Space Shop! ~売られた地球を買い戻せ~
こっこ
1:世話焼き飛行は損の元?! 01
光の筋となって、周囲を星が流れていく。
銀河系の船ならどれも標準装備の全方位スクリーンは、宇宙の旅には最適だ。まるで自分が船になって、飛んでいる気分にさせてくれる。
だが今のエルヴィラは、そんな気分ではいられなかった。目の前に次々と浮かび上がるデータは、どれも危険なものばかりだ。
「イノーラ、エネルギーの残量どのくらい?」
「少々足りませんわね」
六歳違いの姪っ子が、かなりシビアな状況にもかかわらず冷静に答える。
表情はスーツの遮光バイザーに遮られて、今は見えなかった。でもイノーラは知的で端正な顔を崩さず、冷静なまま、情報を的確に拾い上げているはずだ。
ぴったりしたスーツに浮かび上がる身体の線はどちらかと言えば細く華奢だった。そしてやはり細い指が、膨大な船の機能操作を次々とこなしていく。
「生命維持装置なんかはできるだけ止めて、浮いたエネルギー回しちゃって。照明も切っていいから」
「そんな初歩の初歩、わざわざ言っていただかなくても、とっくの昔にやってますわ」
この状況での最優先事項は、恒星嵐の荷電粒子と放射線を防ぐことだ。船の水だの備品だのは、生き残ってから考えればいい。
「このオンボロ船、保つといいんだけど」
さっきから耳がどうかなりそうなほど、しつこく警告音が鳴りっぱなしだ。
「そう思うのでしたらおばさま、こんなこと、なさらないでください。恒星嵐は回避するもので、突っ込むものじゃありませんわ」
「だから、その『おばさま』はダメだって、いつも言ってる!」
針路を調整しながら、エルヴィラは怒鳴り返す。もう少し歳を取ってならともかく、今から『おばさま』などとは呼ばれたくない。
目標のモノとの距離が狭まってきた。
「さすがに大きいな……」
全長はエルヴィラたちの宇宙船よりあるだろう。だがそれでも、エルヴィラたちが遭遇した群れの中では、いちばん小さい個体だ。
少し真ん中が膨らんだ細長い中心部と、そこから広がる四枚の光る膜のようなもの。
どことなく地球にいた蝶を思わせる飛行物体は、宇宙空間で生きる生命体だ。詳しい生態は不明だが、大きな膜を帆のように使い、風の代わりに光子や宇宙線を捉え、その光圧を〝追い風〟として集団で宇宙を旅することで知られていた。また、それなりの知能があるらしく、遭難信号を出した宇宙船が近くの惑星に連れて行かれた、という話を時々聞く。
(その連れて行かれた先が、ちょっと問題だけどね)
彼ら〝宇宙蝶〟から見れば、宇宙船と乗組員の種族などまったく区別がつかないのだろう。中には致命的な環境を持つ惑星へ連れて行かれてしまい、全滅した実例もある。
データをチェックしていたイノーラが、忠告してきた。
「このままでは、間もなく追い越しますわよ」
「分かってるってば!」
エルヴィラはエネルギーの残量を見て、とっさに反物質エンジンのほうを逆噴射させた。主力の推進器として使われることはないが、こういう急制動には便利だ。
それに、ここで主エンジンを使ったら、あとで間違いなくエネルギー切れになる。
船体を軋ませながら船が速度を落とした。追っていた宇宙蝶の近づき方がゆっくりになる。
「待ってなね、いま助けてあげるから」
ぴったり寄り添うように船の位置を調整しながら、小刻みにエンジンを逆噴射。ほぼ等速で並ぶ。
宇宙蝶は飛ばされた直後は、身体の一部をせわしく光らせていたが、今は沈黙したままだ。
自力で針路を変えられるはずだが、その様子も気配もない。諦めたのか、気絶――そんな生理現象がこの生物にあれば、の話だが――したのか。
死んだ可能性もあるが、それは今は考えないでおく。
