2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 04
「ヤバイよそれ、絶対ヤバイ」
「ええ。ただ到達するのは六百四十年先ですから、技術革新で防げるかもしれません。今から準備して、移住するという選択肢もありますし」
淡々と姪っ子は言うが、その顔は沈んでいる。
地球は自分たちを売ったとはいえ、ただ一つの故郷だ。それが壊滅的な被害を受けるとなれば、心穏やかでは居られないだろう。
子供の頃見た、太陽系の図を思い出す。
青い地球、赤い火星、縞模様の木星、巨大な輪を持つ土星。よく綺麗な円が並ぶ太陽系図を見ては、夜空を見上げていたものだ。
(……あれ?)
一瞬、何かが引っかかった。
円の並ぶ星系図。円を描く軌道。さっき話に出なかっただろうか。
(たしか、真円に近い軌道の惑星が見つからない、だったっけ?)
目の前の交渉相手は、そんなことを言っていたはずだ。
必死に考える。
ネメイエス星人が住んでいるのは、ガスジャイアントと呼ばれる木星型惑星だ。そして太陽系にも、同じような星が幾つもある。
――それも、円に近い軌道を描いていて、恒星から適度に離れた。
「イノーラ、ごめん、ちょっと計算して。ネメイエス星と太陽系の惑星、どのくらい似てる?」
「え? えぇ、ちょっとお待ちを」
故郷の危機に動転しているのか、姪っ子が素直に従った。
「……ざっとですが、結果が出ました。ネメイエス星はかなり、木星に近いですわ」
思ったとおり、交渉の材料くらいには使えそうだ。上手くいけば、太陽系を救うことも出来るかもしれない。
「えぇとすみません、データ見させて頂きました。それで、ちょっとお聞きしたいんですが」
交渉相手に話しかける。
「たとえば数百光年離れていたら、ガンマ線バーストは防げますか?」
「そうですね……それだけ離れていれば、その分時間がありますから、可能でしょうね」
予想通りの答えが返ってきた。
「数百年かけて準備が出来ますし、技術革新も望めます。現時点でもある程度は防げますから、大丈夫だと思いますよ」
「それなら、候補地があります」
エルヴィラは勝負に出た。
「私たちの出身地は、地球です。ご存知ですか?」
「あぁ、あの高知能ペットで有名な――」
途中で言葉が途切れたのは、目の前の話し相手がその「高知能ペット」だと気づいたからだろう。
「ええ、その星です」
ややこしいことにはあまり触れず、エルヴィラは話を進める。
「で、その地球のある星系なんですが、ネメイエス星と似た惑星があるんですよ」
「本当ですか?!」
相手が興味を示した。切羽詰っているだけのことはある。
「本当です。データをお送りしますから、ご覧になって検討していただけますか? 私の見立てでは、なんとか住める範囲だと思うのですが」
言いながら、相手にデータを送る。
銀河文明の技術なら、惑星改造はそんなに難しいことではない。基本的な条件さえ合っていれば、あとはどうにか出来るものだ。
検討しているのだろう、しばらくの沈黙があったあと、向こうが口を開いた。
「たしかにこれなら、何とかなる範囲ですね……。ただ、地球のほうが納得するかどうか。それに私の一存では決められませんから、その辺の時間も頂かないと」
「ええ、どうぞゆっくりご検討ください。それから地球側との交渉は、私が受け持ちます。ただ――」
もったいぶって、そこで一回言葉を切る。
「何か問題でも?」
不安になったのか、相手が尋ねてきた。そこを逃さず、言葉を押し込む。
「問題というか……地球はあの守銭奴に魅入られたせいで、発展することも出来ず貧困の極みにあります。それこそ、身内を売らなくてはいけないくらい。それに対して、対価という形で援助をいただけませんか?」
「なるほど。ですが援助と言っても、たとえばどのような?」
ここであの食糧生産機械の稼動エネルギーを条件に出せば、勝手に決めても地球側は怒らないだろう。
