1:世話焼き飛行は損の元?! 03

「ごめん、やっぱその格好ヤメて。精神的にきっつい」

「え、そうなのか?」

 情報屋が、心底「意外」という表情になった。やっぱり微塵も、自分のやっていることに疑いを持っていなかったのだろう。

 本当はこういうことを教えるのも情報料を取れるんだけど、そう思いながらエルヴィラは口を開いた。そのくらい、バニーガールな熊オヤジの破壊力は凄まじかったのだ。

「大抵の地球人、それ見たら倒れかねないから」

「なんかよく分からんが、まぁそういうことなら変えるよ」

「あ、じゃぁ前回のにして」

 思わずエルヴィラはリクエストを入れた。もしかしたら料金を取られるかもしれないが、またおかしな格好を見せられるよりはマシだ。

 だが幸い、情報屋は代金のことは口にしなかった。リクエストが嬉しかったらしい。

「おっけー、ならそれにするわ。ちょっと待っててくれな」

 言葉と同時に映像が切れ、エルヴィラは大きく息を吐く。あの熊オヤジなバニーガールを見なくて済むというのが、こんなにありがたいものだと思わなかった。

「お待たせー」

 少し経って映像が入り、エルヴィラは胸を撫で下ろす。茶目っ気を出されて変なことをされたらどうしようと心配していたが、映ったのはリクエスト通りの格好だ。これなら精神的なダメージは無い。

 映し出されたのは金髪に翠の目、なのに肌は浅黒く、髭を生やし――何か髭に思い入れがあるのだろうか――腰に長い布を巻いただけの、割合精悍な中年男性という、やはり組み合わせ的にはどこか間違った姿だ。ただそれでも熊オヤジのバニーガール姿に比べれば、破壊力はゼロと言ってよかった。

 情報屋の種族は変幻自在、どんな姿でも取れる。何でもかつて大きな星間戦争の際に、生き残りを掛けて種族全体を改造進化させ、この能力を得るに至ったのだそうだ。そして敵対するものに敵味方の区別がつかないようにさせ、同士討ちを多発させて戦争終結に持っていったのだとか。

 その消極的かつ種族改造という手法は手段としてどうなんだ、と地球人のエルヴィラは思う。

 だがいずれにせよ戦争はそれで終わりを迎え、彼らは今は銀河の中で、調停者や外交官として活躍していた。

 なにしろ変幻自在だから、相対する相手と同じ姿がすぐ取れる。これが交渉の場で親近感を持たせるのにはとても有効で、彼らが間に入ると、話がまとまる率が非常に高いのだ。

 ただ目の前の彼は、そういう「仲介者」は性に合わないらしい。交渉の場で有利に立つべく能力を利用するところまでは同じだが、その果実はもっぱら自分のために使っている。そして好意を持った(ビジネス的にだが)エルヴィラたちには、能力を存分に使って破格の待遇をしてくれているわけだが……。

 その結果が、時々ものすごい破壊力を持つのが困りものだ。

「こういうのが好みなのか?」

 見た目は別人になった、好奇心いっぱいの顔で問いかけてくる情報屋に、エルヴィラは答えた。

「好みってわけじゃないけど、地球人感覚的にはまだアリかな」

「へぇ、覚えとくわ」

 これはおかしな知識を植えつけたか……そう思ったが、エルヴィラは何も言わなかった。彼が地球人と関わることは当分無いだろうし、そうなれば改めてこっちに訊きにくるだろう。

「で、何の用なんだ?」

 唐突に言われて首をひねる。熊オヤジバニーガールが頭の中に居座っていて、考えがまとまらない。

 情報屋が続けた。

「そっちから連絡してきたんだから、なんか知りたいことがあるんだろ?」

「あ、そうだった」

 やっと思い出す。宇宙蝶の売り先のことを訊こうと思っていたのだ。

 エルヴィラは今までのいきさつをかいつまんで話した。

「そういうわけで、売り先を探してるの。どこか知らない?」

「んー、だったら俺が売ってやるよ」

 珍しく情報屋のほうから、仲介を言い出す。

 エルヴィラは警戒しながら、だがそれを見せないように茶化して問いかけた。

「どういう風の吹き回し? というか、仲介料ふっかけられても、あたしたち払えないわよ。貧乏なんだから」

「知ってるって。てかあんたから毟り取ったって、タカ知れてる。取るなら持ってるとこから取るさ」

 こうもあっけらかんと本当のことを言われては、言い返す気にもならない。

 苦笑しているエルヴィラへ、情報屋が続けた。

「実はさ、前々から宇宙蝶を追っかけてるヤツが客にいるんだ。そいつなら絶対高く買うぜ」

 なるほど、と思う。

 その相手が誰かは知らないが、面識の無いエルヴィラたちでは売りようが無い。だが情報屋が間に入れば確実に売れる。

 売り物は欲しがっている人の居るところへ。商売の鉄則だ。

「俺の取り分、二割でいいぞ」

「気前良すぎて気持ち悪いんだけど」

 不審に思って詳細を訊くと、何でもその相手、どこぞの星の報道関係なのだという。

「宇宙蝶の特集やりたいらしくて、特ダネを血眼になって探してるのさ、あいつら。だからそういうのなら高く買うぜ。物によってはアカデミーの十倍出すとさ」

 これなら取り分が二割でも、情報屋にとって十分な儲けだろう。エルヴィラたちにとっても、けして悪い話ではない。

「じゃぁ、お願い」

「まいどありー。いつもどおりの契約書で、金額のところだけ書き換えればいいよな」

「いいわ。でも誤魔化さないでよ」

「しねーよ。あんたらにヘンなことしてヘンな噂が立ったら、珪素系の情報が入らなくなる。俺に取っちゃ致命傷だ」

 情報屋がエルヴィラたちに親切なのは、これがいちばんの理由だ。

 この銀河は炭素系と珪素系、大きくこの二種類に分けられる。

 例えば地球の生物は、すべて炭素から構成されているので炭素系に分類されている。一方の珪素系は高温高圧下で発生することが多い、岩やガラスのような珪素で構成された生物だ。そしてこの両者、特性が違いすぎるためにどうにもソリが合わず、けして仲が良いとは言えなかった。

 一方でエルヴィラたちはペット時代、珪素系が飼い主だったため、炭素系にしては珍しく珪素系に知己が多い。

 情報屋が言っているのは、その辺の事情だった。

「あんたから紹介してもらった連中、今じゃ俺の大事な情報源だからなー。足元見たら俺のほうにツケが来るって」

「まぁそうでしょうね」

 エルヴィラたちは本来なら、足元を見られて当然の弱小商人だ。それが何とかやっていけているのは、この辺のアドバンテージが大きかった。

「契約書送ったぞ」

「えぇっと……あぁ来た来た。今サインして情報と一緒に返すから」

 銀河では、やり取りはすべて契約書が基準だ。何しろそれぞれが独自の感覚と文化を持っているから、こうやって第三者からも確認可能な形にしないと、何が起こるかわからない。

 とはいえもう何年も付き合って、信頼関係ができている相手同士だ。契約といっても型通り、簡単に交わされる。あとはこれを銀河政府の契約センターに送って保存してもらい、成立だ。

「うっひょ、すっげーな。よくこんな映像撮れたな」

「偶然偶然」

 謙遜ではなく事実なので、ただそれだけ返す。

 情報屋のほうはそれをどう取ったか分からないが、笑みでエルヴィラに返した。

「こんだけのもんなら、ブラックホールに突っ込むつもりで高く売ってくるから、期待しててくれ。んじゃな」

 そこで情報屋からの通信は切れた。一刻も早く相手と交渉しようというのだろう。

(これなら予想以上の臨時収入かな?)

 あの情報屋、ちゃらけた態度だがあれで案外、儲けの見積もりはシビアだ。その彼が「期待していい」というのだから、相当自信があると見ていい。

 いずれにせよあとは彼の腕次第で、こちらができることはもう残っていない。エネルギーが補充できしだい、最寄りの中継ステーションへ行って、宇宙船の整備の算段をつけるべきだろう。

 そんなことを考えていると、ドアが開いた。

「チェック終了しましたわ。もともと老朽化している部分以外は、目立った損傷はありません」

 言いながら入ってくる姪っ子を見て、エルヴィラはため息をつく。まただ。

「イノーラ、その格好はダメって、前にも言ったよね」

 危険がないことが分かったからだろう、スペーススーツを脱いで身軽になっている。

 知的という言葉がよく合う端正な顔立ち。エキゾチックな黒髪と黒い瞳。スタイルも悪くはない。もう少しボリュームがあってもいいとは思うが、これは好みだろう。

 だが問題は、そういうことではなくて……。

「ベッドルームとバスルーム以外は、服を着なきゃダメ」

「でもおばさま、服というのは防護や保温、あるいは装飾のために着るものですわ。ここは安全で快適ですし、飾る必要もありませんから、着る必要を認めません」

 ペットとして育ったいちばんの弊害は、これではないかとエルヴィラは思う。

「だからさ、あたしたちもう、ペットじゃないんだから。動物みたいなマネやめなって」

「よく分かりませんわ。服を着るのが知的生命の条件なら、わたしたちの飼い主だったベニト人は、知的生命ではないということになります」

 イノーラの言うとおり、二人の飼い主だったベニト星人は服を着ない。堅牢な外殻を持つ珪素生命体なので、そもそも服を着る必要がなかった。

 納得しそうのない姪っ子にエルヴィラは頭を抱えたが、上手い説明を思いつく。

「ともかく着なきゃダメ。地球人のその格好は、ベニト人がボディペイントせずに外へ出るのと同じなんだから」

 イノーラの顔色が変わる。彼女の中で何かが繋がったらしい。

 チャンスを逃さず、エルヴィラはさらに畳み掛けた。

「それにそんな格好してるの見たら、地球の母さんたちが泣くよ?」

 先ほどの言葉と合わせて効いたようで、イノーラは硬い表情のまま身を翻し、自室へ戻った。

 そんな姪っ子の後姿を見ながら、エルヴィラは腹立たしさを覚える。

 イノーラにではない。あの子をそうさせてしまった、いろいろなことに対してだ。

 金魚か何かのように、作られた小さな環境の中で食べ物をもらい、やることすべてを鑑賞される生活。エルヴィラは頑として脱ぐのを拒んだために免れたが、服さえも与えられない、まさに「ペット」の扱い。

 幼かったイノーラは割と簡単に慣れてしまったが、それなりの年齢だったエルヴィラにとっては、それらは屈辱でしかなかった。

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