1:世話焼き飛行は損の元?! 02

「あの針路なら、もう大丈夫ですわね」

「……だね」

 エルヴィラは船体を停止させながら、イノーラの言葉に同意した。

 宇宙蝶が助かったのは嬉しい。だが、少し複雑な気分だ。

 いくら斥力場を利用したとはいえ、自力であれだけ針路を変えられたのだ。エルヴィラたちの行動は要らぬお節介、大きなお世話だった気がしてくる。

 イノーラは、違う意味で嬉しそうだった。

(あたしをいじめる口実ができたのが、嬉しいんだろうなぁ)

 エルヴィラの目と、イノーラの冷ややかな微笑みを浮かべた目とが、バイザー越しに正面から合った。

「これに懲りて、今度から無茶はやめていただきますわね、お・ば・さ・ま」

「考えるだけは、考えとく」

 気のない返事をしながら、エルヴィラは船体の状況に目を通す。エネルギーが泣きたいのを通り越して、笑いたくなるくらいに空っぽだ。反物質エンジンを動かす程度には残っているが、星間航行はとてもムリだった。

 『空間が空間として存在するためのエネルギー』を利用するシステムが生きているから、この船が〝宙飛ぶ棺桶〟になることはない。だがここまで使い切ってしまうと、航行用のエネルギーを確保するには、それなりの時間が必要だ。

 船体全体にも、相当なガタが来ている。だが元から〝粗大ゴミ〟状態のボロ船なことを思えば、これはむしろ損害が少ない部類だろう。

「何日か、この宙域に足止めってとこか」

「計算の苦手な誰かさんのおかげですわ。でも、よろしいんじゃありません? そのあいだ思う存分、観察記録が取れますもの」

 イノーラの毒舌は絶好調だ。

「……船体の点検しなきゃ。イノーラ、あなた機関部お願い。あたし外殻から見てくから」

「冗談じゃありませんわ。おばさまに任せたら、船体の大穴も見逃します。恐ろしくて任せられません」

 いつもならこういう事態のあと、なんやかやと難癖つけてエルヴィラに事後処理をすべて押し付ける姪っ子が、意外にも珍しいことを言い出す。

「そのまま座って何もしないでください。おばさまが動くと、かえって仕事が増えますから」

 素直じゃない子だ、とエルヴィラは思った。

(てかイノーラがその気なら、あたしの行動は止められたんだし)

 副操縦席からでももちろん操縦できるし、なにより船の細かい制御は全て彼女が握っている。彼女の協力なしでは、この船は動かない。

 不完全燃焼とはいえこの策がやれたのは、イノーラが沈黙のうちに同意した証拠だった。

(理由は……あたしと同じかな)

 あの小さい宇宙蝶に、イノーラも自分を重ねたのだろう。

 売られたとき、イノーラはわずか四歳だった。引き離されるのは相当辛かったはずだ。

(でも絶対、認めないだろうな)

 そういう徹底的にひねくれた子なのだ。十年以上に及んだエイリアン・ペットの生活が、ここまでひねくれさせたのかもしれない。

「そうそう、部屋にはまだ戻らないでくださいね。汚染されている可能性がありますから」

「はいはい」

 どこか楽しそうな姪っ子に逆らわず、エルヴィラは白旗を揚げた。

 さっそく点検に行こうというのだろう、イノーラが立ち上がり、ドアのほうへ歩き出す。

「……計算してみましたがあの星間生物、斥力場がなければ十分な針路変更は不可能でしたわ」

 通り抜けざまに姪っ子が言った。

「まったく演算せずに解を得るなんて、不条理にもほどがあります」

「珍しい、あんたが褒めるなんて」

「褒めてなどいません。なんの計算もない行動は、危険だと言ってるだけです」

 本当に素直じゃない子だと、エルヴィラは思った。


 イノーラにああ言われた以上、何かするわけにもいかず、エルヴィラは操縦席に座ったまま宇宙蝶の映像を再生していた。

 自慢のジンジャーブロンドを、本当は梳かしたい。シャワーも浴びたい。だが姪っ子が後始末に奔走しているのでは、自分だけくつろぐことはできなかった。

 臨場感たっぷりで、全方位スクリーンに宇宙蝶の群れが大きく映し出されている。膜や身体の一部が光る様子は、昔読んだおとぎ話の妖精にも見えた。

(これなら、案外高く売れるかも)

