2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 05

「ネメイアスの外交部からOKの返事が来たら、特使の肩書きもらわなきゃね」

「特使、ですの?」

 どうも交渉ごとに疎いイノーラは、ピンとこないようだ。

「だってあたしたち、ただの貧乏人だよ? いくら地球出身だからって、地球政府にただ話しても、取り合ってもらえるわけないでしょ」

 話をするならまず、相手と同種を探し出して、仲介をしてもらう。これは銀河系の一般的なやり方だった。

 考えてみれば地球だって、まずは人の縁を頼る。ならば見掛けも考え方も違う異星人同士より、同種のほうが話が早いのは当たり前だ。

 そして銀河市民権を持つ地球人は、ほとんどゼロと言っていい。だからエルヴィラたちにその役が回ってくるのは、ほぼ確定と言ってよかった。

 とはいえ、一介の商人では取り次いでもらうことさえおぼつかない。だからネメイエス側から肩書きをもらう必要があった。

「ここで仲介役もやって、少しでも小銭稼がなくちゃねー」

 姪っ子は答えない。主導権が取れないのが悔しいのだろう。

 毒舌でワガママで、そのくせ頭の回転だけは速い。こんな姪っ子を、そのうち誰か〝もらって〟くれるだろうか……などと、つい叔母らしいことを考えてしまう。

 ――考えるだけ無駄な気はするが。

 なにしろ一度は宇宙へ売られた身だ。割と大きくなってからだった自分はまだともかく、〝宇宙的〟とでも言うべき環境で育った姪っ子は、考え方や発想が根本的に地球人とは違う。

 子供の頃、出身国が違うために合わずに大騒ぎになり、最後は離婚した友達の親が居た。だとしたらもっとかけ離れてしまった姪っ子は、地球人と上手くやれる可能性は限りなく低い。

 ただそれでも、一度地球へ返してやりたい、とは思う。

 飼い主に頼んで手に入れてもらった地球の記録映像を、イノーラはそれこそ画像がダメになるまで、繰り返し見ていた。彼女は四歳のときに地球を離れて、それっきりだ。だから、あの風も雨も日差しもよく覚えていないのだろう。

 エルヴィラの記憶では、イノーラがそこまで憧れるほど、地球は素晴らしいところではない。だが姪っ子にとっては、遥かな楽園なのだ。

(幻滅しなきゃいいんだけどなぁ……)

 いつか地球に降り立った日のことを心配しながら、ベッドから起き上がる。

「おばさま、どこへ……」

「操縦席。ネメイエスと話するなら、そこがいちばんいいし。多分そろそろ、来る頃だから」

 どうせ相手にこちらの服装は伝わらないからと、ラフな格好のまま向かった。

 席に座って、宇宙蝶の映像をぼんやりと見ながら待つ。

 ネメイエスには時間がない。どれだけの人口を抱えているかは知らないが、それが全員退去して移住となれば、七年という時間は短すぎるだろう。いくら木星が似ていても、ある程度は惑星改造しなければ住めないし、ドーム都市のようなものをとりあえず建設するにも、今すぐ始めてギリギリ間に合う程度だ。さらに一日遅れるたびに、事態は悪化していく。そうなればネメイエス人の助かる率はどんどん下がる。これは極力避けるだろう。

 だとすれば自分たちが出したこの木星の話に乗るはず、それがエルヴィラの見立てで、さらにそれはかなり早いと判断していた。根拠は単純で、この話がダメだった場合、ネメイエスは次の惑星を探さなくてはならないからだ。

 そしてその考えは、的中した。

「星系外交部から……通信が入りました」

 寂しがりだからだろう、エルヴィラについてきて副操縦席に座っていた姪っ子が、少し驚いたように告げた。

「来た来た、繋いで」

「はい」

 イノーラが操作すると、前回と同じように合成映像が映る。相変わらず破格の扱いだ。

「回答、遅くなりまして申し訳ありません」

「いえ、当然だと思いますよ。星系の命運を決めるような、一大事ですから」

 商売ではお決まりの、相手を思いやるようなやり取りをしながら、本題に入る。

「それで、お話は例の木星の件だとは思うのですが。何か進展がありましたか?」

 聞くまでもないことだが、それをあえて言って水を向けるのも交渉のうちだ。

 相手もうなずいて乗ってくる。

「その件ですが、とりあえず打診だけでも、地球側にしていただけないでしょうか? 私どもより同種の方のほうが、話を持っていくには適していると思いますので」

 読み通りだ。それに対してにこやかに答える。

「前に言ったとおり、交渉は私たちが受け持ちます。地球はいろいろ、難しいですし」

「ええ。その辺は我々には、なんとも分かりませんので」

 当然だろう。銀河系中を探したって、未開の惑星なのに銀河文明と接点があって、尚且つ子供が売りに出される星など、地球くらいだ。

 こんなややこしい背景を持つ相手と上手くやるのは、並大抵のことではない。同郷の商人が間に立つというなら、任せるのが賢明だ。

 そんなことを思いながら、エルヴィラは持ちかけた。

「ではとりあえず、仲介に関しての契約を詰めさせていただけますか? その辺がはっきりしないと、私たちも引き受けるのに少々怖いので」

 契約がすべての銀河では、裏を返すと「契約していないこと」は何でもアリにされる。

 交渉失敗の際の取り決めをしておかなかったために、後からとんでもない額の賠償金を請求されたなどという話は、それこそ掃いて捨てるほど聞いた。だからこういう些細なことでも、きちんと取り決めを交わしてから取り掛かるのだ。正直面倒だとは思うが、何もかも違う異星人同士では、これが一番確実なやり方なのだろう。

 相手もその辺は分かっているから、否やはない。

「もちろんです。決めるのは期日、成否とその報酬、権限、この辺りでよろしいですか?」

「ええ」

 気を引き締める。

 地球のためにも、まず最初のここで、つまづくわけにはいかなかった。

「まず、この交渉についてですが」

 ネメイエスの外交部が切り出す。

「太陽系第五惑星木星に、我々ネメイエス人が一定期間以上住めるように、というのが最低条件です。この点についてはよろしいですか?」

「はい」

 素直に同意する。こちらが想像していたのと、ほぼ変わらない。

「次に『一定期間』というものですが……」

「七百五十年ではどうです?」

 すかさず、こちらから提案する。

「そのあたりを目処に、万一もとの星系へ戻れなかったり、次の移住先が見つからない場合は、改めて契約のし直しということで」

 もちろんこの年数には、下心があった。

 仮にネメイエスが元の星に戻るとして、それは早くても七百年近く先だ。最初のガンマ線照射は七年後だが、その後の衝撃波の到達には、おそらく六百年以上かかる。その様子を見て、場合によっては星の環境を整えて戻るとして、これより早くは難しいだろう。だからそこにおよそ百年上乗せしておけば、向こうも嫌とは言わないはずだ。

 そしてこれなら、太陽系をガンマ線バーストから守ることも、自動的にやるハメになる。

 ただネメイエスは、さすがに交渉上手だった。

「欲を言えばもう百年欲しいところですが、贅沢は言えませんね」

「では八百五十年で」

 エルヴィラはあっさりと条件を飲んだ。

「お、おばさま?」

「黙ってて」

 あまりにも簡単に受け入れたせいだろう、声をあげた姪っ子を黙らせる。

 そして地球の言葉で続けた。

「これ、むしろチャンスだから」

 地球人にしてみればタイムスケールが大きすぎるせいで、七百年と八百年は大差がない。十年と二十年のほうが、よほど違って感じるくらいだ。

 だが銀河系の感覚では、百年の譲歩は相当のものだ。当然その分、支払われる対価は大きくなる。だったらそこを利用して、もっと引き出そうと思ったのだ。

「よろしいのですか?」

 ネメイエス側もさすがに驚いたのか、聞き返してくる。

 それに対してエルヴィラは自信を持って答えた。

「ええ、それで構いません。地球側もそれだけの期間が必要というのは、理解するはずです」

 大嘘だが、的外れでもない。この辺は口先三寸でどうにでもなるところだ。

 その上で、にっこり笑って付け加える。

「もちろんその百年分の代金は、上乗せすることになりますが」

「お安く願いますよ」

 第一段階の交渉は成立だ。

 慣例どおりここで互いに、自分が把握した交渉内容を、きちんとした記録で交わす。行き違いを防ぐためだ。

 ざっとチェックを入れたが、ここまでの食い違いは見つからない。

 ソドム人のような連中だと、この時点で既に罠が張られていたりするのだが、今回はなさそうだ。データバンクに記載されていたとおり、ネメイエス人は誠実な種族らしい。

 少しだけほっとしながら、それでも気は抜かないようにして、エルヴィラは話を続ける。

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