2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 02
「まぁそろそろ、釈明しろって呼び出しが来るだろうけど」
来なかったらそれはそれで嫌だな、などと思いながら、立ち上がって部屋を出る。こういう公式の通信は、操縦室でのほうがいい。
そういえば姪っ子は何しに来たのだろう、そんな疑問も浮かんだが、エルヴィラはあえて追求しなかった。後ろを黙ってついてくるイノーラは、案外寂しがりやだ。なんやかんやと理由をつけて、エルヴィラの傍に居ようとするのだ。
これもまともな育ち方をしなかった弊害だろうと思いながら、通信を待つ。
そうやって移動してから、地球時間で三十分ほどだろうか? ようやく通信が来た。
「管理局より返信。『珍しいケースだが状況は理解。入領を許可、歓迎する』とのことです」
「え?」
姪っ子の言葉に耳を疑う。
「あっさり……許可?」
「そう言いましたよ。それともおばさま、耳まで遠くなりまして?」
すかさず突っ込まれたが、エルヴィラは答えなかった。さすがにこれは想定外だ。
何しろ本来なら星系外でするはずの申請を、中へ飛び込んだ状況で行ったのだ。瑣末なことまで、根掘り葉掘り訊かれておかしくない。なのに審査らしい審査も無く、これといったお咎めも無く許可が出るなど、異例中の異例だ。
「なんか、ヤバい星なのかな?」
「さぁ? 星系情報には〝温和であまり星系外へ出ない種族〟とありますけど、こんなものアテにはなりませんし」
イノーラは相変わらず毒を吐いているが、エルヴィラはあまりそうは思わなかった。
何しろこの星系情報を出しているのは銀河政府だ。確かにすべて鵜呑みには出来ないが、今までの経験上、大まかなところは合っている。またそうでなくては、今頃大騒ぎになっている。
――あるいは温和すぎて、こちらの理由を疑わないのか。
ただこの考え方も、少々無理があった。
何しろこの銀河には、あのソドム人のような輩がうようよしているのだ。頭に花の咲いたような能天気な種族では、とっくに星を追われてしまっているだろう。
だとすると残る可能性は……こちらの言い分を認めることで、向こうに何かメリットがあるケース。が、このオンボロ船だ。有力星系の巨大艦ならともかく、こんなものを丁重に扱ったところで、何の利益にもならない。
「うーん、わかんないなぁ」
どうにも腑に落ちず、頭をひねる。
「どうせ考えたところで、おばさまの理解力ではムリだと思いますけど」
「うるさいな。あんたが破綻させかかった交渉、いくつまとめたと思ってんのよ」
たまにはと言い返してみたが、更なる毒舌が返ってきただけだった。
「カンと理論は別ですわ。そしておばさまは、そういう理論が分からない方だ、と言っているんです」
本当に可愛くない。
だが毒舌の応酬が延々と続く前に、また通信が入った。
「管理局から第六惑星軌道上の宇宙港へ行くように、指示が出ています。どうなさいまして?」
何が隠れているかは分からないが、指示を無視は出来なかった。そんなことをすれば今度こそ不審船と思われて、問答無用で撃沈されかねない。
「言われたとおり、そこに向かって」
一抹の不安を抱えながらも、エルヴィラは姪っ子にそう指示を出した。
反物質エンジンが点火され船が動き出し、目的地へ向かう。
行き先として指定された宇宙港は、妙にごった返していた。と言っても建物の中のことではなく、周辺に係留している船の数のことだ。しかも不思議なことに、球形の船ばかりだった。
「珍しい形だなぁ」
「理にかなっていてよろしいのでは?」
姪っ子の言うことは、間違いではない。こういうシンプルな形というのは強度が高く、事故のときなどに強いのだ。
が、銀河系ではこういう船は、むしろ少数派だった。どの星の船もそれぞれいろいろな理由で、もう少し凝った形をしていることが多い。
船籍をざっと調べてみると、ここの星系の船ばかりだった。ここでは球形が一般的らしい。逆に言うとボールのような船が連なるこの宇宙港は、ネメイエス人の船「だけ」で埋め尽くされていることになる。
「どうなっちゃってるんだろ……」
こんなことは初めてだ。
宇宙港は、言わば星の玄関だ。地球でも港や空港がその国の入り口になるように、外からの船はすべてここを訪れる。当然港は、多国籍の船であふれかえるのが常だ。逆に言うなら同じ形の船ばかりというのは、「余所者が殆ど居ない」ことを意味する。
ボロ船を手に入れてからあちこち行ったが、こういう宇宙港は見たことがなかった。銀河連盟に加盟するような星なら、どこでもそれなりの交易がある。だから、かなりの辺境かつ閉鎖的な星でも、もう少し他星系の船が居るものだ。
しかも、球形の船たちは一隻一隻が大きい。最大のものだと、エルヴィラたちの宇宙船を百隻は並べたくらいの大きさがある。もはや大規模移民用の小惑星と言ったほうがいいくらいで、どう考えても普段から宇宙港に停泊するようなタイプではない。
やはり腑に落ちない。最初に感じたとおり、裏に何かありそうだ。
「ドッキング完了、停船します」
イノーラの言葉と共に、全方位スクリーンに映し出される景色も止まった。
「さぁて、交渉交渉」
「ここのデータコアには、既に接続済みですわ」
それだけ言うと、姪っ子は黙り込んだ。自分が交渉事には全く向かないために、興味もないのだろう。
「サンキュサンキュ。えーっとまず、修理関係かな……」
データコアに検索をかけ、安そうな修理屋を絞り込んでいく。
こういう宇宙港での交渉をはじめ、売り買い等で異星人同士が直接相対することは、銀河系では稀だ。最後に品物を受け渡しするときくらいだろう。
何しろ、発生状況も生理機構も違うのだ。どこかの種にとって快適な環境が、他の種にとっては即死モノ、ということも珍しくない。かといってすべての種に、それぞれ合う環境を用意するなど無理な話だ。
結局いちばん簡単で安全なのが、異星人が出入りする建物内部は宇宙空間と同じ状態にして、それぞれに宇宙服を着てもらうという方法だ。
ただこれではとても、船外へ出てくつろぐというわけにはいかない。このため他星系からの来訪者は、どうしても必要な時以外は船の中に居て、通信でやりとりをするのが普通だった。
「あんまり安いとこだと、手抜き修理されかねないしなぁ。かといって大手は高いし、立会い認めてくれないし」
イノーラからの答えはない。聞こえているはずだが知らんふりだ。交渉だけはエルヴィラのほうが上なので、口を出して言い負かされるのがイヤなのだろう。
エルヴィラ自身も、別に答えは期待していなかった。何しろひねくれた姪っ子だ。黙っていてくれるなら、それに越したことはない。
だがいくつか選び出して連絡しようというところで、また通信が入った。
「どこから?」
「星系政府の外交部ですわね」
再び頭をひねる。そんな主要機関に話しかけられるほど、立派な自分たちではない。
「無視します?」
「出来るわけないでしょ。ともかく繋いで」
訝しがりながらも回線を開くと、合成音と合成映像とが現れた。
「そこまで合わせてくれなくても、構わないのに……」
生命体は多種多様だ。だから意思を伝える方法もまた、多岐にわたる。地球人ならすぐ音や光を思いつくが、これさえ普遍的とは言い難い。地球上でさえ、生物によって捉えられる波長が異なるのだ。異星人ならなおさらで、予備知識なしにはコミュニケーションの取りようがない。
ただこのことは、銀河史のごくごく初期から死活問題だったため、今ではある程度のマニュアルが確立している。それぞれの船や惑星は、自分たちが認識可能な交流手段の報告が義務付けられていて、それを元に交信が行われるのが常だった。
だがそれを考慮に入れても、相手に合わせた合成音声と映像は破格の待遇だ。こちらは文字で済むのに、それ以上のことをしてくれている。
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