2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 03
「よっぽど、お人好しの種族なのかなぁ?」
あっさり許可してくれたことといい、その線が否定できなくなってくる。
「それならそれで、いいのでは?」
「そりゃそうなんだけど」
口ではそう言いつつ、エルヴィラはまだ信じきれずにいた。あのソドム人ほどでないにしろ、隙を見せたら喰われる厳しい世界が、銀河文明の一面でもあるのだ。
旨い話には裏がある、タダより高いものはない。これを忘れて、生きていける世界ではない。
通信は挨拶のあと、簡単な自己紹介になった。まさに型どおりだ。
「私たちは地球人です。運良く銀河市民権を取る機会を得て、この通り旅をしています。この星系へは申請どおり、あの星間生物に運ばれてきました」
地球人ふうの合成映像は、黙って聞いているだけだ。そこから表情は読み取れない。
――まぁ実際の相手の映像を流されても、読み取れないだろうが。
何しろこのネメイエス人、雷が荒れ狂う空で生まれた、オーロラのような生き物だ。どこからどこまでが本人なのかさえ、大抵の異星人には判別出来ない。
「星間生物の件は、こちらでも観測できました。ですから、真実だろうと推測します。ところで、ここから七光年のところにある星が、超新星爆発を起こしたのはご存知ですか?」
「え、ほんとに?!」
思わずよそ行きの言葉遣いを忘れる。
そして同時に、宇宙港の様子に納得がいった。
(ここから逃げ出す船だったんだ……)
超新星爆発といえば、距離が五十光年以内なら壊滅、運が悪いと数千光年離れていても被害が出ることもある、文字通り天文学的な規模の大災害だ。それがわずか七光年の距離では、致命的な被害が出るのは間違いない。
銀河文明の科学レベルならあらかじめ分かるのが救いだが、それにしたって滅亡へのカウントダウンがされている状態では、生きた心地はしないだろう。
「えっと、それって起きたのいつですか?」
「こちらの惑星時間で、八十日前です」
急いで計算する。ネメイエスの自転は地球時間で十六時間ほどだから、地球ふうに言うなら二ヶ月くらい前だ。
ほっと息をつく。規模が桁外れの大災害だが、来るのはまだ七年近く先だ。ここへ一ヶ月ほど逗留したとしても、全く問題はない。
(移送の請け負いでもしようかな)
そんなことを考える。
足元を見るようで少し後ろめたいが、この騒ぎなら、宇宙船は一隻でも多く欲しいだろう。それにここで恩を売っておけば、これから先ネメイエス人と上手くやれる可能性も高い。
問題は、それをどう切り出すかだった。下手にこちらから言えば逆効果になる。
(向こうから、何か言い出してくれると助かるんだけど……)
相手は切羽詰っているはずだから、それなりに望みはあるはずだ。
いずれにせよ注意深く観察しながら――その観察が難しいわけだが――の、出たとこ勝負しかない。
間違っても損を出す目には遭うまいと、エルヴィラは気を引き締めた。
「この近距離で超新星爆発だと……かなりの被害がでそうですよね」
相手を怒らせないよう気をつけながら、話を切り出す。この件は一番の懸案事項だろうから、こちらが関心を示してもトラブルにはなりづらいはずだ。
「星のみなさんは、大丈夫なのですか?」
「その件は、こちらとしても頭の痛いところでして」
合成映像までもがうつむいて、言葉が続く。
「規模から試算したところ、このままでは我々が死滅するのは間違いありません。この距離では、とても防げませんので……」
いくら銀河文明の科学力が優れていても、規模が規模だ。到底太刀打ちが出来ない。
「やっぱり、移住なさるんですか?」
相手にこちらの心配が伝わるよう、少し大げさに声を落として訊く。銀河文明の翻訳機はこの辺のニュアンスも伝えるので便利だ。
「不本意ですが、それ以外に手がありません」
相手からも、気落ちしたような声と合成映像が返ってきた。
「最初のガンマ線照射と、次の爆風では時差が出ますから、かなり長期間になりますし。何より惑星の住環境が激変して、我々が住めなくなる可能性もかなりあります。場合によっては表面のガス層が衝撃波で剥ぎ取られて、二度と戻れないかもしれません」
