1:世話焼き飛行は損の元?! 04
「このデータ、どこへ売る気ですの?」
イノーラが服――正確に言うと薄布を巻いた程度だが――を着て、戻ってきた。
これで流行の清楚な服でも着たら、地球ならモテるだろうに。姪っ子の姿にそんなことを思いながら、エルヴィラは答えた。
「もう情報屋と交渉して手配済み。思ったより高く売れそう」
「おばさまにしては、無難ですわね」
服に引っかかった黒髪を整えながら、姪っ子は言い返す。
「あたしがいつも、妙なことしてるみたいな言い方じゃない」
「違いますの?」
ああ言えばこう言うばかりで、本当にひねくれている。だが、責める気にはならなかった。
要するにイノーラは、これが楽しいのだ。
あまりにも幼いうちに親から引き離されたイノーラの、数少ない楽しみを、エルヴィラはやめさせようとは思わなかった。
「まぁどっちにしても、あと二、三日はここへ釘付けだしね」
「誰かさんのおかげで」
すかさず突っ込まれたが、エルヴィラはこれは無視し、宇宙蝶の映像を最初へ戻す。
「これ見てると、やっぱりお互いに、なんか話してる気がするんだよねぇ」
「状況から見て、話していないほうが不思議だと思いますけど?」
「珍しい、あんたがそんなロマンティックなこと言うなんて」
エルヴィラの言葉に、ワケの分からないことをという顔で、イノーラが説明し始めた。
「光り方に、ときどき同じパターンが出てましたわ。それも複数の間で、決まった順のやり取りで。これは意思疎通ではありませんの?」
姪っ子の言葉に慌てて解析をすると、言うとおり数パターンが確認された。
「よく見てたね……」
「普通は分かります。それにあの生物が遭難信号に反応するのは、今までの事例でよく知られていますわ。だとすれば互いに信号を送り合っていても、何も不思議ではないと思いますけど」
我が姪ながら頭の回転は本当に速いと、エルヴィラは感心する。
「いっそ、あたしたちも遭難信号でも出してみようか」
思いついて言ってみると、イノーラから雪原のごとく冷たい視線が帰ってきた。
「必要がないのに遭難信号を出すのは、禁じられてますわよ」
「冗談だって。でも遭難信号出せば、あの蝶たち寄ってくると思うんだよねぇ」
まぁ実際にはイノーラの言うとおり、その信号は出せない。どこかの誰かが受信したら大騒ぎだ。
ならばそれに似た、何か違うものを使うしかないわけだが……さて何があったかと、エルヴィラは考え込む。
答えを導き出したのは、イノーラのほうだった。興味を持ったらしい。
「テスト用の通信帯で、遭難信号を出してみます?」
確かにその方法なら、クレームは来ない。万が一どこかの誰かが受信しても、機体に無茶をさせたので念のためにテストした、と言えば問題ないだろう。
「やれる?」
「おばさまじゃあるまいし、出来もしないことを言ったりしませんわ」
さっき服のことを言った腹いせだろうか。今日のイノーラはやけに突っかかる。
(まぁ、いいんだけどさ)
ひとたびどこかの惑星なりステーションなり、ともかく他者のいるところへ出たなら、エルヴィラの独壇場だ。
頭は抜群にいいが、どうにも社交性に欠けるイノーラは、交渉や駆け引きが苦手だった。良くて折り合いがつかず決裂、最悪の場合は言ってはいけないことを次々指摘して、相手を怒らせてしまう。それを姪っ子は自分でも分かっているのだろう。他人に対しては信じられないほど大人しい。典型的な内弁慶だ。
これもペットとして飼われていた弊害だろうと、エルヴィラは思う。
「通信帯チェック完了、信号、送信開始」
イノーラの淡々とした報告があって、信号が流された。
「どうなるかなー」
「どうにもならないかもしれませんわ」
相変わらずの掛け合いをしながら、観測用カメラからの映像を見守る。
意外にも、事態が動くのは早かった。観測用カメラに映る宇宙蝶が、いくらも経たないうちにちかちかとまたたき始める。
「遭難信号に反応するのは、これでキマリか」
これも記録してあるから、さらにプレミアをつけて売れるはずだ。
「それで、このあとどうするかは考えてありますの?」
「なーんにも」
平然と言ってのけたエルヴィラに、イノーラがあからさまな軽蔑の視線を返す。
「おばさま、どうしてそうやって何の計算も無いまま、コトを進めるんですの?」
「そりゃ、おもしろそうだから」
それ以外の理由など、エルヴィラにあるわけもない。
「行き当たりばったりにも、限度ってものがありますわ」
「いいじゃない、それでいつも上手くいってるんだから」
