1:世話焼き飛行は損の元?! 05

「同じ群れ?」

「現在スキャン中……結果出ました。特徴のほとんどが一致、九九・九%の確率で同じ群れと推定します」

 要するに、同じということだ。

 だとすると……。

「彼ら超光速移動、出来たんだ」

 イノーラが言う。

「当然では?」

 どういう理屈でそういう結論になるのか分からず、視線で彼女に説明を促すと、姪っ子は話し始めた。

「彼らに遭難船が救われたという話は、さすがにご存知ですよね?」

「それは知ってる」

 小馬鹿にするような言い方が少々癪に障ったが、どうにかこらえる。

「ではお聞きしますけど、最寄の星系まで光速で、どのくらいかかりまして?」

 姪っ子の問いで、やっとエルヴィラは気がついた。

 ともかく広大な宇宙は、光速で移動しても隣の星系まで最低でも数年はかかる。だが救難信号を出すような船はだいたいが、一刻を争うような状態に追い込まれているわけで……とてもではないが、数年も待てない。

 一方で宇宙蝶のおかげで助かったという話は、たまに報告されている。その辺を考えると、宇宙蝶は遭難信号を受け取ったあと、超光速移動で助けに来たと考えるほうが自然だった。

「自力で瞬間移動する種族とか、いるもんね……」

 手段の違いはあれ、宇宙空間では超光速移動。それが銀河市民の共通認識だ。だから宇宙蝶が超光速移動しても、誰も気にしなかったに違いない。

 だがエルヴィラは、思考パターンがいまでも地球人に近いのだろう。子供の頃に見ていたテレビ番組その他のせいか、超光速移動というと、宇宙船しか出来ないイメージがあった。

「来ましたわよ。どうなさいますの?」

 イノーラに言われて考え込む。

 彼らとの「自在な意思疎通」は、現状では望み薄だ。伝え合いたいという意思は互いにあるが、それを可能にする手段がない。加えてこちらが送ったのは、恐らく「呼びかけ」と「救助」を意味するものだ。ならば向こうは、助ける気満々だろう。

 もちろん、助けてもらうこと自体はむしろありがたい。何しろ今この船は、エネルギー切れで身動きがとれないのだから。だがいくつか聞いた話のように、致命的な環境へ連れて行かれて、昇天してしまってはたまらない。

 それだけは何とか避けなければいけないが、どうすればいいのか。

 そのとき、エルヴィラは気づいた。目の前の姪っ子は、状況の割にやけに落ち着いていないだろうか?

「イノーラさ、心配じゃないの?」

「何がです?」

 どう聞いても慌てているとは思えない、そんな口調で返事が返ってくる。

「だから、あいつらにおかしな環境の惑星へ連れて行かれないか、ってこと」

 説明を聞いた姪っ子が、あからさまに見下した表情を見せた。

「おばさま、連れて行かれた惑星の統計を、見たことがありまして?」

「……ない」

 だいいちそんな統計、発表されていただろうか?

 やれやれといった調子で姪っ子がため息をつく。

「その調子だから、無駄な行動が尽きないのですわ。少しは学習なさればいいのに」

 一通り嫌味を言ってから、説明が始まった。

「銀河政府の遭難船統計を見るかぎりでは、連れて行かれた環境はすべて、重力や気温は私たちが生存可能なところです。ですから資料に嘘がないかぎり、心配はありませんわ」

「そうだったんだ……」

 イノーラがいつの間に資料を手に入れたかは分からないが、そういうことなら安心だ。それに余裕綽々の姪っ子の態度にも、納得がいく。

「だとすると彼ら、遭難してる船見つけては、一定の環境の星へ連れてってるってこと?」

「資料を見るかぎり、そうなりますわね」

 不思議な話だ。

「昔、あたしたちみたいな種族と、交流でもあったのかな……」

「可能性は高いかと」

 姪っ子の答えに、宇宙蝶を見ながら思いを馳せる。

 本当にそうだとしたら、かつてどんな物語が、そこにあったのだろうか?

