと申します」

 一瞬の間があって、相手は慌てたように答えた。

「や、これは失礼しました。まさか同じ地球人が特使とは、思いもしなかったものですから」

 それはそうだろう。広い銀河を探しても、こうやって「外から」交信してくる地球人がどれほど居るか。

 それと同時に可笑しくなる。自分たちが受け入れられるかという話の前に、向こうは地球人が特使として来るとは思っていなかったのだ。つまりエルヴィラの心配は全くの杞憂で、心配するだけ損だった。

「驚かれるのは当然です。私たちも、他に会ったことはありませんから」

 これからの交渉が上手く行くよう願いながら、さりげなくフォローを入れてみる。

 頭を下げることと、相手を言葉で喜ばせることは、元手がタダだ。これで対価が得られるのなら、どうということはない。

 ――姪っ子は違うようだが。

 頭がいいだけにプライドも高く、何よりひねくれている姪っ子は、どうも頭が下げられない。これは商売にとっては致命的だ。

 もっとも当の姪っ子も、今では自分が商売や交渉に向いていないのを分かっていて口出ししないので、エルヴィラが困ることはないのだが。

「ところでご用件のほうですが、何でも移住とか……」

「はい」

 エルヴィラは説明を始めた。超新星爆発のこと、ネメイエス星のこと、その星が木星と似ていること、だから避難を兼ねて移住を望んでいること……。

「なるほど、お話は承りました。たださすがにこれは、私の一存ではお答えしかねます。検討する時間を頂かないと」

「もちろんです。ただ、向こうのこともありますので、そう長くは取れません」

 ありきたりの回答に対して、じわじわと追い込みにかかる。

「ネメイエスは先ほども言ったとおり、全市民の避難を計画中です。当然膨大な時間がかかります。ですからあまり長い時間検討していると、向こうが交渉を打ち切る可能性が高いのです」

「なるほど」

 まだ地球側は、さほど乗り気ではないらしい。だがここまでは、予想通りだ。

 ひとつずつ、カードを切っていく。

「ところで、報酬の内容はご覧になりましたか?」

「ええ。ですがこんな大まかなことだけでは、検討するにも困りますが?」

 相手が罠の中へ入ってきた。

 向こうは苦情を言ったつもりだろうが、思う壺だ。罠と知らずに踏み込む者ほど、組みやすい相手はない。

 だが悟られぬよう、にっこりと微笑みながら答える。

「ネメイエスは、ともかく時間がないのです。ですので、その金額を了承してもらえれば、詳細は範囲内であとで、とのことでした」

「ほう」

 相手の瞳が、狡猾な光を帯びる。この条件なら、欲しいものが手に入ると踏んだのだろう。

 とはいえ地球人は、銀河文明から見れば所詮はひよっ子だ。宇宙で渡り合ってきたエルヴィラにしてみれば、そこまで難しい相手ではなかった。

「まぁもちろん、無制限になんでも、とはいきませんが。何しろ向こうは、惑星を失うかもしれないわけですし。けれど地球にしてみれば、少しでも収入があったほうがいいと思うのです」

「たしかに」

 うなずいた後、今度は向こうから畳み掛けてくる。

「ですがそういうことなら、ネメイエスが地球に支払えるものなど、ないのではありませんか?」

 なかなか、いいところを突いてくる。

 もっとも突いてきて欲しいがために、わざと穴を開けておいたようなものだ。当然答えは用意してある。

「たしかに星を失うネメイエスには、払えるお金も資源もありません。ですから支払いは、八百五十年間の教育や技術の供与、契約締結の代行、それにオマケで太陽系の防御ですね」

「なんと……」

 地球がいま一番欲しいのは、もちろん食料だ。だがそれに次いで、あるいは同じくらい欲しいのが、銀河レベルの技術と教育だ。

 エルヴィラはペット時代もその後も、地球の情報を必死に集めてきたが、どれも最後はその結論だった。ならば、興味を示さないわけがない。

「ネメイエス側は、今言った条件で喜んで引き受けるとのことです。どうでしょうか?」

 相手が考え込む。何かまた騙されるのではないかと、警戒しているのかもしれない。

「木星一つを八百五十年間、でしたか。それで教育と技術……たしかに魅力ですが、見合うかどうか……」

 要するに『それでは安い』と言いたいのだろう。

 この辺がやはり地球人だな、とエルヴィラは思う。銀河文明に直に接していないから仕方ないのかもしれないが、文明力の差を甘く見すぎだ。

 しかも地球は、次代を担う優秀な子が次々と流出していて、発展どころか衰退の一途なのだ。

「私は、悪くないと思うんです。だってほら、あのソドム人ですよ?」

 地球人なら、必ず反応する言葉を投げる。

 案の定、相手も反応した。

「彼らが何か? 今回の相手は、ネメイエスという星では?」

 訝しがるところを捕らえて、すかさず言う。

「ソドム人が地球に居座ってるのは、地球人が売れるからですよね?」

「ええ、それはもちろん」

 相手が苦々しげに言う。地球人なら誰もがそうだろう。

 だが今は、交渉をまとめるのが先だ。取り合っているヒマはない。

「ソドム人は地球人なら誰でも知るとおり、とんでもない守銭奴です。その彼らが、地球が発展して独り立ちするようなことを、許すと思いますか?」

 相手がはっとした表情になった。

 たぶん地球人は、気づかなかったのだろう。ソドム人が未来永劫可能な限り、地球から奪い続けるつもりなことに。

 宇宙へ出て交渉の場につけば、すぐに分かる。彼らがどれほどがめつく悪辣か。何しろ些細な手違いから、最後は星を丸ごとソドム人の支配下にされた例は、そんなに珍しくないのだ。

 けれど地球は、今まで奴隷だ人種差別だといろいろありながらも、少しずつ前へ進んできた。だから遠い未来にはいつか、何とか出来ると思っていたのだろう。

「木星をネメイエスに貸し出すなら、これからの異星人との交渉はすべて、彼らに任せられます。さらに教育と技術が手に入るのなら、むしろお釣りがくるかと」

「そうですね……」

 地球側が思案顔になる。この取引のメリットを、認識し始めたのだろう。

 あと一押しと感じたエルヴィラは、最後のカードを切った。

「それから先ほど『オマケで地球の防御』と言ったのですが、意味はお分かりになりますか?」

 説明していないのだから、分かるわけがない。だが動揺を誘うために、あえてこういう言い方をする。

「意味、ですか? 文字通り、地球の異星人からの防衛ではないのですか?」

「いいえ」

 エルヴィラに即座に否定されて、相手が困惑した。

「ではいったい、何を……」

「ベテルギウスという星が、超新星爆発を起こしました」

 そこで一回間をおく。考える時間を持ってもらうためだ。

「たしか、オリオン座の星でしたね。いつ超新星爆発しても、おかしくないと言われていた。ですが被害はほとんどないと、研究機関がみな発表していたかと」

「ええ。ただそれは、ガンマ線バーストが地球を直撃しない場合、です」

 しばらくの沈黙の後、相手がかすれた声で答えた。

「それは、まさか……こちらに来るということですか?」

「はい、残念ながら。公式の資料もお付けできます」

 まるで不安を煽って売りつける悪徳商法だが、騙してはいないので、気にしないことにする。

「その、想定される被害は、どの程度なのですか?」

「詳しく計算してみないことには。私たちも専門家ではありませんし。ただ以前地球に、数千光年先から照射された際には、ほとんどの生物が死んだそうです」

 相手の顔が青ざめた。

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