5 王と後継者

「かつて、陽王家は何度も内乱を鎮めてきた。王と王子、王子と皇太子、貴族と王、民と貴族……理由は様々だった。けれども、陰王と陽王は、一度も争ったことがない。これが内乱に発展すれば、それは建国以来もっとも愚かな戦争になるだろう」

 ヴァイオレットは頷くかわりにうつむいた。戦争を本でしか知らない世代の彼女には、その残酷さと愚かさを想像することしかできない。

「陛下は、内乱を避けたいと思っておられるのですね」

「泰平を願わぬ王はいない。わたしはこの国が好きなんだ」陽王は獅子のように笑った。


「誰の血も流したくはない。言葉で解決する事ならよかった。けれどこれは、信仰と現実が絡む話だ。多くの人が本心から、より正しい未来を信じて動いている。互いの目の前にある現実が違うのは、立場が違うのだから仕方がない。わたしは魔法を喪っても、民さえ元気でいれば百年後もなんとかなると信じているが、魔術保守派のある男は、魔法を喪っては、百年後に生まれた子供たちは恵まれぬまま死んでいくと信じている。その男は、わたしに向かってこう言ったさ。『陛下には後継者がおられないから、民の子供たちに癒えぬ傷を残すようなまねができるのでしょう』と」

「……陛下はご結婚はされないの? 」

「わたしは子が持てないんだ。それに後継者なら、ちゃんといる」


「……ここにいる」陽王の指が、ヴァイオレットの前髪を撫でた。


「……ああ、やっぱり、そうなのね」

 ヴァイオレットはか細く息を吐きながら言った。「お兄様かわたし、どちらかが、後継者そうなのね」

「わたしは、そうするのが一番いいと思っている。きみはどう思う? ヴァイオレット」

「あたしも……そう思うわ、伯父さん」

 ヴァイオレットは震える眼で、伯父を見上げた。


「いろんな問題はあるけれど、陽王の正統な血筋と、陰王のまことのしもべであるライト家の子が皇太子になれば、陽王と陰王の代理戦争という形になってしまった対立は、勢いを無くすはず。それにお兄様は、神の審判における代理者『選ばれしもの』になった。王位にふさわしい正統性を主張できる」


 陽王は溜息をこぼした。「そうだ。やはりきみは賢い。わたしも同じ考えだ。わたしときみは、よく似ているね」

「あたし、でも……わからないわ。だって伯父さんとは会ったばかりだもの」

「似ているさ。確信できる」陽王は父親のようにヴァイオレットへ暖かな眼差しをそそいだ。「その賢さと気高さは、王の血筋だからじゃあない。そうだろう? 」

「あたし、そんなの初めて言われたわ。好き勝手やってきたもの」

「空を制そうとする魔女が、気高くないわけがないと思うがね」

 陽王は笑って、姪の肩を自分の肩で軽く小突いた。


「わたしにも夢があった」

 呟かれた言葉のさきには、玉座があった。

「王様になりたかったの? 」

「いいや。英雄になりたかった。歴史に名を残す、素晴らしい人に」

 エドワルドは目をつむる。脳裏に浮かぶのは、子供時代に胸躍らせた戯曲のフレーズだ。


「夢と憧れに夢中になって、まわりが見えなかった時期がわたしにもあった。旅をして、世界中を歩き回りながら、立ちふさがる困難はこの腕一本で打ち砕く。……そんな英雄になりたかった」

「とても素敵な夢ね」

 目を開く。手に入れた玉座。――――ただひとつの席。


「子供らしい夢だった。恥ずかしいから、わたしたちだけのひみつだよ」

「わかった。誰にも言わないわ」

 ヴァイオレットは、わざといかめしく頷いて見せた。エドワルドは少年のような笑顔を姪に向け、玉座を指し示す。

「見てみなさい、ヴァイオレット。あれがわたしが毎日座っている椅子だ。あそこに座りたいか? 」

「……そんなの想像もできないわ」

「想像してくれ。本心で教えてほしい」

 ずいぶん悩んで、ヴァイオレットは言った。

「……いいえ。ほしくない。空が遠ざかる気がするから」

「……ああ、そうだろうとも」

「でも、あたし、必要なら座るわ」


 エドワルドは、まっさらな目で姪を振り返った。


「王様になったっていいわ。伯父さんだって、そうだったんでしょう? 」


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