第2話目線を外してはいけない、これは罠だ

卒業を間近に控えた児童生徒の楽しみの一つ、修学旅行。

「学びを修める」旅行とは言うものの、子供たちは学びよりも学校の仲間と旅行をするということに楽しみを見出している。これが普通の旅行より人々の記憶に強く残るのは、学校という青春の場へのノスタルジーと、それから、旅行という非日常の中によく見知った友達の顔という日常が混ざっているからかもしれない。

だからこそ、修学旅行ではいつもより気を付ける必要があるのだ。


彼はバスで揺られていた。

行先は知らない。だけれども、これが修学旅行なのは知っている。向かい合う席にはいつもつるんでいる友達のユウキとハルカ。二人はトランプをやりながらいつものように笑いあっていた。

「ほんとお前ら飽きないよな。もうずっとババ抜きやってるじゃん」

彼が呆れつつ話題に入っていくと、二人はのんきにそうだねえなどと言いながら、なおもトランプをさばくことをやめなかった。

しばし三人は旅行では何が楽しみか、食事は何が出るのか、など他愛のない話をしていた。ハルカは夜には友達の誰それの部屋に行って、女子同士で恋愛の話をするのだと盛り上がり、ユウキは茶々を入れている。彼は交互に二人の顔を見ていた。楽しそうな笑顔があふれ、幸せな気持ちになった。

そして、三人の視線が偶然にもピタリと空中で絡み合ったとき、突然緊張が走った。

バスの中に何者かの気配が充満している。黒く、多くの目を持つそれは、三人にお互いを食らうように命じる。


クラエ・・・クラエ、クラエ・・・クラエ、クラエクラエ、・・・クラエ


彼はその存在の正体を確かめようとした。しかし、目線を外してはいけない。これは罠だ。

直感的に分かった。三人のうちの誰かが目線を外せば、外した者は即座にこの何者かに食らわれる運命にある。わずかに映る視界の端でのみ状況を理解できる。そこに映っていたのは、和やかな車窓風景と彼らを見つめる目目連の目玉。視線は突き刺さるほどに注がれ、早くお互いを食らえと声が響く。

普段は飄々としているユウキでさえ、冷や汗をかき眉を引くつかせているのが見えた。ハルカに至っては泣きそうな顔をしている。彼もまた、そのあまりの威圧感に押しつぶされそうになっていた。三人の視線は絡み合ったまま動かない。動かしてはいけない。

「あ・・・あ・・・」

そのうち、ハルカの呼吸が乱れ始めた。目には涙を浮かべ恐怖が彼女を支配しているようだった。口はパクパクと動きよだれが端から垂れ始める。その視線が徐々にあやふやになっていき、ハルカはついに震えながら崩れ落ちそうになった。

ハルカがうつむくその瞬間、ユウキが彼女をまっすぐ見つめ叫んだ。

「いけない!ハルカだめだ!視線を外すな!顔をあげろ・・・」


バクンッ!!!


ユウキはいなくなっていた。

ハルカは目を見開いて、ユウキのいた場所を視線の端でとらえている。ユウキは絡み合った視線から外れたのだ。単純明快で、恐ろしく、そして理不尽だった。

にらめっこは続いた。


どれくらい、彼らは見つめあっていたのだろう。バスは目的地に着く気配なく、依然として窓の外にはかすかに雨に濡れた緑が見える。目目連は無感情に二人を監視し、早くお互いを食らうように促している。


クラエ・・・クラエ、クラエ・・・クラエクラエクラエ・・・クラワネバ、イキノコルコトハユルサレナイ


彼にはもしかしたらわかっていたのかもしれない。この勝負は永遠に続く。どちらかが諦めない限り、永遠に。

時が止まった空間で、目目連は固唾をのむように二人を眺めていた。

しばらくしてハルカの視線が泳ぎ始めた。黒目がゆらゆらと揺れ、大粒の涙がこぼれ始める。勝負がついたように思えた。そのときの彼の顔は分からない。けれど、先ほどまでの強い恐怖は薄れ始め、彼はほとんど平静を取り戻していた。

ハルカは、ついに気が触れたようだった。

「あ・・はは、わたし、もう・・・・だめだわ」


バクンッ!!


ハルカも消えてしまった。彼はひとり、バスの中に取り残されていた。目目連は彼を見つめていた。そして、無感情に告げた。


クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ、クラエ


もう恐ろしさなど残っていなかった。ただ静かに虚空を見つめ、貫く刃のような視線にさえも動じることはなかった。彼は穏やかな笑みを浮かべ、妖怪に答えた。


「食らう」




次に彼が目覚めたとき、彼の体は霧のようになびき広がっているのが分かった。その体は三人の学生を囲み、彼はじっと彼らを見つめていた。そのときの彼は、もはや何もかもがどうでもよかったのだと、のちに語っていたという。

そして、彼は一抹の感情をもはさまずに言った。

「クラエ」


非日常とは、日常と連続したものなのだ。

だからこそ、気を付けなければいけない。

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