手紙
ヘーゼンの執事によって、リアナ、アシュの休学手続きは迅速に執り行われた。そこには、多少の混乱、戸惑いもあったが、それでも、3ヶ月という期間で、特別クラスは日常を取り戻しつつあった。
そんな中、実に毎日、リアナの元を見舞っていたのは、ジルだった。
「お疲れー。はい、これ」
元気よく言いながら、自宅療養している彼女のために授業内容のノートを渡す。
「ありがとー。でも、毎日来なくてもいいのに。さすがに悪いよ」
ベッドで寝ながら読書をしているリアナは、相変わらず優しい笑顔で出迎えてくれる。
「あら、ノート持ってこないと、あなたサボって本ばっかり読むから。そんなことはさせないよ」
「ちぇ、バレたか」
その飛び抜けた成績からは考えられないほど、リアナは勉強をしない。どちらかというと、勤勉なアシュに付き合って成績が高かったのだとわかったのは、ごく最近だ。
ジルは足を崩し、我が家のように絨毯に寝転ぶ。もはや、お見舞いと言うよりは遊びに来ているという感覚が近いのかもしれない。片手には恋愛小説、もう片手にはお菓子。
「おやおや、自宅ですか? 女の子がはしたない」
「へへへ……リアナの部屋ってすごい楽。美味しいお菓子も出てくるし、軽いお姫様気分」
「……はぁ。ため息しかでません」
そんな軽いやり取りも慣れたものだ。リアナと親友という間柄になってわかったこと。意外にも子どもっぽいところがあるところ。隙あらば、イタズラを仕掛けようとしてくる。いろいろとくっついて甘えてくるところ。かなりの本の虫で、特に恋愛小説と歴史小説を好んで読むところ。完璧超人とみなしていた以前からすれば、そんな人間くさいところはジルにとっては驚きであった。
「しかし……あのバカ性悪魔法使いは?」
「さあ。お父さんは一週間に一回戻ってくるけど」
「はぁ、一度も顔も見せないでどこに行ったわけ?」
ジルは呆れながら、コップに入ったジュースを口にする。
「フフフ……私のために頑張ってくれているのだよ」
「ちぇ、聞いて損した。ご馳走さま、もうお腹いっぱいです」
少しだけ心に痛みを覚えながら、ジルは自分に納得させる。大事なのは恋愛よりも友情だ。そちらの方が遥かに大事なのだと。
「で、今度は、なにを読んでるの? よく飽きないわね」
これなら、アシュが本を彼女に贈ろうとしたのも頷ける。リアナは、それほど、読書が大好きな美少女だった。
「古代語辞書」
「あら、珍しい」
「この前、アシュがくれたプレゼントの手紙。まだ、解読できてないの」
「ふーん……どれどれ」
ジルはそう言いながら、手紙を覗き込む。
「これ……古代ジルロフ語で書かれてる。こんなの半年後に勉強するカリキュラムじゃない。さすがの性格悪さね」
「ジル、読めるの?」
「一応ね。誰かさんと違って予習するタイプなので。ええっと……」
イルヴァムの丘で ツヴァムの花と戯れ まだ見ぬ想いに心を馳せ デルファンの都へと参ろう 桃がなる季節に 樹々の賑わいが出てきた頃に 身一つで 友と呼べる者もなく 友とみなす者もなく もう帰らぬ望郷へ 二度と振向かぬと誓い
「……なにそれ? 詩みたいだけど」
「うーん……こんな詩あったかな。意味がよくわからないんだけど……」
相変わらず、頭のネジが二、三本抜けている男だ。相思相愛なのはバレバレなのだから、素直に恋文でも書けばいいのにと、ジルは大きくため息をつく。
そんな中、ヘーゼンがフラフラになりながら、この部屋に入ってきて、すぐにリアナをギュッと抱き寄せる。3ヶ月ぶり見るジルにとって、彼は酷く痩せこけ、衰弱しきっている様子だった。
「お、お父さん……ジルがいるのに……」
顔を真っ赤にしながら、娘大好き魔法使いから離れる、亜麻色ロングの美少女。
「……ああ、すまないな。ジル、娘から聞いている。毎日、見舞ってくれているようだね。本当にありがとう」
「い、いえ。好きでここに来ているんです」
恐縮しながら急いで立ち上がろうとすると、手紙が地面に落ちる。
「……これは?」
ヘーゼンが手紙を拾って一瞥する。
「あっ、それはなんでもなくてーー」
リアナが焦りながら急いで取り上げた。
「……フフ、誰かは知らないが面白い男だな。手紙は本来相手に想いを伝えるものだ。しかし、それを素直に伝えたくないのか。どちらにせよ難儀な男であることは間違いない」
「えっ?」
「簡単な言葉遊びさ。詩の意味とは少し離れて読んで見るといい……おっと、少し眠らなければ。じゃあ、またなリアナ」
娘の額に軽く唇を合わせ、ヘーゼンは部屋を退出する。
「……なんだろう。この手紙になにが書かれてるんだろう」
「うーん……あっ!」
リアナは小さく叫び、
「わかった?」
「……ううん。わかんない」
顔を真っ赤にしながら、うつむいた。
「嘘つきなさい! 教えてよ! いえ、教えてくださいませ!」
「だ、だからわかんないってば!」
「えー、怪しいな……」
「ほんとに! で、この話はおしまい」
強引に話を締めくくって、リアナは再び読書を始める。
それから、粘って彼女にまとわりついていたジルだったが、やがて時間になって帰宅した。
一人ぼっちの部屋で、リアナは仰向けに寝転び、手紙を天井に掲げる。
「……フフ、本当にバカなんだから」
思い出したように、笑って
「アシュ……頑張って」
と、つぶやいた。
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