2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 06

「具体的な地球への報酬は、どうしましょう? 私は金額だけ決めて、内訳は移住の話がまとまってからのほうが、いいと思うんですけど」

 詳細を詰めるには時間がかかる。しかもまだ、地球が受け入れると決まったわけではない。

 一方でこうしている間にも災厄は迫っているわけだから、後でいいものは可能な限り先送りして、話を進めたほうがいいだろう。

「そうしていただけると助かります。何しろこちらは、時間がありませんので」

「でしたら金額は相場で、詳細はその範囲内ということで」

 星の買取り――正確には利用権の売買――というのは、銀河系ではたまに行われる。だから星の大きさや種類によって、だいたいの相場も決まっていた。

 本当なら向こうが切羽詰っているから、もう少し金額を吹っかけられるだろう。

 だがエルヴィラは、そうするつもりはなかった。末永く付き合わなくてはならない相手に対して、最初からトラブルの火種を作るのは愚策だろう。

 それに支払いに使えるのはお金だけではない。

 エルヴィラは持ちかけた。

「地球側には、相場の範囲内で教育や交渉の肩代わりを要求できると伝えます」

「分かりました」

 ネメイエス側も同意する。

 そこでエルヴィラは、確認するフリをしてカードをひとつ切った。

「では交渉はその方向で……それと六百四十年後のガンマ線バーストの防御は、別枠と考えていいのですよね?」

 移住する場合、ネメイエスにとってもこの防御は必須だ。だからその範囲に地球を含めるくらい、大した手間ではない。ならばガンマ線バーストへの防御は、タダで引き出そうと思ったのだ。

 相手の負担にならない範囲で、確実に利益を積み重ねる。商売のイロハだ。

「さすがに個人で商売をされてきただけありますね。しっかりしていらっしゃる」

 向こうが苦笑――分かりづらいが、たぶんそうだろう――しながら続けた。

「私たち自身のためにも、防御はしなければなりません。そこに地球を含めるのは、もちろん構いませんよ」

 内心やったと思ったが、声には出さない。だがこれで、地球の壊滅は回避できるだろう。

 さらにしれっと、エルヴィラは言った。

「ご好意、感謝します。この内容で地球側に交渉します。それで、お願いがあるのですが……」

「何でしょう?」

 向こうが緊張を見せる。思う壺だ。

 エルヴィラは「やった」と想う気持ちを押し殺し、平静を装って言った。

「以前も言いましたが、私たちに特使の肩書きをいただけますか? さすがにこれがないと、いくら地球出身でも取り合ってもらえませんから」

 何か吹っかけられるかと警戒していたところへ当たり前すぎる要求を出されて、こんどこそ向こうが笑い出す。

「もちろんですよ。もう準備は出来ていますから、すぐにでも可能です」

 過信は禁物だが、なんとなく信頼関係が出来た気がする。これなら上手くやっていけそうだ。

 内心にこにこしているエルヴィラに、ネメイエス人が訊いてきた。

「ところで、そちらは報酬はよろしいのですか?」

「え?」

 予想外の言葉に、思わずおかしな声が出る。

「報酬って……でもまだ、成功してませんし」

 お人よしと言われそうだが、エルヴィラは仲介料をもらうつもりはなかった。

 例え結果がどうなるにせよ、尽力したという事実は残る。そしてそれがあれば、ネメイエスとは良好な関係が保てるから、商売もやり易い。それを仲介の報酬とするつもりだったのだ。

 だがネメイエス側は首を振った。

「それは我々の間では、許されざることです。悪意も善意も相応に返す、これがネメイエスの文化です。ですから何も返さず善意のみ受けたとあっては、政府の立場が危うくなってしまいます」

「なるほど……」

 これから大変なときなのに政府が国民の信頼を得ていなかったら、とんでもないことになる。

「地球の文化は違うのかもしれませんが、我々を助けると思って、何か要求してください」

 何にしよう、そう考えたとき、とあることが思いついた。

「あの、でしたら、第四惑星への着陸許可と調査権を!」

 宇宙蝶に連れられて来た、あの地球に似た惑星。地上に遺跡のあるあの星へ、降りてみたかった。

 とはいえ降りたくても、勝手には出来ない。ここは発生星系だから、管轄政府にお金を払って許可をもらわなくてはダメだ。

 それを、対価に欲しいと思った。

「あそこへですか? さすがですね」

「……へ?」

 またまた予想外の言葉に、エルヴィラは首をかしげる。

「おや、ご存じない? 実はあの惑星、ネメイエス人でも滅多に入れないところなのですよ」

 知らぬが仏と言うべきか、なにやらとんでもないことを言ってしまったらしい。

「話せば長くなるのですが、我々にはひとつの神話がありまして」

「そうなんですか?」

 長くなったらイヤだななどと思いつつ、当たり障りのない相槌をうつ。

「その神話によれば我々ネメイエス人は、あの第四惑星の住人がこの星系の守人として、生み出したのだそうです」

「へぇ……」

 面白い神話だ。

「我々もかつてはこの神話、ただの作り話だと思っていました。が、実際に宇宙へ行けるようになって遺跡を発見しましてね。だから神話は本当のことではないかと、今は言われています」

 どこか得意気に語る相手の言葉を、エルヴィラは否定しなかった。

 たぶん真実は、彼らにとってどうでもいいのだ。伝えられていたことと合致する物があり、自分たちの拠りどころとなる。そのこと自体が重要なのだろう。

「そうしたら……着陸はダメですか?」

「いえ。特例中の特例とはなりますが、この星を救うために尽力してくださるのです。誰も異論は唱えないでしょう。それに何より、神話どおりですし」

「はぁ……」

 神話続きで、だんだんどう答えたらいいか分からなくなってくる。

「その、えーと、今日のことが神話にでも?」

「神話といいますか、予言ですね。『滅びの時、光に導かれたものが道を指し示す』、そうあるのですよ」

 そんな曖昧な言葉、何にでも当てはまるのではないか……と思ったが、口にはしなかった。この手のことに異議を唱えると、後が怖いのだ。

 なので、また当たり障りのない答えをする。

「異星人の私には、ネメイエスの神話のことは知識不足で分かりませんが、許可いただけるのなら嬉しいです」

「こちらこそ、喜んでいただけて何よりです」

 こうして話はまとまった。

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