たしかにこれでは、頭が痛いだろう。だが商売の好機であることもたしかだ。
ネメイエス側の話は続いている。
「ただ、移住しようにもなかなか条件の合う星がありませんで……公転軌道が真円に近い星は稀なうえ、適当な距離にあるとは限りませんし」
「あー、たしかに」
たいていの星系で、惑星はかなり偏った楕円軌道を持つ。太陽系のように円軌道が並ぶ星系は実は稀なのだ。
軌道が楕円だと、主恒星への最接近時と遠日点では環境が激変する。だから基本的に安定した環境を必要とする生命体とは、どうにも相性が悪い。
「最悪の場合、宇宙船での長期避難生活を想定していますが、人口すべてが乗れる船を用意するのは並大抵ではありません。出来れば一時的にでもいいので、どこか惑星へ避難したいのです」
「ですよねぇ。良かったら、探してみましょうか? もしかしたら今まで立ち寄った宙域のデータ内に、あるかもしれませんし」
このくらいの話は出してもいいだろう、そう感じて持ちかける。商売はギブアンドテイクだから、口を開けて利益を待っているだけでは上手くいかないものだ。
案の定、向こうは乗ってきた。
「是非! データは多ければ多いほど助かります。何かこちらから、出したほうがいいものはありますか?」
「あ、でしたら被害の予測と希望する惑星の環境、見せていただけませんか?」
これを見ておかないことには始まらないだろう。
「ええ、どうぞいくらでも」
言葉と共に、データが転送されてくる。
「詳細は見ていただければ分かると思いますが、主だった星系に移住先がないのが、困ったところでして」
「なるほど……」
銀河系内で力を持つ種族には既に当たった、ということだろう。
それで移住先が見つからないとなると、かなり難しくなる。探せばどこかに適当な惑星はあるはずだが、広い銀河で未知のそれを探すのは、砂浜に落とした砂金を探すようなものだ。
と、隣でデータを見ていたイノーラが顔色を変えた。
「おばさま、この超新星爆発……洒落になりませんわ」
よほど驚いたのか、銀河共通語ではなく地球の言葉になっている。
「そりゃそうでしょ。規模が規模だし、最大級の災害だもん」
返すと、姪っ子は首を振った。
(どうしたんだろ?)
いつもならここで盛大な毒舌が返ってくるはずなのに、それがない。
「どうかしたの、珍しい」
「珍しいとか言ってる場合じゃありません。この超新星爆発、地球にも影響が出ますよ!」
「――え?」
慌ててデータを見直す。
隣で姪っ子が、解説を始めた。
「爆発した星ですけど、地球でベテルギウスと称されている星です。距離はおよそ六百四十光年。この意味、お分かりになります?」
「分かったかも……」
まだ地球に居たころ、学校で習った記憶がある。
三ツ星で有名なオリオン座の右肩にある赤い星、ベテルギウス。何でも相当な年寄り星で、いつ爆発してもおかしくないと教科書には載っていた。
それがついに、終わりを迎えたのだ。
「でもたしか、六百光年も離れてたら、ほとんど被害はないって教わったけど……」
クラスでも騒ぎが起きたが、すぐに先生がそう説明してくれて、静まったのを覚えている。
「それはあくまでも、通常のガンマ線や爆風です。問題は、地球がガンマ線バーストの照射範囲内に入ってることですわ」
「なるほど……って、マジっ?! ガンマ線バーストじゃ、黒コゲじゃないっ!」
超新星爆発のガンマ線バーストと言ったら、核兵器の放射線を地球規模で浴びるようなものだ。僅か十秒の照射でオゾン層をズタズタにする力があり、三葉虫などが大量死した原因も、数千光年離れた星からのガンマ線バーストだと言われている。そのときは地球上の七割だか八割だかの生物が滅びたらしいから、発生源がもっと近い今回は、当たった側の生物は即死かそれに近い状態、裏側でも放射線障害で数ヶ月のうちには死ぬという大災害になりそうだった。
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