決断
瞬間、クリストに笑みが溢れ、アシュの額に一筋の汗が流れる。相当な
「フフフ……試しに撃ってみなよ。君の最強魔法を」
「……」
その挑発するような物言いに、アシュは黙って
<<闇よ愚かなる魔法使いに烈なる一撃を>>ーー
放たれた漆黒が敵に襲いかかるが、たちどころに霧散する。
「ほらっ、駄目だろう? この結界の凄いところは、光以外の属性は全て防いでくれる……フフフ、勝負は決まったかな」
クリストは不敵に笑う。
「……フッ」
対する、闇魔法使いも、笑う。
その笑いに、特に意味は、ない。
絶体絶命の危機に対して、敵が勝利を確信したその瞬間において、アシュはよく微笑みを見せる。逆転など、絶対に不可能。ここから、挽回の余地などない。誰もがそう確信した瞬間を破ること。そこに言い知れぬほどの挑戦心と気概が湧いてくる。
「フフフ……さあ、終わらせようか」
そう言って、クリストは先ほどのアシュと全く同じ魔法を放つ。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー
<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー
「う……おおおおおおおおおおおおっ」
必死に逃げ惑う闇魔法使いに、クリストは湧き起こる笑いが止まらない。アシュの放つ魔法より高威力のそれを放つことによって、自身の強さを誇示する。ジルにも、バズにも、リーダにも、そして、リアナにもそれを見せつけることによって、自分の立ち位置が頂点であることを知らしめる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
アシュは息をきらしながら、汗だくになって両手を膝につける。その姿からは、すでに避ける気力さえ失っているように見える。
クリストは満足気な表情を浮かべ、最後の仕上げに入る。自分自身の最強魔法を、あの忌々しき闇魔法使いに。ヘーゼンはドライな男だ。簡単に殺されるような生徒になど、いとも容易に切り捨てるだろう。リアナも、最初は悲しむだろうが、いずれ時が解決する。
<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー
その魔法の
クリストはその光景を見て、勝利を確信する。自分の才覚を改めて惚れ直し、闇魔法使いを殺した罪悪感など一片足りとも持ち合わせてはいない。ただ、満足感。そして、敵を殺すという行為に、激しい高揚感を覚えた。
しかし、それを表に出すことは許されない。公では、アシュはクラスメートである。
「お……おい。アシュ、まさか……死んでないよな」
表情を変え、取り乱したような演技を行う。さも、やりすぎてしまったかのような。さも、ワザとではないかのような。
「……」
砂埃でなにも見えないが、答えはない。
「へ……ヘーゼン先生! ヘーゼン先生! ヘーゼン先生!」
クリストは空に向かって最強魔法使いの名を呼ぶ。その表情は焦りと罪悪感で溢れていたが、その裏では、すでに即死したであろう弟子の姿を見て、どう思うであろうか、と。
「クソッ……なんで来ないんだ! ヘーゼン先生! アシュが……アシュ=ダールが死んでしまう。ヘーゼン先生!」
何度も何度もその名前を呼ぶ。
『フーッ、うるさいなぁ。なんだい?』
心底眠そうな声が、クリストの頭に響く。交信魔法で、直接彼に語りかける最強魔法使い。
「へ、ヘーゼン先生! 早く来てください。アシュ=ダールが僕の魔法で」
『死んだのか?』
「……このままでは死んでしまうかもしれません」
『そうか! 君は才能があるな。あのアシュを殺せるなんて、なかなかの腕の持ち主だよ』
「……っ! なにを言っているんですか!?」
そう訴えながら。クリストは、心の中で笑みを浮べる。どうやら、2人の相当なドライな関係だったようだ。まあ、あんな性格の悪い男など当然かと、素直に納得して。
『しかし……おかしいな』
「なにがですか?」
『私には、アシュの魔力が尽きているようには感じないんだ。あいつは、ゴキブリのように生命力のある男だからな』
「そんなバカな……」
そう言いかけて、アシュの方を見ると。
全身が血だらけになりながらも、
その漆黒の瞳が、真っ直ぐに、クリストを捉えていた。
彼は静かにこう唱えた。
<<命を刈り取る 悪羅を 死せん>>
瞬間、魔法陣から悪魔が出現した。人ほどの大きさを持ち、漆黒の翼を持つ。鋭い瞳は、明確な殺意を持ち、野獣のような牙が獰猛に光る。
「ご機嫌はいかがかな、オリヴィエ」
闇魔法使いは、歪んだ表情で、笑った。
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