勝敗
烈悪魔オリヴィエ。戦闘で、アシュが最もよく使役する悪魔である。低位の悪魔の中でその戦闘力は最強クラス。遠隔性の攻撃を得意とする闇魔法使いに対し、肉弾戦を得意とするこの悪魔はその鋭い爪で鋼鉄すら斬り裂く。
「はぁ……はぁ……」
片膝をつきながら、必死に身体を立て直す。血が滴り落ち、気を抜けば意識を失いそうなほど傷ついているが、それでも生きている。
「ば……バカな」
クリストは思わずつぶやく。
「オリヴィエ……行け」
その指示で、烈悪魔は猛然と襲いかかる。
「う……うわああああああああああっ!」
思わず慄くクリストだったが、繰り出された斬撃は光の魔法壁によって阻まれる。続けざま、オリヴィエが何度も何度も鋭い爪を振うが、ただ、弾かれるだけ。
「フフフ……フハハハハッ! な、なんだ驚かせやがって……見掛け倒しか」
取り乱したように叫ぶクリストには余裕が感じられない。よほど驚いたのか、その掌は震えている。
「……ククク」
「な、なにがおかしい!?」
「オリヴィエはね……喰うんだよ」
「く、喰う?」
「クク……クククク……見てればわかるさ」
クリストが再び烈悪魔に視線を這わせると、その獰猛な牙で光の魔法壁をかじっていた。
「あ、ああああああ……」
「わかったかい? 彼は悪食でね。光の魔力を好んで食べるんだ。『
「くっ……」
<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー
光魔法が烈悪魔に直撃するが、まるでそれがなにもなかったかの様に魔法壁を食べ続ける。
「無駄だよ……君程度の攻撃でオリヴィエが怯むとでも?」
「……っ」
「クリスト……君の魔法は素晴らしかったよ。確実に僕を即死させられるぐらいの威力だった。本当に素晴らしい」
実際、アシュは賭けに出ていた。自身が繰り出す闇の魔法壁を張れば、ここまで傷つくことはなかった。しかし、それでは勝てない。そこで、アシュは魔法で砂煙を巻き起こし、光の威力を弱める。ギリギリだったが、即死だけは免れた。後は、気を失わない様に、悪魔召喚を行うだけ。クリストが勝利を確信して、『ヘーゼン先生!』などと間抜けに喚いている声を聞きながら、闇魔法使いは勝利を確認する。
「クソッ……まだ、勝負は終わっていない」
「ああ、そうだね……ところで、僕は人にやられたことは必ずお返しをするタイプでね」
「な、なにが言いたい!?」
「君は僕に素晴らしい魔法を喰らわせてくれた。だから、僕も全身全霊を持って君にお返しがしたいと思ってるんだ……生死問わずにね」
アシュの言葉に、クリストは気づく。
すでに立場が逆転したことを。
追っているつもりが、いつのまにか追われる側になっていたことを。
しかも、相手はよりにもよって性格最悪魔法使い。
ふと、烈悪魔を見ると、すでに光の魔法壁に無数のヒビを入れている。
なす術が無くなったクリストは、リーダの方に目配せをする。
「お、おい! アシュ、その悪魔を止めろ! さもないと、ジルがどうなっても知らないぞ!?」
その様子は、さながら3流の悪役の様。
しかし、
<<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー
放たれた光の縄は、リーダを捕らえ、ジルは数時間振りに解放された。
「リ、リアナ……なんで……」
「あら、約束を反故する卑怯者に、黙って見ているほど、私は大人しい子じゃないわよ」
聖母のような微笑みを浮かべながら、ジルの肩を抱き寄せる。先ほどアシュが彼女に書いた『隙を見てジルを救え』という掌の文字。すぐに理解し頷こうとしたが、背後からクリストの視線を感じ、咄嗟にアシュの手を握った。その後、少し変な雰囲気になってしまうというイレギュラーはあったが、なんとか隙をつけるよう、彼ら2人の動向を探っていた。
「ふ……ふえええええええええん」
やはり、人質の身は大いに心細かったらしい。ジルがグシャグシャに泣きながら、リアナの胸に顔を埋める。その圧倒的不利な状況下で、バズは、肩をガックリと落とし、ギブアップ宣言をした。
「くっ……」
なす術もなくなったクリストは、悔しそうに歯をくいしばる。
「チェックメイト……かな」
闇魔法使いは不敵な笑みを浮べる。
「……黙れ黙れ! たまたま、お前が持っていた悪魔が優秀だったに過ぎない。俺は……俺は貴様には、断じて負けていない」
パチ、パチ、パチ。
「その命を懸けての強がり……素晴らしいよ。尊敬の念すら抱くね」
心底嬉しそうに、傷だらけの魔法使いは、ゆっくり拍手を浮かべる。その屈辱めいた表情を見るがために、今にも気を失いそうなのを必死に堪える。
「くっ……降参など死んでもするものか」
絶対に認めたくない……自分の負けを死んでも認めたくない秀才魔法使い。
「ククク……その意気だよ」
ベリッ……ベリベリベリベリ……
その時、光の魔法壁が烈悪魔オリヴィエによって完全に喰われた。満足そうな笑みを浮かべ、獰猛な牙をーー
「うわあああああああああああっ……降参、降参降参降参降参降参降参っ!」
・・・
「ククク……クククハハハハハッ、ハハハハハハハハハハッ! 言っていることとやってることが違うじゃないか? 無様だな……ハハハハハハハハハハッ」
瀕死の重傷を負いながらも、相手の命乞いを、全身全霊でバカにする性格最悪魔法使い。
「くっ……」
「ハハハハハハハハハハッ……大したコメディアンだよ。コウサンナドシンデモスルモノカー! コウサンナドシンデモスルモノカー! その凛々しい発言の2秒後、降参降参降参降参て……クハハハハハハハハハハハハハハッ、クハハハハハハハハハ、クハハハハ! おっと、そうだ。君はこれだったね」
ゴソゴソとアシュが取り出したのは、鉛筆だった。
「さあ、バキバキやってくれ……ククククハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハーー「いい加減にしなさい!」
後ろから、亜麻色ロングの美少女が突っ込む。
「リ……リアナ……なにを……す……」
ポテッ。
途端に、彼女の胸に顔を埋めるアシュ。
「ちょ、ちょっとアシュ……アシュ! しっかりしなさい! アシュ!」
お姉さん美少女の叫び声が草原中に木霊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます