2:あなたに惑星《ほし》の押し売りを 01

 部屋の何もない空間に、映像が現れた。銀河系ではごくありふれた、媒体の屈折率を変えて映像を映しだすものだ。媒体に使われるのは、水、空気、液体金属……要するに流動性の高いものならなんでもOKという、便利なものだった。

 いま映っているのは、(公式には)最初に地球に来た異星人だ。イボと触手がついたナメクジのような外見は、地球人の基準からするとどうにも醜怪で、人によっては生理的嫌悪を覚えるだろう。

 だがいまは、別の意味で嫌悪感を覚える。

 ――地球の今の悲惨な状況の、元凶。

 それがエルヴィラはじめ地球人たちの、彼らソギナドマイエディハム人、地球風に略してソドム人――もちろん悪意がこもっている――に対する認識だ。

(このときに、気づいてれば……)

 まさに臍を噛む思いだが、いまさらどうすることも出来ない。

 エルヴィラが見ているのは、ソドム人が最初に地球に送ってきた映像だ。思えばこれがすべての始まりだった。

 最初に映ったソドム人は、ほんの僅かな時間で消えた。おそらく自分たちの姿がたいていの地球人にとって、気味が悪いのを分かっていたのだろう。

 そしてすぐ、映像は愛くるしい容貌の黄色い生き物に変わる。当時の地球で世界的に流行っていた、子供向けアニメの有名なキャラクターだ。それが画面中央へ走り寄り、視聴者に向き直るとペコリとお辞儀をした。

 次いで映像は、例のキャラクターが大喜びで少年に飛びつくシーンになる。「俺たち、友だちだよな!」。そんな少年の台詞が入った。

 また映像が切り替わり、今度は最初のソドム人が映る。彼は例の有名キャラクターがプリントされた、当時の子供向けコンピューターをかかげて、カタトコで言った。

「オレタチ、トモダチ! オレタチ、コレ、ベンキョー! オシャベリ、ベンキョー! トモダチ、トモダチ!」

 周囲ではご丁寧に例のキャラクターが何匹も、カタコトに合わせ楽しそうに跳ね回っている。

「あら、おばさま、珍しいものを見てますのね。いつの間に子供向けの物の、コレクターに?」

 居住スペースに入ってきた姪っ子の、珍しく鋭さに欠ける毒舌は、この映像のせいだろう。

 そう、騙されたのだ。

 地球人の嗜好や文化、考え方をよく研究した彼らソドム人は、本当に巧みだった。

 画面はまだ、ソドム人のアピール映像が続いている。

「悔しいけど、ほんっと彼ら、商売人だよね。そこだけは尊敬する」

「同感ですわ」

 腐肉を丸めてこねて触手を生やしたようなソドム人は、銀河系きっての商業種族だ。その商魂のたくましさたるや、「素粒子ひとつも無駄にせず売る」と言われるほどだった。

 そんな彼らに魅入られてしまったことは、地球人にとっての最大の不幸だろう。

 異星人など信じてもいなかったため、いきなりの襲来に右往左往するだけだった地球人。そこへ彼らはこんなアピール映像を流して、「敵意がない」と伝えてきたのだ。

 侵略されて、全員殺されてしまうかもしれない。そう怯えていた地球人たちは、自分たちが助かったことに舞い上がって、裏があるなど考えなかった。加えてソドム人は次々と地球に有利な交換を持ちかけてきて、「いい宇宙人」の名を欲しいままにした。

 まず彼らが持ち出したのが、「大気中の炭素から食糧を生み出す機械」と交換の、衛星軌道上の「停泊権」。当時食糧危機に喘いでいた地球は、一も二もなくこの話に乗った。宇宙船を停泊させるだけで食料が手に入るなら、こんないい話はないと思ったのだろう。

 その後もソドム人は、恒星系内の自由航行権や地球への上陸権、限定地域への居住権等を要求し、そのつど新しい機械を対価に出してきた。どれも地球側に有利な取り引きで、地球人は次々と応じた。

 当時、誰が考えただろう。この便利な機械たちが、自分たちの枷になるなど。何しろ見た目には、食糧難は去り、エネルギー問題も解決の方向に向かい始め、新しい技術が導入されて、地球の未来はバラ色としか思えなかったのだ。

 だが十年後、状況は一変する。

 最初の食糧生産機がとつぜん稼動しなくなり、慌てて地球政府はソドム人に問い合わせた。すると「機械に初めから標準装備されているエネルギーパックが尽きたためだ」との回答が来た。

 機械を動かすには新しいパックが必要だが、その製造技術は地球に存在しない。かといって異星人からパックを購入しようにも、地球側には売るものがない。どうしようかと頭を抱えている間にも機械は次々とエネルギー切れで停止していき、地球は世界的な飢餓状態となってしまった。