この小さい個体は、たぶん子供だろう。さっき起こった大規模な恒星フレアをまともに食らってしまい、あっという間に吹き飛ばされて、群れから離れてしまった。
しかも運の悪いことに、その針路が近くの巨大ガス惑星へ向かっている。このままでは惑星の強大な重力に捕まって、大気圏で燃え尽きるか、重力で圧死だ。
「位置、速度、共に微調整します……調整完了、保護シールドの広域化を開始」
全方位スクリーンに、視覚化された保護シールドが広がって、宇宙蝶も包み込む様子が映る。
「針路〇・〇・五、斥力ボード出力上げて」
「出力、上げました」
船と同じシールド内に入った宇宙蝶の子を押し上げるように、エルヴィラたちから見て上方向へごくゆっくりと加速する。本当は一気に針路を変えたいところだが、宇宙蝶の生体構造を考えるとできなかった。無重力の世界で生きる生物に、そんな法外なGを掛けたら、どうなるか分からない。
(我ながら、馬鹿げてるな)
一瞬、そんなことをエルヴィラは思う。
(あたしたち、彼らを観察しにきただけのはずなんだけど)
ここまでして助ける義理は、ひとカケラもない。売れる記録データが取れればOKなのだ。
だがエルヴィラには、見捨てられなかった。飛ばされた小さい個体と、追いすがろうとする大きい個体。その哀れな様子が、昔の自分たちと重なったからだ。
エイリアンにペットとして売られて、宇宙港から旅立ったあの日、イノーラの母親が見送りに来た。
まだ小さかった姪っ子は手を伸ばし、泣きながら母親を呼び続けていた。それを無理やり抱きかかえて、エルヴィラは宇宙船に乗り込んだのだ。
本当はイノーラだけでも、一緒にいさせてやりたかったのに……。
「おばさま、もうエネルギーが」
姪っ子の警告で、エルヴィラは我に返る。
「広域化した保護シールドに、予想以上に取られてますわ。その影響で必要な推力が得られていません。このままでは宇宙蝶がシールドにぶつかって、つぶれる可能性が」
「まずいかな……」
飛ばされた宇宙蝶に等速で並んで、シールドで船と一緒に包んで針路を変える。それが、エルヴィラたちが立てた策だった。
高速で動いているものを止めるのは容易ではない。けれど針路を変えるだけなら、それほどでもない。それに宇宙は広いから、ほんの少し変えれば、ガス惑星の軌道に達する頃には大きく逸れる。
だが必要な推力が得られなければ、どうしようもなかった。
「出力上げられる?」
「上げられますけど、その場合には五分以内に、保護シールドか船体の強度保持システムを失います」
どちらを失っても、このボロ船には致命的だ。しかも今は、恒星嵐の真っ只中にいるのだ。
この際、何を捨てて何を取るべきか。
何もしないまま諦めるつもりはなかった。
(そんな胸糞悪いこと、何があってもお断り!)
やれるだけやってからでなければ、明日からの寝覚めが悪い。明日があれば、の話だが。
「保持システムのエネルギー、推力に回して」
「船体を壊すおつもりですの?」
イノーラの声が氷原のように冷たくなる。
「完全に切りさえしなきゃ、一分くらいなら保つって。その間に針路変える」
「よくそんな、計算もナシのあやふやな根拠で、こんな芸当ができますわね……保持システム、五秒後に下げます」
そのとき、宇宙蝶が動いた。消えていた光が戻り、膜の位置が変わる。
エルヴィラは、とっさに叫んだ。
「作戦変更、保護シールドを通常に! 斥力場、星間生物との間に低出力展開!」
再び動き出した宇宙蝶が、斜めにした帆に恒星嵐を受け、さらに斥力場を利用して針路を変える。船との距離が大きく開いていく。
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