第三節【ジジと小さな語り部】

9-1 預言

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 遠く過ぎ去りし、創世神話の記述を紐解くに。

 『星』とは、混沌より大地の次に生まれ出でし『時』という概念であった。


 この世界が、宇宙の闇にいまだ形無かったころ。それはただの混沌であり、『すべて』を内包する源泉であった。

 宇宙のただ中で、『混沌』はある時、三つに分かたれ、万物すべての源泉としてのままの混沌と、『混沌』を司る一柱の神と、最初の意志ある命である、一匹の蛇を生み出した。

 そんな蛇と混沌のその関係は、一つの卵から生まれた二つの存在とでもいえよう。


 混沌の兄弟であるその蛇は、万物の坩堝るつぼたる混沌から、その扱いを学び、兄弟を教育し、混沌から『秩序』を引き出すことに成功した。

 秩序を得た宇宙は、意味を持ち、ようやく空と、大地と、海と、闇が産まれたという。

 生命を創ることを望んだ蛇は、次に、混沌から『時』を切り離した。

 それが世界を覆うよう、空の天蓋に撒いて張りつけると、それは『星』となって空を巡る光となったが、しかしいくつか地上へ落ちてしまったので、仕方なく蛇はそれを食べた。

 そうして時間が産まれた世界では、時の流れにさらされた大地や海に命が芽吹き、『秩序』がそれらに意味と名前を与えていった。

 『時』を食べた蛇は、世界の終わりと始まり、万物を知る預言者となり、『時空蛇』と呼び名を改められ、生命が芽吹く大地の底で深い眠りについたという。


 その後、人間が三回生まれ、三回滅び、四回目で、時空蛇は目を覚ました。世界が切り分けられることとなった『混沌の夜』のはじまりの時である。

 時空蛇は、魔法使いたちの祖である一人の魔女に出会い、意気投合し、戦争の調停を求める彼女に与した。

 『混沌の夜』が終わったあと、時空蛇は魔女の友情のあかしとして、その巨躯を海の上にさらし、一つの島となって、生き残ったわずかな人間たちの寄る辺となった。

 その『時空蛇』の上にある島が、第十八海層『魔法使いの国』と呼ばれるである。

 その国には建国以来、魔女と時空蛇を象徴する二人の王が起っている。


 人民の王。太陽を取り戻した偉大なるもの、しかしまぎれもなく『人間』だった彼女の子孫である、陽の王と。

 知恵と大地と時の化身。原初の命である時空蛇。

 国土と魔術を守護する存在の化身として、建国以来いちども代替わりを果たしていない神秘の象徴レガリア、影の王と。

 影の王もまた預言者である。


 影の王その人が時空蛇自身を指し、友の国で人間として営む上で名乗る地位であることは―――そんな時空蛇が現在人間社会で杖職人を営む40歳の一児を持つ母であることは――――――神秘の薄れた今日こんにちにおいて限られた人間の中でしか語られない、魔法使いたちの国家秘密である。


「時間こそが、わたしの希望だった」

 女の声が暗闇でそう口にする。

「わたしは最初の命として、ひどく孤独だった。混沌から得た膨大な知恵……自分がやるべき世界創造の手順……。膨大な仕事を抱えながら、孤独の中で飢えていた。自分以外の生命を育むことは、わたしの仕事の中で、最も望み、情熱を知った仕事だった。

 まだ生まれてもいない様々な愛を、わたしは自己の内側でうずくのを感じていた。だからこそ、『時』を飲み込んだその絶望を、今もなお忘れられない……。混沌より生まれし原初の蛇は、『時空蛇』となったその瞬間、ひとつの預言をしたのだ。それが何か、わかるか? 」


「―――――それは破滅だ……すべての終焉だ……。新しいものはいずれ壊れる。始まりは終わりへ向かっている。時は、世界にそれを可能にした。

 わたしがあんなにも焦がれていた生命は……わたしが膨大な時間をかけて育んできた世界は……いずれ破滅するのだと、わたしは『時』を飲み込んだその瞬間に、理解したのだ。

 もはや時は流れ始めていた。いずれ破滅すると知っていて、生まれる生命たちを見ていることなど、わたしにはできなかった。その中には人間たちの姿もあった。『時』を飲み込む前のわたしが、最も望んだ、言葉ある生命たち。わたしは、わたしの中で育ちつつあった愛から目をそむけ、すべてを投げ出して長い眠りにつくことを選んだ。

 …………遠い昔の話だ」


 女の長い髪が一束になって風に流れる。いつしか暗闇には星がまたたき、暗闇の天蓋に小さな穴が開くように、ぽろぽろと微かな光が増えていく。

 やがて空が満天の星空となったとき、女はふせていた瞼を上げ、唇に弧を描いた。鮮烈な真紅の瞳が、降り出しそうな星々に微笑む。


「……魔女は、そんなわたしの心を知っていて、預言の中で『星』を『希望のみちしるべ』だと暗示した……。『人間は星をたどって旅をするの』だと言って。星さえ見えれば人々は自分のいる場所がわかる。次に行くべき場所も、見つけられる。

 ……わたしが打ち上げた『時』が、いつしかそんなものになっていたのだと。歴史のなかで『今』に無駄なものなど一つも無いのだと、わたしは彼女に諭された。その瞬間、わたしと彼女は友となった」

 女が手を星空へ掲げる。火傷の重なった鍛冶師の腕だ。爪は指先より短く切られ、節くれだって豆もある。

 そんな手の中に、明々と炎が灯された。地と空の境も分からない暗闇を突く、力強い真紅の篝火が、生まれたばかりの太陽のように星空の際を舐める。


「――――『星』の子よ! 預言を覆すが良い! 思うがままに望め! 『生きたい』と! 命は、より大きく燃え上がったほうが勝つ! 」


 集うは二十二人。

 資格を得るのは【世界を変える力を持つもの】。

 聴け! すべての資格あるものたちよ!

