凌駕


 数時間ほど睡眠をとり、ヘーゼンは禁忌の館に舞い戻る。この3ヶ月間、ほぼ1日中の時間を研究室で過ごした。基本的に闇と光では実験のアプローチが異なる。アシュとはしばらく知識を与えるために同じ部屋で過ごしていたが、今では異なる部屋で研究を行なっている。


 ヘーゼンはそのまま地下の螺旋階段を降り、闇魔法の研究をしている部屋に入った。


「はぁ……食事くらいまともに食え」


 そう言いながら、食料を一週間分、机の上に置く。ヘーゼンは、集中力がきれると、気分転換で外に出るが、アシュはトイレ以外、研究室にこもりっきりだ。年も性格も異なるので、基本的に口を挟むことはしないが、さすがに見逃せないほどの生活ぶりだ。


「……」


「おい、アシュ!」


「……ああ、ヘーゼン先生。どうですか? そちらは」


 その存在に初めて気づき、振り向く。


「芳しくはない。そっちは?」


「神導病の原因自体はわかりました」


「ほ、本当か?」


「ええ……要するに、この部分の因子形状。これを先天的に持った者は、遅かれ早かれ神導病にかかります。あらかじめ決められた寿命と言い換えてもいいのかもしれない」


 アシュは死体の脳内をえぐりながら説明する。


「……なるほど、死の宣告が生まれながらにして存在しているわけか」


「なんとかこの形状を変化させれば……しかし、今のところどんな魔法でも通じませんでした。光の魔法でも試していただきたいですが、おそらく結果は同じだと思います」


「ああ……」


 アシュの言わんとしていることはわかる。治療魔法の大前提は再生。先天的に備わっているものの再生などしても、全くと言っていいほど意味はない。


「しかし、それがわかっただけでも進歩だよ。ご苦労だった」


 今まで手がかりさえ掴めなかった病気の原因を特定した。これだけで間違いなく大陸魔法協会最優秀賞レベルだ。それを、たった3ヶ月で。改めてアシュという才能に驚嘆せざるを得ない。


「いえ……まだ、なにも……僕としては、さらに遠くなった印象です」


「それより……少し休んだらどうだ? 娘も……リアナもお前に会いたがっているだろうし」


「……」


「それに、あの手紙……お前だろう? 筆跡ですぐにわかったよ。なかなか、趣向の凝らしたーー「、ヘーゼン先生。この前の件、考えてくれましたかね?」


「……ああ。ここに置いておく。好きに使っていい」


 そう言って紙を机の上に置く。ヘーゼンには大陸のあらゆる場所の売人とつながりがある。死体を定期的にこの場所に送るのも数ある彼らの仕事の一つだ。アシュの欲するものを調達させるために、彼らと連絡を取れるように手はずをした。


「ありがとうございます」


「しかし……なにを? ここには、ある程度材料は揃っているはずだが……」


「ああ……もし、先生ができるならお願いしたいです」


「もちろんだ。なにが必要だ?」


を調達できないですかね?」


「……は?」


 言葉は聞こえていた。


 しかし、理解には及ばない。


「二度も言わせないでください。生きた人間ですよ。神導病にかかった患者を調達できないんですか?」


「貴様……なにを言っている? できるわけがないだろう!」


 ヘーゼンは思わず激昂し、胸ぐらを掴んでいた。しかし、アシュに怯む様子はなく、そのギラついた瞳を崩さない。


「なぜですか?」


「なぜって……アシュ、お前は金で命が売れるか? 売れるものか。命は売買できるものではない……そんなことすらわからないのか?」


 いや、そもそも生きた人間の解剖などヘーゼンの理解の外にある。それは、明らかに死体すら暴く彼の倫理観を遥かに凌駕していた。


「……ああ、そうか……そうですね。言ってみただけです」


 一人ブツブツつぶやきながら、アシュは再び死体の臓器を暴き出す。そして、その言葉とは裏腹に、漆黒の瞳は、不気味な光を発していた。


 その光景を、ヘーゼンは黙って見つめていた。

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