禁じられた館
そこは館と呼ぶにはあまりにも奇妙な場所だった。庭を埋め尽くす程の墓標。常人ならば吐き気を催すほどの死臭。その中心にあるのは無機質な黒鉄で建てられた、まるで要塞とも言える巨大な建造物。
「ここは……」
ヘーゼンから連れてこられたこの場所は敷地内の広大な森の中に建てられていた。アシュ自身もこの森は何度も訪れたことがあるが、こんな建造物、おびただしいほどの墓標も見たことはなかった。
「特殊な結界が張ってあり、私が許可する者しか入ることができない。『禁忌の館』と私は呼んでいるがね」
淡々とした口調でつぶやく、進む。
館の中に入ると、一面に並べられた本棚だった。本、本、本、至るところ、本ばかり。そのまま、地下の螺旋階段を降り、扉をあけると、そこにはおびただしい程の死体が保管されていた。
「……うぷっ……うええええええええっ」
思わずアシュは嘔吐していた。闇魔法は死者を扱う。実際に死者の解剖も、行ったことがある。しかし、これほど生々しい死体が、バラバラのパーツが並べられている光景には耐えることができなかった。
「いずれ、慣れる」
そうつぶやき、ヘーゼンは早々に死体の解剖を始める。
「この死体……どうしたんですか?」
「買った」
「はっ?」
「二度も言わせるな。買ったんだよ」
「……」
確かに金さえ出せば、死体の売り手は腐るほどいるだろう。そう言った闇の世界にもヘーゼンは精通している。しかし、実際に死体を買い漁ってまで実験をするのは常人の思考とは明らかに違っている。
この人は、狂っている。
「……アシュ、遅かれ早かれだ。貴様もいずれは同じ道を歩むことになっていただろう」
闇魔法使いとして生きていくためには、いずれ死体は必要になってくる。ヘーゼンから闇魔法の全てを受け継いだ時点で、死体を物として考え、調達することが必要不可欠である。
「……覚悟の上です」
大きく、そして深い息を吐く。
「アシュ……今までの光魔法に頼った治療法では神導病は治せないと思っている。この治療法の鍵は闇魔法にある。お前の力が必要だ」
魔法医は光属性の治癒魔法を使う者である。そこに、闇魔法の入る余地はないと言うのが、一般的な考え方であり、反面の思想は禁忌として迫害の対象となる。だからこそ、ヘーゼンはこの禁忌の館を建造した。その残酷な面を持つ闇を覆い隠すために。
「……はい」
「早速だが、お前にこれまでの研究成果を話す。その上で、私と同等の知識を持って、闇魔法の治療法を検討してくれ。私は、光魔法での治療法を模索する」
ヘーゼンは、すぐに過去の資料を取り出して、アシュへの説明を始める。リアナの死が迫っている今、互いの気迫は尋常ならざるものだったが、その中でも、ヘーゼンの幅広い知識に感動せざるを得なかった。自身は闇属性魔法の知識ならば負けないと言う自負はあったが、彼から出てくる新たな知識、思想、発想は、自らの常識を根本的に覆すものが多数存在した。その限りない天才性に、アシュは大きな不安を抱く。自分などが、その研究の一翼を担えるのか、と。
「……なにを考えているのかはわかる。しかし、貴様が弱音を吐いた瞬間に、私はお前を殺す」
ヘーゼンの瞳は本気だった。
「ククク……誰が弱音など。続けてください」
そう強がりながら、自らを奮い立たせる。落ち込む時間などない。立ち止まる贅沢な時間など存在しない。愛する人の死が迫った時に、できないかもしれないからと立ち止まっている者がいないように。すぐ、そこに死があることを、常に意識しろ。何度も何度も、アシュは自分に言い聞かせる。
それから、ヘーゼンとアシュの二人での生活が始まった。
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