 近づいてきた宇宙蝶たちは、最初は複雑な明滅を繰り返していた。おそらく、会話できると思ったのだろう。

 だがすぐ、こちらが例の二パターンしか返せないことに気づいたようだ。何度か片方のパターンを微妙に変えて発した後、船の周囲を取り囲んだ。次いで全方位モニターに線が描かれる。

「これ、何?」

「このくらい、ご自分で判別できるようになってくださいな。モニターが精神波を視覚化したものですわ」

 なるほどと思いながら、周囲に視線をめぐらす。どうやら精神波は、宇宙蝶同士をつないでいるようだ。

 それがさらに複雑に伸びていって、網の目のようになったところで、蝶たちが光り始めた。

「この生物は、こうやって一斉に超光速飛行をするんですわね」

 感慨深げに言う姪っ子の隣で、エルヴィラは慌てて操作する。

「大変、カメラカメラっ!」

 観測用カメラはまだ外へ出したままだから、急いで回収しないと置き去りになってしまう。いくら中古とはいえ、安くははないのだ。ボロ船をやっと買った身分には、余計な出費は辛い。

 どうにかカメラを回収したところで、宇宙蝶たちが光を増した。

「次元波を確認、瞬間移動します」

 イノーラの言葉と同時に、軽いめまいを覚える。が、それだけだった。

「ホントに移動、したの?」

「現在確認中……座標出ました。先程の場所よりおよそ四万五千光年移動、ネメイエス星系第四惑星軌道上です」

「よ、四万五千光年?」

 驚いて銀河系図を見ると正反対とまでは言わないが、相当離れた位置へ来てしまっている。

「帰り、どうしよう……」

 思わず口を突いて出たのは、そんな言葉だった。

 いくら超高速飛行が当たり前とはいえ、超長距離となれば時間も費用もバカにならないのだ。慣れたベニト星系まで、これではいつ帰れるか見当もつかなかった。

 イノーラのほうは、全く別のことに気を取られているようだ。

「なぜこの星系なんでしょう……? もっと近い場所に、似たような惑星は幾らでもあったはずですのに」

 わざわざこんな遠くへ連れてきたことに、納得が行かないらしい。

 当の宇宙蝶たちはまだこの船を運んでいる。どうも目の前の第四惑星に船を降ろす気らしい。

(ちょっとそれは困るなぁ……)

 大気圏突入は出来ないことはないが、何かと面倒だ。ましてやこんな形で強引にだと、船が破損しかねない。

「ごめんね、せっかく連れて来てくれたのに」

 謝りながら反物質エンジンを点火し、逆方向へほんの少し加速する。無重力で暮らすがゆえに、力の変動には敏感なのだろう。宇宙蝶たちが驚いたように瞬き停止した。

 目の前の惑星へ連れて行きたい彼らと、ありがた迷惑な自分たち。どちらも悪意はないだけに、伝わらないことがもどかしい。

 なにか少しでも……そう必死に考えるうち、思い至った。

 宇宙蝶は、銀河文明の標準的な救助信号によく反応する。これはつまり、信号の意味が分かっているということだろう。

 ――だとしたら。

 ダメ元で、信号を出してみる。ごく短い、単純な信号。銀河系では救助信号以上によく使われるもので、意味は「ありがとう」だ。

「おばさま?」

 不審に思ったらしいイノーラが訊いてきたが、エルヴィラは答えなかった。宇宙蝶たちに、目を奪われていたのだ。

 瞬きながら乱舞を始める、宇宙蝶たち。漆黒の闇の中、地球に良く似た蒼い星を背景に踊るさまは、幻想的で神秘的だ。

 その彼らが、口々に答えている。たくさんの光が、たくさんの「ありがとう」を形作る。

「通じた……」

 やはり彼らは以前、銀河文明のどこかの星と交流があったのだ。だがそれはいつの間にか忘れ去られてしまい、たまに出会う見知らぬ存在同士でしかなくなってしまったのだろう。

「……あの惑星、もしかすると昔、彼らと交流があったのかもしれませんわね」

 目の前の蒼い星に、姪っ子がそんなことを言う。

 ああそうか、とエルヴィラも思った。だから彼らは、ここへ自分たちを連れてきたのだ。

 データを見るかぎり、惑星は今は無人だ。だがかつて文明があったようで、数々の遺跡があるとなっている。

「あとで降りてみようか」

「ええ」

 珍しく毒舌応酬なしに、エルヴィラとイノーラの意見が一致した。

 外ではまだ、宇宙蝶たちが乱舞している。

「これも……通じるかな?」

 そんなことをつい口にしながら、エルヴィラは別の信号を送った。

 銀河系で「ありがとう」と並んでもっともよく使われるもので、意味は「幸運を」。危険な宇宙を旅する者たちの、標準的な別れの挨拶だ。

 宇宙蝶たちも、すぐに返してきた。「ありがとう」「幸運を」それが何度も何度も続く。

 やがて気が済んだのか、彼らは一ヶ所に集まり……輪を描いてから消えた。どこかへ跳んだのだろう。

 あとには何事もなかったかのように、暗い宇宙が広がるばかりだ。

「……ここの管轄政府に、手続きしなくちゃね」

「そうですわね」

 しばらく虚空を見つめたあと、二人は中継ステーションに向かうため、船を動かした。

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