 果てなき旅路の足を止め、顔を上げ、我が名とともに胸に刻め。

 新たな旅への航路を【審判】が示すときが来た!

 人類は選択する。心して見定めよ!


 第一のさだめ。【愚者】に選ばれしものは、扉を開く鍵となるだろう。おおいに迷え。そして躊躇するな。すべての魔法はやがてお前に至る。この旅路の結末は、おまえの選択によって拓かれる。

 第二のさだめ。【魔術師】に選ばれしものは、この世の秘密を暴くさだめ。目をそらしてはならない。それは、おまえが生み出したものでもあるのだから。

 第三のさだめ。【女教皇】に選ばれしものならば、言わずともわかるはず。おまえは神秘の発芽を見届ける。

 第四のさだめ。【女帝】に選ばれしものは、不屈の盾となるだろう。おまえの献身は必ず報われる。

 第五のさだめ。【皇帝】に選ばれしものは犠牲となる。志半ばで膝を折るだろう。しかし諦めるな! おまえは継承するものでもあるのだから!

 第六のさだめ。【教皇】に選ばれしものこそ、丘に剣を立てるもの。おまえの旅はそれをもって完遂される。

 第七のさだめ【恋人たち】、第八のさだめ【戦車】に選ばれしもの。愛を前に目を曇らせてはならない。愛の喪失は時として復讐へと形を変える。取る手を間違えるな。それもまた選択である。

 第九のさだめ。【力】に選ばれしものは、自らの役割を誤ってはならない。おまえの過ちが一行の足をくじく。

 第十のさだめ。【隠者】に選ばれしもの。おまえは聞き届けるもの。見送り、見守るもの。おまえは無力ではない。

 第十一のさだめ。【運命の輪】に選ばれしもの。おまえは唯一、運命の糸を手繰ることができるもの。おまえの求めに奇跡は三度みたび耳を貸すことだろう。

 第十二のさだめ。【正義】に選ばれしもの。その目前には、もっとも険しきさだめが立ち塞がることだろう。信じよ。選べ。おまえの正義が命を生かす。

 第十三のさだめ。【吊るされた男】に選ばれしもの……―――――哀れな羊よ。神々でさえ、おまえに釈明はしないであろう……。その犠牲は必要であったと現在いまが証明している。しかし機会はおとずれた。身をもって潔白を示せ。おまえは問い続けるもの。さすれば、こたえはやがて目の前にひらかれる。

 十四のさだめ。【死神】。寄り添うもの。秩序を司る同行者。おまえは選択の必要が無い。悪も、正義も、死のもとでは等しく平等である。その役割はもっとも誇り高い。

 第十五のさだめ。【節制】に選ばれし気高いおまえは、秩序と正義のはざまで迷うことだろう。喪失は過程でしかない。【力】は答えるすべを持たない。

 第十六のさだめ【悪魔】。おまえは鏡。第十七のさだめ【塔】。おまえは試練そのもの。わたしはおまえに語る言葉を持たない。

 第十八のさだめ。【星】よ。おまえは航路のしるべ。おまえを求めて人は旅をするのだろう。何人も忘れるなかれ。【星】は行き先を示すだけだということを。

 第十九のさだめ。【月】に選ばれしものには注意せよ。これは正しく警告である。【正義】ではその行く先を遮ること敵わず。【力】は屈し、知恵はくじかれ、誘惑は力を持たない。狂気もつものに注意せよ。

 第二十のさだめ。【太陽】に選ばれしもの。【月】と【太陽】は引き離してはならない。【月】は【太陽】をもって輝く。おおいなる【太陽】は【月】を従えるもの。【太陽】には何ものも抗えない。

 第二十一のさだめ。【審判】。……おお友よ。時は来たれり。わたしは見ている……。わたしは見ている……。おまえが望み、わたしに誓ったその結末を待っている。はじめまして【審判】よ。わたしは見届けるもの。どんな結末であろうとも……。

 【世界】よ。おまえは【混沌わたし】から生まれた。おまえもまた見届けるもの。新しき隣人よ。おまえと言葉を交わすときを待っている。

 ……それはおそらく終焉のときであろうが。


 人とは不思議なものだ。

 ひとつひとつの願いは、あまりに儚く小さなもの。

 しかし、一つに重なり結びついた願いは、意思をもって世界さだめを捻じ曲げる。

 耳を澄ましてみるがよい。

 魔女が告げた時がくる。

 審判を告げる鐘が聴こえるはずだ。

 わが朋よ! いまこそ待ち望む逆転の時。

 われ願う。おまえたちがさだめを打ち破らんことを!

 わがまなこが見た破滅の預言を打ち破らんことを!


 時は来たれり! 時は来たれり!

 わが名は【時空蛇】。万物すべてを生み出しし混沌すべてから生まれた根源の命。

 人よ。わが目と耳を楽しませよ。


 さあ願え!

 もとあらがえ!

 終末を拒絶しろ!

 明日の糧を掴むのだ!


 時は来たれり! 時は来たれり!

 【審判】の時は来たれり!

 わが名は【時空蛇】! すべてを見届けるもの! この世の万物すべてを記すもの!

 約束された時は来た!


 時は来たれり! 時は来たれり!

 時は来たれり! 時は来たれり!



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