不正軽油キャンプ
現場確認から産対課に戻ると仙道がじりじりと待っていた。
「県税事務所が不正軽油製造所のローラー(一斉点検)をやるそうだ。市の環境サイドの協力を要請してきたが、おまえも行ってみるか」
「どうして県税事務所なんですか」喜多が言った。
「おまえ税理士のせがれのくせになんにも知らんのだな。軽油引取税は県税なんだよ。不正軽油でも軽油として販売すれば課税されるんだよ」
「じゃ不正軽油は脱税軽油ってっことなんですね」
「俺にそんなこと聞くなよ。とにかく県税としては税金を払っていない軽油が不正軽油ってことになるんだよ。それから大気環境課も参加するそうだ」
「どうしてですか」
「産廃以外何にも知らないんだな。ダンプに不正軽油を入れると排ガスが汚くなるから大防法(大気汚染防止法)違反なんだよ」
「そっちは税金を払ってもきれいにならないですね」夏川が言った。
「まあそういうことだな。うちは不正軽油を作ろうが何を作ろうが、そこから出る産廃を適正処理してくれればいいってことだ」
「わかりました。行ってきます」伊刈が答えた。
「チームゼロと一緒にやってくれ。ゼロからは寺山と黒枝が行くからな」
県税事務所と犬咬市環境部の合同検査チームが最初に向かったのは海岸だった。といっても不法投棄のあった扇面ヶ浦ではない。そこから南に下った足釣浜海水浴場の後背の空き地にキャンプがあるという情報を県税が持っていた。キャンプとは不正軽油の移動式製造所のことだった。脱税の摘発を免れるために車載できる製造設備で転々と場所を移動し、頻繁に県境をまたぐのだ。
「ここにあったはずなんだけどなあ」県税事務所の的場主査が何もない空き地を見渡しながら残念そうに言った。
キャンプは既に撤収した後で何もなかった。砂丘に残った油のシミが僅かに製造現場だったことを伺わせた。
「内偵を察知されて逃げたんだと思います。これが一週間前に内偵したときの写真なんです」そう言いながら的場主査は何枚かの写真を伊刈に見せた。伊刈が県からの出向者だと知っていて、同僚扱いにしている様子だった。写真にはウィング車に積んだままの製造設備を連結した不正軽油製造キャンプの全景が確かに写っていた。
「ごらんのとおり小型の軽油製造装置を車に積んでいるんです」
「キャンプにするのは課税を免れるためですね」
「そうなんです。県境をまたいで逃亡すれば、なかなか県税は追いかけきれませんからね」
「こういうキャンプは多いのか」
「うちの県はダンプや建設重機の燃料需要が多いですし、県内の製油所から原料油や中古ドラム缶も入手しやすいですから不正軽油の需給条件がそろっているんです」
「つまり不正軽油事件もピッチの不法投棄事件もまだまだ続きそうだってことか」伊刈は的場の分析に感心した様子で言った。
「はい」
「いっそ国税にしちゃえばいいじゃないですか」喜多が口を挟んだ。
「そういう意見は確かにありますが、県にとっては貴重な税収ですから脱税が多いからといって安易に手放すのはどうでしょうか。ガソリンなどの揮発油税は蔵出税といって製油所にかける国税なんです。軽油は地方の税収を増やすために消費地で課税する引取税にしたんです」的場がまじめに答えた。
「わざわざ税制を複雑にしてそれが結果的に抜け道になってるってことですか」喜多が鋭い指摘をした。
「まあ、そういう面もないことはないです。石油税は確かに複雑です」
「さすが税理士の卵らしい観点だな」伊刈が冷やかすように言った。
「ほんとはピッチはどう処理するのが正しいんですか」喜多が的場に言った。
「さあそっちは専門外だから」
「適法に処理できる施設は県内にはありませんよ」的場の代わりにチームゼロの黒枝が答えた。
「県内に一か所も?」
「ええそうです。硫酸ピッチはA重油と灯油を混合して不正軽油を製造するときの副産物でPH1程度の強酸性廃棄物です。性状としてはタールと濃硫酸の混合物のようなものです」
「だったら廃油処理施設で処理できるんじゃないですか」夏川が言った。
「水と反応すると高濃度の亜硫酸ガスを発生させる有毒性の高い廃棄物なんでどこも嫌がるんです。県内に受け入れている施設はありません。法律的には管理型最終処分場に埋め立てられますが、水処理コストが高くなってしまうので受けてくれるところはないそうです」
「黒枝さん詳しいですね。県外にならできるところがあるんですか」伊刈が聞いた。
「関西に一か所だけリサイクルできる工場があるそうです」
「タールだったらどこでも焼却できそうですよね」夏川が言った。
「確かに廃油ですから良く燃えるんですが、硫黄分がすごく多いので炉が痛むみたいです」
「つまり八方ふさがりか」伊刈が言った。
「もともと違法な施設から出る廃棄物ですから」
「その関西の施設って処理費はいくらくらいなのかな」
「運搬費と処分費合わせてドラム缶一本十万円以上だそうです」
「だったら扇面ヶ浦の五十本だけで五百万円か。まるで黒いダイヤだな」
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