これは事実だった。計算高いイノーラと違い、エルヴィラは万事出たとこ勝負なのだが、すべて動物的カンで切り抜けてしまう。
姪っ子はそれが癪に障るようだが、気にするエルヴィラではなかった。
「あ、彼らこっちへ来るね」
観測用カメラに映る宇宙蝶の群れが、膜を広げて移動し始める。
「ここへ来るのに、どのくらいかかるかな」
「しばらくかかりますわ。彼らは宇宙船ほど、スピードは出ませんから」
「それもそうか」
恒星風を利用したとしても、宇宙は広い。移動するにはそれなりの時間が必要だ。
「今のうちに、少しでも言葉が分からないかなぁ」
「本当にその頭、飾りでしかありませんのね」
言いながらイノーラが、記録データを動かした。先ほどの、恒星風に宇宙蝶の子供が飛ばされたところが、映し出される。
「ここですわ」
スローで再生しながら、イノーラが説明し始めた。
「ここは二つのパターンしかありません。状況も限定されてますから、かなり絞り込めるかと」
たしかに姪っ子の言うとおりだ。それぞれかなり生態が異なるエイリアンだが、こういう危機的状況で、百万光年先の星系の話を始めることは、さすがにありえない。
ましてや飛ばされたのは子供だ。
「この場合たいていは、『助けて』って叫ぶか、保護者を呼ぶかだろうなぁ」
実際、蛍光パターンも二つしか出ていない。
「どちらがどうとは特定は出来ませんけど、助けを求める信号だと思いますわ」
イノーラも同意する。
とはいえ宇宙は広いわけで、中にはこういう状況で「もっとも信頼する相手に罵詈雑言を浴びせる」種族も居るから、断定は出来ないのだが。
「じゃぁ彼らが来たら、直接訊いてみよっか」
「来なくても、訊けると思いますけどね」
言葉の意味が分からず考え込んだエルヴィラを、「こんな事も分からないのか」という瞳で、イノーラが見た。
「先程と同じように遭難信号の帯域で、このパターンを流せば済む話です」
姪っ子の言葉に、あっと思う。言われてみればその通りだ。
「でも向こうは光だよ。それでだいじょぶなのかな」
「出来ないことは言わないと、ついさっきも言いましたわ。もう忘れるなんて、脳が老化したんじゃありません?」
毒舌を次々と吐き出すイノーラは、なんとも楽しそうだ。
「そもそも彼らは、私たちの出した信号に反応していますのよ? なのになぜ、次は反応しないと思うのか、その根拠こそ聞かせていただきたいのですけど」
こういう理屈での論戦になったら、この姪っ子にはかなわない。
「じゃぁそういうことで、早く流そ」
エルヴィラは早々に議論を打ち切り、実践へと話を持っていった。
思う存分言えなかったイノーラは、ずいぶん不満げだったが、じき気持ちを切り替えたらしい。華奢な指が操作盤の上を舞った。
「どうなるかな~」
「さっきと同じことを……語彙数が少なすぎますわ。やはり脳が老化し始めたのでは?」
「はいはい。次のステーションででも考えてみる」
言いたい放題の姪っ子にぞんざいな返事をしつつ、事態を見守る。
宇宙蝶たちは、信号を受け取ったのだろう。群れのどれもが、さらに激しく瞬きはじめた。
「なんか、驚いてるかも?」
「ふつうは驚きますわ。彼らにしてみれば、そのあたりのカブリ虫が喋ったようなものかもしれませんし」
「その例え、ヤメて……」
さすがに白旗をあげる。
前述のカブリ虫は、要するに地球産のゴキブリで、いま銀河系で大問題になっている。どうもどれかの宇宙船にもぐりこんで、他の星へたどり着いてしまったらしい。
放射線にも毒物にも強く、繁殖力旺盛で餌も選ばず僅かな隙間でOKと、ある意味で最強生物のアレは、いまあちこちの星で爆発的に増えている。最近では自分たちのような高知能ペットと並んで、地球産の代名詞なくらいだ。
あまりの繁殖ぶりに、地球を罠にはめた例のエイリアンがひどく非難され、駆除費用を肩代わりするハメになったとも聞く。
そんなものをイノーラが平気なのは、見たことがないからだろう。地球は四歳の時に離れているし、買われた先はさしものアレも生存できない環境だった。
実際に見たらどんな反応をするだろう、などと思いながら、モニターを見続ける。
が、次に起こったことは予想外だった。
「――消えた?!」
「おそらく違います。方位〇・二・五に反応……宇宙蝶の群隊を確認」
慌ててカメラを振り向けると、たしかにあの姿があった。
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