 宇宙蝶は割と知られた存在だが、漂流しかけの船が出会うケースが多いためか、しっかりした記録が意外に少ないという。ならば恒星フレアで飛ばされるところまで映っているデータは、かなり貴重だろう。

 売り込み用の映像にどれを使おうかと考えながら、チェックを入れていく。

 宇宙蝶の群れの観測は、船自体が観測カメラと連動して、自動で継続している。ただ、距離が開いてしまったため、データの質は期待できなかった。

 ――この辺が潮時かもしれない。

 そう判断したエルヴィラは宇宙蝶の映像の再生を止めて、とある場所へと連絡を試みた。

 相手は、懇意にしている情報屋だ。一匹狼で胡散臭いところもあるのだが、その情報の速さ広さ正確さは折り紙つきだった。繋がらなかったら面倒だな、そんなことを思いながら応答を待つ。だが幸い、さほど待たずに相手が出た。

 瞬間、エルヴィラは目の前が真っ暗になる。そしてほぼ同時に響き渡る、やたらノリのいい明るい声。

「はぁいカワイコちゃん、今日はどんなご用かなー? ……ってどしたんだい?」

 声の主が心底不思議そうに言ったが、映った映像にエルヴィラが受けたダメージは計り知れなかった。

 スクリーンに大きく映し出された相手は熊のごときむくつけき、無精髭まで生えた無頼漢オヤジ。

 まぁそこまではいい。だが今回は服装が酷すぎた。

 何しろ着ているのが、黒いビスチェに網タイツ、加えてご丁寧に頭に長い耳――どうみてもバニーガールだ。きっと後ろを向いたら、お尻に丸くてふわふわの尻尾もあるに違いない。

 確実に商談の格好としては間違っている。

 というか、ただひたすらに気色悪い。筋骨隆々、無精髭の毛深いオヤジが扮するバニーガールを正視出来る地球人など、果たしてどれだけいるのか。

 エルヴィラはなるべく画像を見ないようにしながら、絞り出すように返した。

「そのカッコってば何……しかも、その言い方もおかしいし」

 この情報屋、エルヴィラたちと縁を持ったのがきっかけで、地球の文化に興味――売り物になると思ったのだろう――を持ったらしい。

 で、研究に余念がないのだが、そうやって得た知識がどれも何か微妙におかしかった。

「えー? この間手に入れた映像じゃ、こう言ってたぞ?」

「その言い方、ビジネスじゃ使わないってば」

「おっかしいなぁ、地球人の若い女性相手にはこう言うと喜ぶ、ってなってたのに」

 一体何を見たのだろう? モテるためのノウハウ集か、あるいは映画か。少なくともビジネスマナー集ではないのは確かだ。

「うーん、やっぱアンタに教わったほうがいいんかな?」

「タダじゃイヤ。で、もう一回聞くけど、その服装なに?」

「ん? いいだろー」

 さっきの言葉と同じように、どこかで情報を仕入れて真似してみたのだろう。本人はいたくご機嫌だ。

「地球じゃこういう服、人気あるんだってな」

「……一部だけならね……」

 確かに局所的には、喝采を浴びる「人気の」服装だが。それにしたって中身が熊オヤジでやられたら、むしろ精神公害だ。

 当の本人は楽しそうに続けていた。

「あと俺、そっちで言う男性に当たるだろ。んでこういう筋肉の発達した男性が地球じゃ女性に人気あるっていうから、組み合わせてみたんだよ。なかなかだろ?」

 頭がくらくらしてくる。

 彼に悪気は全くない。それどころか、エルヴィラに対してかなり親切と言っていい。

 何しろ宇宙では種族的な違いが大きすぎて、相手に合わせることが「できない」。だから相手に合わせなくても、なんら問題がない。そういう常識の中で、彼は地球人風の格好をしたり言い回しをしたりするのだから、破格の待遇だ。

 だがそうは言っても、やはり熊オヤジのバニーガールは願い下げだった。

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