戦闘
「ヘーゼン先生、いったい、なにを言っているんですか?」
アシュは本気で戸惑っている。
「理解……できていないのか?」
そう尋ねながら、ヘーゼンは戦闘への思考に切り替える。なんとしても、娘がこんな化け物になるのは、阻止しなければいけない。
「できませんよ……いや、それより早くリアナの元に行かなければ」
「貴様を行かせるわけには行かないな」
「はぁ……あなたはリアナを殺したいんですか?」
「化け物にするよりは、そちらを選ぶさ。それより、一つ聞かせろ」
「なんですか?」
「なぜ、お前は金庫を開けることができた? 闇魔法しか使えない……いや、魔力を失っていたお前には絶対に開けられないはずだ」
「ククク……ご名答。だから、僕は他のモノで開けることにしたんですよ。なんだかわかりますか?」
「……死体か」
「正解です。僕の研究室には未だ僕の魔力が残った死体が保管されている。その中から、光の魔法使いを――「もう、いい」
そう答えた瞬間、ヘーゼンは魔法を放つ。
時間稼ぎは終わった。
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
距離は、数十メートル。聖闇魔法の一撃で、即座に勝負を決めにかかる。あまりに突然放たれた魔法に、避けることが遅れたアシュの半身は一瞬にして消滅した。
「……クク、酷いですね」
しかし。
倒れ込んだアシュはその半身で、相も変わらず、笑い続ける。まるで些事であるかのことく。まるで、何事もなかったかのように。それを見たヘーゼンは、自身の予感が的中したことを確信する。半身を失って生きられる者などいるわけがない。心臓も……いや、脳すら半分を失っている。
そして。
<<煉獄の使者よ 我と共に 死の山を 築かん>>
アシュが残った指先で魔法陣を描いた瞬間、黒い光を発し、悪魔が姿を現わす。
「オエイレット」
ヘーゼンが、厳しい表情でつぶやく。
「……懲りずに我を召還し……なんじゃお主は」
アシュを一瞥するや否や、魅悪魔は驚きの表情を浮かべる。
「ヘーゼン先生を倒すためには、お前が必要だ……喰らわせろ」
対するアシュは、まるで魅悪魔の言葉など聞かなかったかのように、つぶやく。
「……に、人間風情が我を喰うだーー「黙れ」
その射抜くような眼光は、オエイレットの言葉を一瞬にして止める。彼女はガチガチと震えながら、その場に硬直する。
「バカ……な」
ヘーゼンは思わず震えた声を漏らす。契約も行なっていない中位の悪魔を完全に支配している。そんなことは例え、上位クラスの悪魔にもできぬ芸当だ。
アシュはニイと満面の笑みを浮かべ、魅悪魔の肩にその歯を突き立てる。恍惚の表情を浮かべながら、オエイレットはアシュの頭を抱きしめる。
<<悪魔をその身に宿し 神すら喰らう 凶魔を我が手に>>ーー
瞬間、アシュと魅悪魔の間に闇が包んだ。やがて、悪魔の姿はなく、アシュ1人がその場に立っていた。失われた半身はすでに再生し、その皮膚もまた黒く変色していた。その牙は鋭く尖り、悪魔の翼と角を雄々しく生やす。
「貴様……その姿……」
「驚いていただけたようで」
アシュは低く笑った。接近戦用の秘術、悪魔融合。その身に悪魔を宿すことによって、悪魔の超力を限界ギリギリまで引き出すアシュの
<<白の方陣よ 天界より 光の使者を 舞い降ろさん>>
召喚したのは、戦天使リプラリュラン。
もはや、言葉など。
ただ、目の前の化け物を消滅させる。そうしなければ、全てが終わる。
戦天使はヘーゼンを乗せて、館の外へと着地。そして、すぐさま上空へ飛翔。その両手で凝縮した聖光位体を弾け飛ばし、次々とアシュに向かって放つ。
かつて、数千の闇魔法使いを葬った『這う者への断罪』。
それを、敵一点のみに放つ。通常、影すら残らぬほど無数の散弾が命中するーー
ーーのはずだった。
対象は、光が当たると消え失せた。戦天使がその位置を補足しようとあたりを見渡すが、どこにも見当たらない。
「ここだ」
その声と共に、上空を見上げると、悪魔の翼で飛翔していたアシュが凄まじい拳撃で戦天使を地に叩きつける。
そのまま、好きなように戦天使を殴りつける。
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー
アシュに向かって聖闇魔法を放ったヘーゼンだが、寸前のところで躱される。
「ククク……流石に、先生と戦天使を相手にするのは骨が折れる」
そう笑い。
<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー
アシュは闇魔法の詠唱を行った。
すると、その墓標の地中から次々と死者が出現する。その数は、数千にも及ぶ。
「……っ」
その闇魔法が、死体を意のままに動かすことは知っている。この場所に墓標の山があることも……しかし、一度に操れる数が、まさに桁違いである。
「先生は、しばらく、それで遊んでいてください」
そうつぶやき、アシュは再び戦天使に拳を叩きつけ始めた。
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