だがエルヴィラは、それを言うつもりはなかった。数十億人を養うエネルギーは莫大だし、何よりそれでは解決にならない。それにネメイエス側も、いくら間借りするとはいえタダで養わなくてはいけないというのは、条件として飲みづらいはずだ。
だから、言う。
「たとえば、交流と、教育と、交渉の肩代わりなどを、六百年後の防御と共に」
相手がうなずいた。
「もっともですね。分かりました、そのような条件で上にかけてみます」
「よろしくお願いします」
言いながら思う。
夢へ一歩、近づいたかもしれない、と。
回答は、一日経っても返ってこなかった。もっとも、ネメイエス星人の命運を決めるような決断だ。そう簡単には決められないだろう。自室のベッドに寝そべりながら、エルヴィラはそんなことを思う。
イノーラとは木星の件について、まだちゃんと話し合っていなかった。文句が来るのが見え見えだし、駆け引きに疎い姪っ子を諭すのも面倒くさい。だから姪っ子から逃げ回っている。
(けどそろそろ、限界かな……)
例の星間生物の映像の売却先を確かめるだの、地球の現状を調べておきたいだの、いろいろ忙しいフリをしてはいたが、そろそろネタが尽きてきた。
何より、狭い宇宙船の中なのだ。逃げ切るには物理的に無理があった。
「入りますわよ」
案の定、姪っ子が強引に扉を開けて入ってくる。電子ロックはしてあるのだが、船の機能をすべて掌握している彼女にかかっては、ベニヤ板も同然だ。
「おばさま、正気ですの?」
入ってくるなり、姪っ子が食って掛かってきた。
「正気って何が?」
分かっているが、言ってみる。
「そりゃ、木星のことですわ!」
珍しくいきり立つ姪っ子の目を真っ直ぐ見ながら、エルヴィラは答えた。
「正気だよ」
さらに続ける。
「売れるものは何でも売る、商売の鉄則でしょ」
「でも、地球に断りもなく!」
姪っ子の言い分は、分からなくもない。何しろ惑星ひとつだ。売り買いするには大きすぎるだろう。だがエルヴィラは、間違っているとは思わなかった。
「ねぇイノーラ、地球って今、どうなってる?」
「どうって……どういう意味ですの?」
予想外の質問に、才女の姪っ子もいささか思考停止したようだ。
その隙を突いて言葉を重ねる。
「だからさ、地球は今、子供をペットにして売ってやっと生きてるよね」
「ええ……」
エルヴィラにしてみれば、とんでもないエゴだと思う。
今居る大人たちを生かすために、何故自分たちが売られなくてはならないのか。当の大人たち自身を売るべきではないのか。せめて、拒むべきではないのか。
だが本能は、すべての理性を踏みにじる。それで明日の食料が手に入るなら、人はたちまち鬼にも悪魔にもなる。
もちろん我が子に白羽の矢が立った親たちだって、ぼうっとしてはいない。逃げたり隠れたりと、だいたいは必死に子供を守ろうとする。
だが飢えた人々は容赦がなく、全員が監視者となって探し回るのだ。
親子が逃げていると親類も白い目に晒され時には解雇されるうえ、子供が売れれば遠縁まで食料をいくらか優遇されるのもあって、なかなか味方にはならない。それどころか他の兄弟を人質にしたり、勝手に養子縁組をして親権を奪ったり、果てにはリストに挙がった子の親兄弟を殺そうとまでする。
加えて宇宙へ出れば、子供たちが飢えることはない。この辺の保護は銀河系ではきちんとしていて、地球のペットなど足元にも及ばない扱いだ。上手くいけばエルヴィラたちのように、銀河系の教育を受けられることさえある。
そんな幾つもの理由で、親たちは泣く泣く子供を手放すのだった。
ふざけている。腹が立つ。許すつもりなどない。
だがここで息巻いていても状況は変わらない。むしろこのままでは余計悪くなって、自分たちのように売られる子供が増えるだけだろう。
――だから。
まっすぐにイノーラを見ながら、言う。
「あたしこれ以上、子供は売らせたくないんだ」
姪っ子は何か言いかけたが、けっきょく言葉にならなかった。
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