贈り物
それから、幾年の時が経過しただろうか。
その日、学術都市ザグレブの大陸魔法協会本部では、各職員たちが忙しなく移動していた。
「あっ、その招待客の位置はもうすこし前でしょ? ねえ、そこに席が3つ少ないんじゃない? 人の話、聞いてた? あ゛ーーーー、なんでこんなに忙しいのよ!?」
殺気立った様子で、部下たちを怒鳴り散らすのは、ライトグリーンのミディアムヘアで、おでこが出ている前髪の美女。可愛らしく柔和な顔立ちに反し、ビシバシと現場を取り仕切り、付けられたその異名は『ロリ軍曹』。
「ジル=セルガー、立派になったもんだ」
その陽気な声に振り向くと、そこにはヘーゼンが立っていた。
「せ、先生! ご、御機嫌よう」
「フフ……そんな慌てて取り繕わなくてもいいよ。かつての教え子が活き活きと働いている光景は、やはり気持ちがいいものだ」
「う゛ーーーっ、なんか、恥ずかしい……です。それに、私の実力って訳じゃないし」
「なにを言っているんだ? 君には十分……いや、それ以上に素質も努力もある。実際に、私の耳には、褒め言葉しか届かない」
ヘーゼンの言葉を聞き、ジルはその頬を真っ赤に染める。学校卒業後、彼女は、念願であった大陸魔法協会本部の職員として志願した。その素質も、努力も十分であったが、それだけでは難しいところもまた世間である。最強魔法使いは、大陸魔法協会本部に対し、実に原稿用紙100枚の推薦状を送りつけ、有無を言わすことなく彼女を雇わせることになった。
「……本当にありがとうございます」
ジルは深々とお礼を言う。
「礼には及ばないよ。いや、むしろ、君には、まだまだ返し尽くせないほどの借りがある。今後の人生において、ぜひ、それを少しづつでも返せたらと思う」
「……でも、私は……あの時……リアナを……」
「ふぅ、いつまでもそんな事を。アレは仕方がなかった」
「でも……」
「逆に聞きたいが、私の娘は、そのことで君を責める子かね?」
「……いえ」
「じゃあ、この話は終わりだ。しんみりムードはやめよう。今日は、大陸中が祝っていい日なのだから」
大陸魔法協会最優秀賞授与式。一千人に一人発症するといわれる『神導病』の治療法を開発した者を讃える日。
「でも……」
「どうした、ジル?」
「私は……神導病の治療法を開発するのは、ヘーゼン先生か、アイツかと思っていました」
「……アイツか」
あれから、アシュは学術都市ザグレブから、姿を消した。ヘーゼンによる大規模な捜索にも関わらず、一度として、その姿を追うことは叶わなかった。
「ジル、誰が開発しようと変わりはないんだよ。娘のように、神導病にかかっている子がいて、その子たちに光を与えることができることができるのなら……おっと、噂をすれば、だね。レイア、おめでとう」
ヘーゼンの前に立ったのは、一人の女性だった。
「先生、このたびは、本当にありがとうございます」
レイア=シュバルツは深々とお辞儀をする。
「なぜ私にお礼を?」
「なにをおっしゃってるんですか? 先生が、この神導病に多大な貢献をして下さっているのは、研究者全員が周知していることです。現に、その研究成果を無償で大陸に提供して下さったじゃありませんか?」
リアナの死後、ヘーゼンは、神導病の研究を続けた。同時に、特別教師として、名門レッサーナ魔法学校で生徒を育てながら、再び弟子たちを集結させながら精力的に後任の育成に心血注いだ。
「なんか……照れくさいな」
ぽりぽりと頭をかく。実際に、大陸魔法協会から共同受賞の話もあったが固辞した。レイアには人を惹きつける魅力と、カリスマを持ち合わせている。神導病の治療法を広めるには、これ以上適任の者もいないだろう。
「……しかし、レイア、君に一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「君の光魔法が素晴らしいのは知っていたが、闇魔法にも精通していることは知らなかったな。いったい、どこで?」
「それは……あっ、そろそろ行かなきゃ……また、後で。失礼します」
職員に呼ばれ、いそいそと移動するレイア。
それから、授賞式が開始され、大陸魔法協会会長が祝辞を述べ、トロフィーの授与を受ける。瞬間、観衆から満面の拍手が舞い降りた。未だ、幼さが若干残る辿々しい姿で歩く彼女だったが、それも魅力の一つだろう。
大陸魔法協会会長に一礼し、振り返り観衆の前に立ち深々とお辞儀し、挨拶の言葉が書かれているであろう用紙を開いた。
「本日はこのような賞を頂き、非常に光栄です。この感謝の気持ちを、私にとって父親のような存在であるヘーゼン=ハイム先生に捧げます。同時に、もう神導病で悲しむ者がいないように、全力を尽くさせていただきます」
短めの挨拶に、観衆から改めて満面の拍手が送られた。ヘーゼンが壇上を降りると、記者たちから猛烈な取材を受け、瞬く間に人混みへと消えて行った。
「ち、父親は言い過ぎだろう……」
研究のために互いに情報のやり取りはしたが、こうして顔を合わせるのは10回もない。社交辞令にしても大げさすぎる表現にヘーゼンは、思わず苦笑いを浮かべる。
「しかし……これで……終わったな」
最後まで、見届けた。
……もう、心配はいらないのだろう。
なあ、リアナ。
「ヘーゼン先生、どこへ?」
出口へと向かっているところをジルが声をかける。
「今日はさ……家族と過ごしたいんだ」
「……そうですか。わかりました、御機嫌よう」
去っていくヘーゼンを眺めながら、瞳から零れ落ちる涙を拭いながら、
「さて、仕事仕事!」
ジルは腕まくりをして、部下たちを再び怒鳴り散らし始めた。
*
そこは、名前すらない小さな丘だった。リアナがよく、出不精のアシュとヘーゼンを誘って『ピクニック』だと言い張っていた場所。
今では、そこには墓標が一つ。よく、彼女が佇んで、景色を眺めていた位置に。
「全て……終わったよ……リアナ」
隣に座ったヘーゼンは、足を大きく伸ばす。
空は快晴、サンドイッチを取りだして、口へと運ぶ。
「……うん、美味しい。お前のには、負けるけどな」
一通り寝転んで、読書をして。
やがて。
起き上がって、大きく伸びをした。
「また、来るな……誕生日おめでとう」
そう墓標を撫でて、歩きだそうとするが、
ふと、丘から見える景色の眺めに目を止めた。
いつもなら、土があるだけだった。
しかし、彼の目に飛び込んできたのは、
一面に広がるユーリーズの花畑。
そこから見える全てが、
「……そうか。アシュ……お前……だったんだな」
ヘーゼンはフッと笑い、
「大陸魔法協会最優秀賞……おめでとう」
天を仰いで、つぶやいた。
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