自由
囚われた中堅生徒たち。彼らの生殺与奪が、よりにもよって、大陸でも5本の指に入る性悪少年に握られている。気分としては、まさしく、生きた心地はしない。
「ククク……まあ、僕はやられたらやり返すタイプだが、それ以上のことはしない。別に殺されたわけじゃないから、殺しはしないさ……殺しはね」
意地悪そうに微笑みながら、指を地面に向けて巧みに動かし、
迷いなく描きあげられる魔法陣には一片の躊躇いもない。五芒星を基調に、無駄なく洗練された
生徒たちは、何千回……いや、何万回も反復したであろう、その指先の動きに、目を奪われた。いったい、どれだけの修練をこなせばこれほど滑らかな
やがて、闇魔法使いの手が止まり、黒い稲妻の塊が魔法陣に駆け巡る。
<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>
ポン
「シンフォちゃん……待って! 待ってよ、まだデートは……アレ……」
5歳ほどの小柄な体格。黒く小さな翼が背中にちんまり。申し訳程度の牙がチラリ。そんな可愛らしい少年が出てきた。手には、漆黒のハンカチを一枚。
「久しぶりだね。ベルセリウス」
・・・
ええええええええっ!
生徒の心が叫ぶ。
どんな恐ろしい悪魔が出てくるのかと思えば、出てきたのは可愛い、いや可愛すぎる幼い少年。実際にベルセリウスは、下位の悪魔である。その特殊能力以外には特に大きな戦闘力は持っていない。
「おい、アシュ……」
そんな悪魔ベルセリウスは身体をプルプル震わせながら、可愛らしい顔で睨む。
「……どうかしたかい?」
「馬鹿――――! アホ――――――――――! 折角、マルフォちゃんとデートで楽しんでいるところで……全部台無しじゃないかよ。彼女誘うのに20年掛かったんだぞ」
「……」
どう見ても、フラれているように見えたのは、アシュの気のせいではないだろう。
「いつも言ってるだろう? なんで事前に予定確認できないのかな!? 僕だって暇じゃないんだよ。よりによって今日……今日この日この瞬間で。神がかり的なタイミングだよ神がかり的な」
悪魔なのに、『神がかり的な』を連発するベルセリウス。
「ほ、本当に申し訳ない。次からは気をつける」
厳密に言えば、悪魔との連絡手段はないので事前に予定の確認などできない。しかし、ヒステリックになっている子どもは適当にあしらうに限る。
毎回、恒例のやりとりである。
「ふんっ……それで? 今日は?」
「そ、そうだね。ちょっと君の能力を駆使して欲しいんだ」
そう言って性悪魔法使いは、ボソボソとベルセリウスに耳打ちする。
「……ふーん、わかった」
使い魔は面倒臭そうに歩き出す。生徒たちの前を行ったり来たり。やがて、1人の生徒の前で止まった。
「この子。くすぐりに凄く弱い。しかも、足裏の」
!?
ベルセリウスの風貌に少し油断していた生徒たちの表情が変わる。その様子を満足気に観察しながら、性悪魔法使いは、口を開く。
「ご名答。彼は人の心を読む。『
アシュが、彼の前に立ち、靴を脱がし……くすぐる。
「…………っ!!!」
悶絶。表情だけでもわかるほど、くすぐりに弱い、いじめっ子バルー。
「ククク……クククククククク……ハハハハハッ……ハハハハハハハハハハ」
止まらない。
止まらない性悪魔法使いの高笑い。
「ハハハハッ……安心してくれ。僕は、平等な男だ。たっぷり30分ずつ、みんなが心から嫌がる嫌がらせをしてあげるから。みんな楽しみに待っていてくれ……クククク……ハハハハハハハハハハッーーっで!?」
その時、アシュの後ろから猛烈にど突かれた。
「なにやってるのよ! こんなことばっかりやってるから嫌われるんでしょう!?」
振り返ると、リアナが顔を真っ赤にして怒っていた。
「な、なぜ君がここに……ジル! キチンと見張っておけと言ったのに……裏切ったなぁ!」
「なにを言ってるの! あなたって子は本当に性格の悪い」
そう言ってドンドン顔を近づけてくるお姉さん美少女に、思わず目をそらしてしまう。
「だ、だって! あっちが意地悪してきたんだから、当然の報いじゃないか。今日は合法的に復讐ができる機会で――」
「そんな機会はこの世の中に存在しません!」
「くっ……わかったよ……どうすればいいんだよ?」
「早くあなたの魔法を解いて、ギブアップさせなさい」
「えー……」
「駄々コネない。もう、充分でしょう?」
「ちぇ……全然、まだ足りないよ」
ブツブツと文句を言いながらも、アシュは彼らにかけた魔法を解いた。即座に全員、泣きそうな顔で『降参』を叫び、漏れなく、リアナに感謝の言葉を口にして逃げて行った。
亜麻色ロングの美少女は、聖母のような微笑みで、彼らを見送っていた。
「はぁ、また君の評判が上がっただけか。嬉しいかい? あんなのに好かれて」
「違うよ」
そう言って彼女は振り向き、アシュの頭を軽く撫でた。
「君がキチンと言うことを聞いてくれたのが嬉しいのだよ私は」
「……ば、バカっ! 2つしか違わないのに、子ども扱いしないでくれよ」
顔を真っ赤にしながら、照れる少年であった。
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