一目
ヘーゼンとジルが急いで邸宅に戻ると、リアナが激しい動悸をしながら寝転んでいた。
「……もって、あと数日というところでしょう」
彼女についていた魔法医は淡々と答えながら、退出する。
途端に、ジルが泣きそうな表情で、彼女をさする。
「はぁ……はぁ……ジル……お父さん、来てくれたのね」
苦しそうな表情を浮かべながらも、笑顔を浮べるリアナに、
「……当たり前だ。安心しろ、もう少しで助けてやるからな」
精一杯の作り笑いを浮かべて、ヘーゼンは彼女の額を撫でる。
「うん……わかってる」
あきらめる時間は、もう過ぎてしまった。いまさら、絶望を与えるには、もう。ヘーゼンには、ないとわかっている希望にすがらせるしかなく、リアナはそんな父親の想いを、ただ笑って受け入れる。
「……すまない、アシュは……別のところにいて……」
「ふふ……」
「……どうした?」
「お父さん……嘘」
「……」
「アシュが会いたくないって……言ったんでしょう?」
「なっ……あのバカ魔法使いはなんでーー」
まるで自分のことのように怒りかけるジルを、リアナはスッと手を挙げて静止した。
「……いいの、そう言う人だから。きっと、約束の約束を守るまでって……そう言う人なの」
「で、でも……そんな……」
「私のために、アシュは、頑張ってくれてる。だから……いいの。でも……お父さん。一つだけワガママを……言っていい?」
「……なんだ?」
「アシュの姿を……遠くからでも……いいから。一目だけでいいから……見たいな……駄目……かな?」
「……駄目なものか」
なにがワガママだ……そんなものは、ワガママとは、言わない。そんなものは……
ヘーゼンの瞳から、数滴の雫が床に落ちる。
「フフ……ありがとう、お父さん」
「……ジル、リアナの容体が落ち着いたら出発してくれ。館の近くに宿を取っておく。そこで待ち合わせしよう」
「わかりました……けど、ヘーゼン先生は?」
「私は……先に、用事がある」
そう言い残し、先に部屋を出て、急いで禁忌の館に向かう。
遠くから一目見せるぐらいならば。その白髪に染まった髪の毛を、染め上げるくらいで問題ない。あとは、不本意だが、アシュを操って研究しているように見せてーー
・・・
息をきらしながら走るヘーゼンは、突然、足を止める。
「……はは、私は……最低だな」
自分で考えておきながら、自分の考えに辟易する。娘の最期の願いを偽装するなどと。娘を愛し、全てを捧げた男を偽るなどと。いったい、自分は何様なのだろう。最強魔法使いと周りからもてはやされ、神にでもなった気でいたのか。実際には、1人の娘すら、救えはしない。
しかし……それでも……
次から次へとわき起こる感情を必死に押し殺して、ヘーゼンは研究室に入った。
が、そこにアシュの姿は、ない。
次に視線を写した瞬間、耐えようのない寒気がヘーゼンを襲う。
金庫が開けられている。
「バカ……な」
アシュには光の魔法は使えない。侵入された形跡もない。しかし、その中の試験管はなくなっている。
「くっ……」
考えもまとまらぬまま、ヘーゼンは館の中を歩き回る。ほぼ、確実に最悪な事態が起こっているにも関わらず、どうかそれが起きないで欲しいと願いながら。
・・・
「ああ、ヘーゼン先生」
結果、アシュは未だ館の中にいた。闇魔法の研究室の中に、ただ一人。
しかし。
「……う゛う゛う゛ぇえええええ」
思わず、ヘーゼンは嗚咽していた。
「どうしたんですか? 具合でも悪いのですか」
その口調も正常に戻り、その漆黒の眼光も戻っている。髪の毛は相変わらず白く染まっているが、それ以外に身体的に変わっている箇所は見受けられない。
異様なのは、その周りだった。彼の服はドス黒い鮮血でそめられており、その周りにはおびただしいほどの散らかされた死体がある。
そして、確かに、ヘーゼンは見た。
「アシュ……お前は……なにをしていた?」
喰っていた……確かに、こいつは、人を……喰らっていたのだ。
「そんなことより、ヘーゼン先生! 成功です……わかるんです。身体から湧き上がってくる力が。これなら、リアナを救えられる」
その瞳はまっすぐで、一欠片の迷いもない。
「答えろ……アシュ、貴様は……いったいなにをしていた!?」
「もう、なんなんですか。まだ、僕の研究にケチをつけようって言うんですか? 確かに、多少お腹は減りますよ。魔力のある食事をとらなければいけないというデメリットはある。でも、それだけだ……」
「……そうか」
「そうです。さあ、早くリアナの元に行きましょう。そうすれば、彼女との約束がーー「貴様は……本物の化け物になったんだな」
ヘーゼンは、静かに言い放ち、戦闘の構えを取った。
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