対決
開始3分時点。
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
「う……うわああああああああああああっ」
クレストの魔法で、下位の生徒が張った魔法壁はいとも簡単に破られる。たちまち大炎に取り囲まれ、しゃがんでうずくまっていると、突如として拳大の小さな美少女が出現。粉雪を口から吐き出し、一瞬にしてその炎をかき消す。
この小人の美少女は、ヘーゼン=ハイムが召喚した水妖精フラウである。
召喚魔法。天使・悪魔・精霊との間に主従契約を結ぶことによって、異界より召喚する魔法。契約は各々の位階によって異なるが、上位になるほどに契約内容の難度は上がる。この広大な土地を、ヘーゼン1人では、もちろん監視しきれない。そこで、彼は各地にそれぞれの属性を持つ精霊を野に放った。火(イフリート)、土(ピクミー)、水(フラウ)、木(スプライト)、金(ギャラリー)。精霊は天使、悪魔よりは比較的容易に召喚ができるが、それでも 5属性を一度に召喚し、更に余力に膨大な魔力を残している怪物は、大陸でヘーゼンただ1人である。
『はい、君は失格ー』
最強魔法使いが、水精霊フラウの口を通して宣言する。彼の見立てとして、実力のない生徒の危険は少ないと判断していた。その差が大きいほど手加減はし易いし、そこで大怪我させるには『クラスメート』という枠は狭すぎる。
下位の生徒がガックリ俯くのをよそに、クリストはヘーゼンに尊敬の念を抱く。やはり、この方は自分の師匠にふさわしい、と。やがて、同グループのリーダとバズがクリストに駆け寄る。実力差があれば、不安要素は横槍だけ。見張りを置くことがこの場合は最善。こうして、着実に1人1人狩っていくクリストたちのグループだった。
開始1時間時点。
中堅のクラスメートたちもまた同様。四方に見張りを置き、6人で1人の生徒を追い詰めて降参させる。砂漠から森林に移動した時には、すでに、同じ方法で、5人の生徒を降参させていた。
「この調子でいけば、楽勝だな」「バカっ! 気を緩めるなよ。まだ、クリストたちもいるし」「あとは、アシュとリアナか」「アシュは別に殺してもいいんだけどな」「リアナは攻撃しづらいな」「まあ……ね。アシュは全然大丈夫なんだけど」「アシュならねぇ」「アイツは最悪だからなぁ」「とにかく性格が悪いからね。注意しないと」「いっそここで、クリストがアイツを亡き者にしてくれないかな」
そんな風にいつも通り、アシュの悪口を叩きながら歩いていると、草陰からガサッと物音がした。一斉に生徒たちが振り向くと、ジルが怯えた表情を浮かべている。
「ひっ……」
「ジル、降参すれば痛い目には合わなくて済むぞ」
1人の生徒が説得しながら近づこうとするが、勤勉美少女は背を向けて一目散に駆け出す。
「追え、逃すな!」「バカだな、大人しくすれば怪我をせずに済んだのに」「なあ、誰がやる?」「俺がやるよ。ちょうど、いい魔法を覚えたんだ」「抜け駆けずるいよ。じゃんけんだろう、この場合」「そうだそうだ、やりたいのはみんな同じなんだから」「ちぇー。わかったよ」
そんなやりとりを交えながら、走ってジルを追う中堅グループ。すでに彼らは、弱者を狩ることに快感を覚えていた。魔法での攻撃を許可されているこの場では、自らの力を使ってみたいという欲望もまた。
しかし。
ジルを追い詰めたと思った彼らだったが、突然、地面から魔法陣が拡がり、一斉に動きが止められる。
「な、なんだこれは!?」「くっ……全然動けない」「ジル、お前の仕業か? これを解かないと後悔するぞ?」「そうだ、言っておくが、俺たちを敵に回したら酷いぞ」「出てこい! 罠とは卑怯だぞ!」
「ククク……」
飛び交う罵詈雑言に耳を傾けながら、性悪な笑い顔を浮かべるアシュが登場した。
「こうも簡単にひっかかってくれるとは。やはり、群れる者は弱い。僕が作った方程式は揺るぎないな」
「き、貴様の仕業か」
身動きの取れない生徒の1人が唸る。
「君は……さっき、卑怯などという捨て台詞を吐いた男か。寄ってたかって弱者を追い詰める君たちも中々のものだと思うけどね。名前……ごめん、平凡すぎて覚えてないんだけど」
「なっ……3ヶ月も一緒のクラスメートだったのに……バルーだ!」
「ああ、バルー……ふーむ、ピンとこない」
「くっ……」
どこまでも性格が悪い、果てしなく底意地が悪い、とは生徒全員の意見である。性悪魔法使いは、グルグルグルと周囲を歩き回りながら、やがて、思い出したように、ポンと両手を合わせた。
「あっ! 思い出した。君は先日、僕の靴に画鋲を入れてくれたバルー=レタノー君か」
「……っ」
「なるほど、そう考えてみれば君たちの名前もスラスラと出てくるね。毎週不定期で、僕の机に小汚いラクガキを描いてくれるフラー君。後ろの席から、よくゴミを投げてくるウィルノ君。他の教室で授業を受けるたびに、僕の勉強道具を隠してくれるセウィ君。それに、僕の――」
次々と名前が呼ばれ、彼らの顔面が蒼白になる。罠にはまり、身動きすら取れぬ状態。目の前には、何年もの間、イジメていた男。
<<影よ 卑怯なる愚者の 口を塞げ>>ーー
アシュが唱えると、彼らの口は一斉に塞がった。『降参』の意思表示をすれば、ヘーゼンが介入してくる可能性がある。彼らの動きと言葉を封じることで、助けが入る余地を消した。
「これで……君たちは、毎日、毎日、嫌がらせを仕掛けてくれた僕に対して、逃げることすらできなくなったわけだ。さて、1つ質問があるのだが」
「「「……」」」
当然、誰も答えることはできない。ただ、一様に顔面蒼白な表情を浮かべて、アシュの一挙一動に集中している。
「なに、簡単だよ。僕が、即死させられないほどの魔法が撃てないとでも思うかい?」
闇魔法使いは、歪んだ表情で、笑った。
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