 当時のことは、エルヴィラも覚えている。店から食べるものが消え、ポケットに小銭があっても飴玉ひとつ買えなくなった。

 配られる食べ物だけではとても足りず、毎日毎日お腹を空かし、庭や窓辺で野菜を育てると、すぐに誰かが根こそぎ持っていく。そんな日々が続いた。

 進退窮まった地球人に解決策を提示したのは、ソドム人だった。

 恒星間航行技術を持たない地球人は、銀河系での市民権はまだ得られず、保護対象生物に当たる。そしてこれは通常、星系外への持ち出しが禁じられる。

 だがそれには抜け道があった。もし本人の意思が確認できたなら、そちらが優先されるのだ。一方で知能の高い生物は、愛玩動物としての需要が高い。

 この二点から地球人は、銀河系で「売れる」存在だったのだ。

 そして結果は。

 今日も幾ばくかのエネルギーと交換に、地球人の子が売られている。加えてリストに載るのは、エルヴィラのように毛色が珍しいか、さもなくばイノーラのように〝頭のいい子〟だ。

 要するに将来有望な頭脳が、根こそぎペットにされている状態だった。

 生き延びるために、我が身を削る。そんなやり方は長続きはしない。これでは遅かれ早かれ行き詰まり、地球はもっと悲惨なことになるだろう。

 ――それを、いつか。

 ソドム人によって背負わされた呪いから、いつか地球を開放したい。これがエルヴィラの密かな願いだった。

 ただそれは当分先の話だ。エルヴィラたちに今あるのは、このオンボロ船だけなのだから。

 船は、遺産で買ったものだ。

 飼い主は、エルヴィラたちをそれこそ溺愛した。二人が言葉を覚えてからはそれがさらに顕著で、可能な限り連れ歩いたほどだ。老齢な上に、身よりもなかったからだろう。

 そして数年後、老衰で死んだ飼い主は、遺産の相続相手にエルヴィラたちを指名していた。

 高知能ペットである地球人を、二人も買うくらいだ。飼い主はけして貧乏ではなく、エルヴィラたちに残されたのは、暮らしていくには十分な額だった。

 ただし、あくまでもペットとして、だ。

 一生ペットとして安穏と生きるか、他の道を選ぶか。

 残された遺産を前に、考え抜いた末に二人が選んだのは、自由に生きる道だった。

 何か明確な目的があったわけではない。だがこの千載一遇のチャンスを生かして、ペットではなく「人」に、なりたいと思ったのだ。

 二人で銀河市民権を取り、全財産をかき集めてこのオンボロ船を買った。そうして細々と輸送の請け負いなどをしながら、ここまできたのだった。

「星系政府から、入領許可って来た?」

「まだですわ。こんなケースは稀ですから、モメているのでは?」

 問いに、イノーラからそんな答えが返ってきた。

 エルヴィラ自身、さもありなんと思う。何しろいきなり領域内へ、通告なしのワープで来てしまったのだ。問答無用で撃ち落されても文句が言えない状態で、何事もなく留め置かれているだけマシなくらいだ。

「ここが発生星系じゃなかったら、ちょっとよかったんだけどなぁ」

「文句があるなら、例の星間生物へどうぞ。何なら追いかけますわよ?」

 嫌味たっぷりに姪っ子が言う。

 だが今の状況でそんなことをしたら、ここの星系政府から「無断侵入後、勝手に星系を離脱したならず者」として指名手配されかねない。姪っ子はそれを分かっていて言っているのだから、意地が悪いというものだ。

「誰も追いかけるなんて言ってないじゃない……。でもホント、発生星系じゃなければ簡単だったんだけどな」

「発生星系」と言うのは、「その星系を生まれ故郷とする生命が存在する」もののことだ。だから地球を擁する太陽系も、発生星系になる。

 このネメイエス星系の場合は、第六惑星がネメイエス人の生まれ故郷だった。

 恒星間航行技術がこの銀河で確立したのは、ずいぶん昔の話だ。そしてさまざまな知的生命体が、その好奇心や必要度によって差はあるものの、ある程度の植民星を持っている。

 といっても、地球の植民地とはかなり違う。なにしろ宇宙は広くて、生命の存在する惑星は稀だ。だから環境の似た星を見つけて惑星改造し、移民するだけでいい。

 ただそれでも、生命を有する惑星はある。そしてさらに稀ではあるが、知的生命体が存在する場合もある。

 当然ながら、植民をする側とされる側の間で大問題になり、戦争へ発展するケースまで出た。

 これらを解消するために出来たのが「発生星系」の概念と、「恒星間航行技術を持たない生命体の保護」のルールだ。

 このルールにより生命が発生している星系は、自動的に異星人の干渉が禁止される。通常の星系は自由に植民が可能なのことと比べると、その違いは明らかだ。

 当然だが発生星系内は植民も全面禁止で、現地に知的生命が生まれて取り引きが成立しない限り、他星系からは何も出来ない。それどころか星系全体が自動的に「領域」となるため、無許可では星系内に入ることさえ出来なかった。

 そこへ不慮の事故とは言え飛び込んでしまったのだから、向こうの入領管理局は今ごろ大騒ぎだろう。

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