産廃水滸伝 ~産廃Gメン伝説~ 15 黒いダイヤ

石渡正佳

ファイル15 黒いダイヤ

黒い滝

 扇面ヶ浦の護岸周辺に黒い油膜が広がっていると海上保安庁から通報があった。原因はドラム缶の不法投棄だと聞いた伊刈は現地を確認したいと仙道に進言した。

 「硫酸ピッチじゃないでしょうか」

 「まだ詳しい報告が来ていないが、まあその可能性は大だな」

 「不正軽油を作るときに出る副産物ですよね。リサイクル偽装の可能性もありますね」

 「現場を見たいなら見てこい。だが保安庁と警察の邪魔はするなよ」

 「わかってます」

 伊刈はただちに夏川と喜多を連れて現場に急行した。途中で東部環境事務所環境保全班の島倉から連絡があり合流することにした。

 特別支援学校裏の切り通しから護岸に降りる道は、伊刈が土木事務所に依頼して設置したコンクリートの車止めがまだ残っていた。この海岸でまた不法投棄の調査をすることになるとは思わなかった。切り通しの道を海岸線まで降りると護岸の彼方の崖が真っ黒に染まっているのが見えた。護岸づたいに汚染された崖へと近付くにつれて、廃油の異臭がただよってきた。ドラム缶は崖上から投げ捨てられたらしく、飛び散った硫酸ピッチで五十メートルの崖に黒い滝が出現し、護岸と崖の隙間の潮溜まりには魚や貝の死骸が浮いていた。

 「これはひどいですね」喜多が無残に汚染された崖を見上げながら言った。

 海上保安庁が油膜が拡散しないように護岸に沿ってオイルフェンスを張り、中和剤も撒かれていた。護岸の内側では警察との合同検証が進められている最中だった。

 「何本あるのかな」

 「ちょうど五十本だそうですよ」喜多の質問に島倉が答えた。

 「措置が早かったし油の流出量も少ないですから最悪の海洋汚染は免れそうですね」夏川が安堵したようにいった。

 「でもここは岩ガキの漁場ですよね。シーズンが終わったばかりだからよかったけど、それでもきっと漁協は風評被害に神経質になりますよ」喜多が言った。

 「証拠はドラム缶だけのようだな。これじゃ捜査は難航しそうだな」伊刈が言った。

 「どれも中古ドラムみたいだし、確かにこれじゃあ調べようがないかもしれませんね」夏川が言った。

 「何かほかに手がかりがないか一応探してみようか」幸い引き潮だったので伊刈はテトラポットに飛び移り一人で潮溜まりに降りていった。

 「大丈夫ですか班長。技監が検証の邪魔はするなって」夏川は岸を降りるのを躊躇して言った。

 「保安庁は海洋汚染調査のプロかもしれないけど廃棄物のプロじゃない。見落とした証拠があるかもしれないよ」伊刈が夏川を振り返りながら言った。

 「夏川さん行きましょう」喜多に促されて夏川と島倉も渋々護岸を降り始めた。

 潮溜まりには波に打ち上げられた廃棄物が散らかっていた。どのゴミが硫酸ピッチの不法投棄と関連があるのか特定することは困難だと思われた。

 「これじゃどうしようもないですよ」夏川は雑多なゴミを見渡しながら首を振った。

 「同じものがあるかもしれないから探してみて」伊刈が諦めずに言った。

 「どういうことですか」島倉が聞いた。

 「産廃は同じものを集めて棄てるんです。海から流れ着いたゴミなら同じものが一つもないはずだけど崖から捨てた産廃なら同じものがあるはずです」喜多が伊刈の代わりに説明した。

 「そんなとほうもないこと」島倉は呆れた顔で言った。

 「班長、これどうですか」喜多がスプレー缶を拾い上げた。「わきの下の消臭スプレーみたいです」

 「二本あるのか」

 「三本あります」

 「それビンゴかもな」

 「ほんとですか」島倉はまだ半信半疑の様子だった。

 「こっちにもありますね、こっちは二本」テトラポットの隙間を覗き込んでいた夏川が言った。

 「どうです島倉さん」喜多が自慢そうに言った。

 「うん確かに、これだけ同じものが偶然海から流れ着くってことはないかもね」

 「そうなると崖上から投げ捨てられて、そんなにまだ時間がたっていないってことですよ」喜多が言った。

 「つまりドラム缶と一緒に棄てられた可能性もありえるんじゃないかな」夏川が言った。

 「もうわかったよ、僕の負けだよ」島倉が両手を上げて降参のポーズを作った。

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